09 二人目 廃墟 【ポストアポカリプス】世界のサバイバー

 あれは、『ファンタ』と繋がってしばらく経ったある日のことだ。


(な、ん…だ……? 身体が、思うように、動かない。頭痛も酷いし、このダルさは……?)


 朝目覚めると、酷い倦怠感と頭痛に襲われたのだ。

 まるで残らず活力を失った様な感覚は、今でも覚えている。

 傍から見ても、明らかに体調が悪かったらしい俺は、その日そのまま体調不良として寝込むことになった。

 だが、それが只の体調不良で無い事が、次の日明らかになる。


「……あれ? 何で、僕も……?」

(「おいおい、『ファンタ』の方も同じ風邪をひいたのか?」)


 『ファンタ』もまた、俺と同じ症状となっていたのだ。

 この頃はまだ実家で家族と共に暮らしていた『ファンタ』は、俺と同じように寝込んで、向こうの家族を心配させていた。


 そして、その日の夜。


(「……廃墟?」)

(『えっ、ここは一体?』)


 気が付くと、俺達は見知らぬ場所に居た。

 微かに入ってくる星明りが照らすのは、ボロボロに崩壊したコンクリート造りの建物だ。


(『ここは、魔術を使えない方の「僕」の世界……?』)

(「いや、俺はこんな場所知らないぞ!? 第一……身体は動かせない」)

(『僕も。なら、この光景はもしかして……?』)


 突然の状況に、混乱する俺達。


 この頃までに俺と『ファンタ』は、自分達の仕様というべきものにある程度気が付いていた。

 意志は繋がって居るものの、それぞれの身体を動かせるのは、当の本人だけで繋がった意志だけの方は動かせない事。

 逆に、『ファンタ』の様に意志だけで発動させられる魔術のような能力は、視界を通じて行使可能なこと、などだ。


 つまり、今の状況が指し示すのは、


「……こえ、が……きこえる……?」

(『やっぱり……』)

(「もう一人の、俺、か?」)


 新たな俺……後に【ポスアポ】と呼ぶようになる、崩壊した世界で生きる俺との出会いだった。


 □


「……う……ぁ」

(「お、おい、大丈夫か!? って、コイツ意識が危ういぞ!? ヤバイんじゃないのか? この感覚……何日もまともに物を食ってないな!?」)

(『ど、どういう状況か分からないけど、どうしよう!?』)

(「喉も乾き切ってるな……あ、魔術で水を出せたよな、お前? まずはそれだ! こいつに水を飲ませようぜ」)

(『わ、わかった! 『ウォーター』!』)


 俺の世界で、俺の目を通して魔術を使えることは、初めに見せてもらった発火の魔術で証明済みだ。

 それは【ポスアポ】の視界を通じても可能だった。

 餓死を待つだけで虚ろに開かれていただけの【ポスアポ】の視界で、空中にペットボトルサイズの水が生まれて、そのまま【ポスアポ】の口元へと流れ込んでいく。

 それが、【ポスアポ】の虚ろだった意識を引き戻した。


「……!? みず、だ!!」


 流れ込む水を、まさしく貪るように飲み干す【ポスアポ】。

 感覚を同じくしている俺達にも、乾いた身体に染みわたっていくのが伝わって来た。

 それでもまだ俺達に伝わってくる死にそうなほどの倦怠感は、消えそうにない。

 この時運が良かったのは、既に『ファンタ』が『ストレージ』の魔術を開発していた事だろう。


(「……詳しく話を聞く前に、腹ごしらえが必要だな」)

(『食べ物なら、一応幾くらかストレージに入れているよ?』)

(「待った! 餓死寸前の時にいきなり固形物を食べると、ヤバいって聞いたことがある。確かスポーツドリンクもストレージに入れてたよな? そこからちょっとづつ慣れさせよう」)

(『わかった。 じゃあ、まずは……『ストレージ』!』)

