08 一人目 午後 『ファンタジー』世界の魔術戦

 魔術というのは、理論も重要だが実践も同じくらいに重視されるらしい。

 座学が主の午前に対して、午後は実践の授業になる。


「ユウ、補助を頼んだ」

「はいはい、思いっきりやっちゃって。『プロテクト』」

「よし行くぜ! 『フレイムピラー!』」


 実践は、二人の天才の独壇場だ。


 今も圧倒的な魔力を誇るカイの魔術式が、標的の根元から蒼白い炎となって燃え盛る。

 その様は、まさしく炎の柱。

 標的が一瞬にして灰となり、熱による気流で上空へと舞い上げられて、散っていた。

 魔術的耐久性に秀でている筈の、そして人型だった的が一瞬で変わり果てる光景に、周囲の同級生が怯えた視線を向けている。


 それほどの熱量なら、周囲への影響も本来馬鹿にならないはずだけれど、的の四方に出現した半透明の障壁が、それらを見事に防いでいる。

 これはもちろん『ファンタ』の魔術。

 本来防御魔法は壁の様に1面だけが出現するらしいが、一回の行使で四面の障壁を生み出した『ファンタ』にも、年上の同級生達から驚愕の視線が刺さる。


 『ファンタ』が帝立魔術学校へ編入した当初からの、見慣れた光景だった。

 ある程度時間がたって、同級生達も慣れてきていても、これだ。


 尚、カイも力ある言葉の詠唱を行わない。

 魔力が強すぎて一言の詠唱で十分な程の威力を発揮してしまうから、らしい。

 編入試験でサンジョウ先輩をボロクズに変えたのも、先輩と同じように詠唱した結果だと言うのだから規格外にも程がある。

 詠唱を行わない魔術でも、少し高度なモノになるだけでこの威力だ。


 その為、カイがまともに魔術を行使する際には、『ファンタ』が行っている様に周囲へ被害を出さない様、障壁の補助が必須。

 その為カイの魔術の行使は、教官もしくはルームメイトの『ファンタ』の同席が必須だった。

 そもそも、『ファンタ』がカイのルームメイトになったのも、万が一カイが暴走した際の抑えとなる事を期待されてのことだ。

 高度な魔術制御に対して魔力自体は並の『ファンタ』だからこそ、任される役目と言えた。


 この実践の授業は、基本的に講師が行使した魔術を、生徒も同様に行使していくのが基本的な流れらしい。

 『ファンタ』が受けた編入試験の方式もコレだ。

 周囲を見れば、同様に標的へ魔術を行使する同級生たちの姿があった。

 規格外のカイほどではないにしろ、この場に居るのは実力を評価されて入学してきた生徒達。

 見事に全員、課題をクリアしていっている。


([いやあ、青春だねえ])

(「……[サイパン]はたまにオジサンっぽくなるな」)


 そんな周囲の光景に対して、青春ドラマを見ているような感想を思い浮かべる[サイパン]。

 流石にデータ整理を終えてしまったのか、暇なのだろう。

 魔術の実践の光景は、俺や[サイパン]からするとまさしく魔法じみた不思議そのものだとはいえ、何度も見続けていれば飽きも来る。

 魔術的な感覚は共有できないから猶更だ。

 逆に変異能力という『ファンタ』とは違った異能を持つ【ポスアポ】は、周りの光景を未だに興味深く見ている感覚がある。

 何か通じるものがあるのだろう。


 □


 一方の俺は、神谷さんの事を考えていた。

 昨夜からある程度時間が経った事で、あの時起きていたことをようやく冷静に考えられるようになったのだ。


 隔離された空間。誰も居ない町。人面犬の群れと戦う神谷さん。

 あれは、何だったのだろうか?


 今考えるとあの空間には、人面犬たちと神谷さんと俺しか存在していなかった。

 あの辺りは都市圏と田舎の境界付近とは言え、夜に出歩く人は普通にいる。

 だと言うのに、あの空間には他の人間を見かけなかったと言う事は、何らかの条件を持つ者だけを、あの空間に取り込んだのか、もしくは隔離した、と考えるのが妥当のように思う。


 そんな風に考え込んでいると、暇をしていた[サイパン]が話に加わってくる。


([一般人と、異物を分けたのかもしれないぜ?])