「!? なんか、でた!?」


 目の前に現れたペットボトルに驚く【ポスアポ】。

 【ポスアポ】との初めての”繋がり”は、こんな形で始まったのだった。


 □


 後で色々と話を聞く事になるのだが、この時【ポスアポ】は死にかけていた。


 【ポスアポ】の世界は、過酷だ。

 動植物や人間から変異したクリーチャーの脅威、過酷な環境、終末戦争で使われた細菌兵器。

 そう言った脅威から逃れる様に大戦期に作られたシェルターで隠れ潜むように生きていても、未だ稼働を続ける自動兵器や生体兵器に襲撃される。

 【ポスアポ】が居たシェルターも変異クリーチャーに襲撃され、生き残ったのは辛うじて逃がされた幼い彼だけだった。


 そしてシェルター外の環境が、容赦なく幼い【ポスアポ】に牙をむいた。

 この頃はまだ変異能力なんて持ち合わせていなかった【ポスアポ】では、荒れ果てた世界で闊歩するクリーチャーへの対抗策などなく、廃墟の物陰に怯えながら隠れる日々。

 食べ物だって手に入れるのは困難だ。

 変異クリーチャー同士が争った末に残される残骸を、ハイエナの様に漁れたなら、むしろ幸運な程だったと言うのだから……。

 そもそも水ですら汚染されていない物は無いに等しい。


 結果、行き場を失った【ポスアポ】は、廃墟の片隅で餓死の間際に追いやられていたのだった。

後から推測すると、俺達の身体の異常は、繋がりかけていた【ポスアポ】の影響だったのだろう。


 □


 その後、何日かかけて身体と胃を慣らしていった【ポスアポ】は、何とか元気を取り戻していった。

 ただ、そこまでになるのに、俺と『ファンタ』はかなり苦労することになった。


(「金が無い。小遣いがヤバイ」)

(『ほんとそれ』)


 何しろ、その頃俺は中学生で、『ファンタ』も小学生程度だ。

 ただでさえ食べ盛りでもあるのに、限られた範囲の小遣いで、もう一人を餓死から救う様な食料を用意するのは、正直に言って限度を超えてしまう。

 特に胃を慣らしているときに買っていたゼリー飲料は、俺の財布に深刻なダメージを与えて来たし、『ファンタ』もまだ子供の魔力で高度な『ストレージ』の魔術を使いまくる事になり、疲れ果てていったのだ。

 さらに【ポスアポ】の世界の過酷さを知ってから、飲料水は魔術で生成した物に限るようになったから、その負担は増えるばかりだった。

 一応、魔術の訓練にはなったらしいが、小学生程度の年齢だった『ファンタ』には、頭が下がる。


 そう言った俺達の姿を、同じ視界を共有し見ていた【ポスアポ】は、


「ふたりは、いのちのおんじん!」


 すっかり俺達に懐いてしまった。


 元々まだ幼くて家族が恋しい年ごろだ。

 クリーチャーによるシェルターへの襲撃もつい最近の事。

 本来なら、過酷な世界で擦り切れてしまったのだろうけれど、その前に俺達という拠り所を得たことで、【ポスアポ】は元気を取り戻していた。

 そしてようやく、


「ぼくは、ゆう。ふたりとおなじ!」


 想像通り、【ポスアポ】が俺達と同じ「ゆう」だと告げられたのだった。


 □


 そして、今。


「……あ、そういえば、途中だった」


 『ファンタ』の日が終わり、意識が切り替わると、そこは、


ガルルルルルルル!!!

ゲギャゲギャゲギャ!!!

ブボッフブボッフ!!


 異形の生物に囲まれた、戦場だった。


 周囲には、淡い光を放つ障壁。

 『ファンタ』が張った、『プロテクト』の魔術は、0時を過ぎて意識を失っていた【ポスアポ】の身体を、周囲の変異クリーチャーから守り切っていたのだった。


(「あ、そういえば、すっかり忘れてた。夜襲を受けていたんだった」)

(『「コモン」の所の出来事があったからね。つい忘れちゃうよね』)

([自分の世界の事も毎回3日後だからな……])


 俺達の、この各世界を順に過ごす体質は、時間に余裕を持てるメリットもあるが、もう一つ明確なデメリットがある。

 それぞれの世界が3日おきでしか過ごせないため、色々と忘れやすいのだ。

 昨日の事なら覚えていても、三日前の事となると少しあやふやになるのは、仕方がない事だと思う。

 俺としても、神谷さんに刀を突きつけられていたあの状況は気になるが、どうあがいてもあと二日は待たなければいけない。

 俺自身のこの特殊な体質は、メリットもあるが同時にデメリットも起きる。

 その結果、今の今まで忘れていた、この状況だ。


([【ポスアポ】の所はこれが日常だ。仕方ねえさ])

「でも、寝起きで手間取ったのも、確か」


 つまり前回の【ポスアポ】の”番”の際、交代時間の0時直前で、変異クリーチャーの群れに襲撃されていたのだった。

 各地に残る廃墟を転々と移動しながら暮らす【ポスアポ】だが、そう言った廃墟はクリーチャーの巣や、もしくは変異能力者を基幹としたカルト等が支配する領域になっている場合がある。


 この廃墟もそうだ。

 【ポスアポ】が時折訪れるここは、何度もクリーチャーを掃除しているため、ここ最近はクリーチャーが巣を張ることはなくなっていた、筈だった。

 実際日中は一見空白地の様であったのが、その実夜間にクリーチャーが寝床として戻ってくる巣に成り果てていたようだ。

 変異クリーチャーは個体差が大きく、生態もまちまち。であるため、こういう想定外が度々発生する。


 ただまあ、【ポスアポ】も俺達も、もうこの世界に概ね慣れてしまっていた。


(「どうする? 結構数が多いぞ」)

([見かけない種類も居るな。どっかから流れて来たか……? ただ、ヤバそうな奴はいないな])

(『プロテクト』はもうすぐ消えるけど、張り替えようか?)


 俺も含めて皆緊張感無く、この世界の俺に問いかける。


「もちろん、全部倒す。ここは教授の所から近いし。守りは、はりかえで」


 応える【ポスアポ】のやる気は十分だ。

 小学生程度の幼い身体には不釣り合いな銃を構え、周囲のクリーチャーを睨みつける。


 ただ、一つ問題があるとするなら。


 グウ~~~~~


 盛大に鳴り響く、間の抜けた音。


「……おなかすいた」

(『……そういえば、「コモン」の所で能力を使っていたね』)

([相変わらず燃費が悪いな、変異能力は])


 [サイパン]が言うように、【ポスアポ】の燃費は非常に悪いのだった。


 これは、【ポスアポ】自身の体質によるものだ。


 この終末世界だが、俺の世界とはまた違った歴史をたどったらしい。

 この世界の前世紀の末に起きた終末戦争は、俺の生きる現代社会よりも科学的に発達していたらしく、[サイパン]でも調べきれないような謎の汚染兵器などが大量に使われたのだとか。


 断片的な情報から[サイパン]が推測した範囲だと、相手国の農作物を広範囲に変質させて、有毒化させるのが狙いだったらしい。

 ただその兵器は想定された効果を遥かに超えて、生態を変質させる粒子を必要以上に大気中にまき散らし、結果世界は生態系そのものが狂い果ててしまった。

 このため、シェルターなど空気洗浄がされるごく限られた屋内以外では、どんな生物も変異を避けられない。

 【ポスアポ】世界では、他の俺達の身体では耐えられないと言うのは、そういう事だ。

 

 そして、シェルターから外の世界へと追いやられた【ポスアポ】は、俺達と繋がった時点で変異が始まっていた。

 次第に強化されていく肉体と、次第に発現していく変異能力。


 ただ【ポスアポ】の身体は未だ小学生程度というのは変わらない。

 大きすぎる力に対して身体が追い付いていないと言うのは、『ファンタ』のルームメイトにも似たところがあり、特に変異能力は著しくカロリーを消費するようだ。

 つまり、深刻に腹が減る。


「まずは食事! 掃除はそれから」

(「買い込んであるからと言って、食べ過ぎるなよ」)

「大丈夫。『ファンタ』、早く出して」

(『はいはい、『ストレージ』!』)


 障壁に囲まれた空間に、俺が買い込んでおいた携帯食や、栄養ドリンクが積みあがっていく。

 嬉々としてそれらに手を伸ばす【ポスアポ】と、


ガ、ガルルルルルルル……?

ゲギャ? ゲギャゲギャ……

ブボッフ……ブボッフ……


 障壁越しに見える場違いな光景に困惑するクリーチャーたち。

 奇妙な状況は、【ポスアポ】が満足するまで続くのだった。

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