(「異物?」)

([隔離されたのは、『ファンタ』になって飛んでいたタイミングだって事だ])

(「……そういえばそうだった」)

([異物か、それとも『ファンタ』の言う魔力って奴が問題なのか……それとも、空を飛んでいたのも、あのバイオ兵器擬きの犬コロ野郎と同じ、化け物と同類に思われたのかもな])

(「あり得そうなラインだ……」)


 あの空間が、何らかの異物を閉じ込める、もしくは隔離するためのものなら、俺達も巻き込まれた理由がつく。

 そして、警戒された理由も。


([あの場に居るのは、あの空間を作った奴とあの犬コロ野郎だけの筈が、見知った奴の顔が居るとなれば、怪しむのも道理だな])

(「俺のせいであの人面犬にやられた、と考えられてもおかしくないか。それは、刀も突き付けたくなる」)

([おまけに、『ファンタ』が弄った筈の「コモン」の記憶も、何故か残っていたとなると、な])

(「怪しさの塊だ……警告無しで斬りかかられても文句言えないぞ」)


 あの時神谷さんは、俺に対して刃を突き付ける程に警戒していた。

 魔術によって俺の事を夢だと思わせる様に『ファンタ』が工作したことも、記憶が残っていたなら警戒される悪材料になってもおかしくない。


([ただまあ、記憶があるって事は、犬コロ野郎を倒した事や、傷を治した事も覚えているのだろうさ。だから、警戒で済んでいると見るべきだな])

(「……どうするべきだと思う?」)


 俺は、[サイパン]に改めて相談する。

 [サイパン]は、裏社会の住人だ。

 様々な裏の人間と渡り合って利益を確保する様子を、同じ視点で見続けて来た。

 それこそ、武闘派の犯罪者とギリギリの状況で交渉して、切り抜ける事もあったほどだ。

 俺自身はしがないごく普通の高校生である以上、その知見を頼りにしたかった。


([……まずは前提条件の確認からだろうな。さっきの異物の選択の話も、あくまで仮説だ。もっとも、あの嬢ちゃんが、こっちの話をどこまで聞く気があるかどうかだが……目撃者を全員消すって程ではない事を、まずは祈るか])

(「……いきなりお祈りかぁ」)

([”交代”前後のオレ達は気絶している以上、こっちの命は向こうに握られてる。オレだって「コモン」に死んでもらうわけには行かないが、コレばっかりはなあ……])


 [サイパン]としても、俺の身が危うくなると色々と立ち行かなくなる。

 俺の世界の食品は、それほどまでに[サイパン]の世界では貴重品なのだ。


 その後も俺と[サイパン]は、『ファンタ』の授業が終わるまで、俺の世界で目覚めた後のことを相談を続けた。。


 ちなみに、心の声の大きさを抑えていたとはいえ、延々相談していた為、俺達二人は授業後『ファンタ』に叱られたのたった。


 □


 授業が終わって放課後。

 寮に戻った『ファンタ』達は、思い思いに夕食までの時を過ごしていた。

 『ファンタ』は、また新たなラノベを参考にした魔術を考え、同室のカイは昼間寝ていて聞き漏らした授業内容を、使い魔の家事妖精から聞き取っている。

 そんな弛緩した時間の中、


「なあ、ユウ。そういえばさ」

「うん、何?」

「昼間、サンジョウ先輩は何かしたのか?」


 カイが、思い出したように『ファンタ』へと尋ねていた。

 そういえば、昼にあの先輩が絡んできた時、『ファンタ』は何かに反応していたのを覚えている。

 カイは魔力が強過ぎるせいで、周囲の細かな魔術の把握という面で『ファンタ』に及ばないらしいが、それでも何か感じるものはあったらしい。


「あ~、言っちゃったかあ」

「えっなんだ? 何かマズいのか?」


 アチャーとばかりに、天を仰ぐ『ファンタ』と、戸惑うルームメイト。

 そして、【ポスアポ】も、何かを感じ取っていた。


(【部屋の隅、何かいる……逃げた?】)

「使い魔だよ。僕達の話を盗み聞きしようとしたのか、それとも寝静まった後に何か仕掛けようとしたのか、それは判らないけど」

「ああ、憑いていたのか。全然気づかなかったや」


 あの内進組のトップである先輩は、元々天才と呼ばれている程の技量を持っている。

 何かを仕掛けたタイミングこそ、『ファンタ』やカイに気付かれていたものの、それ以後は教官達にも気取られずに使い魔を『ファンタ』達に張り付けていたのだから、やはり相応の腕前を持つのだろう。


「仕掛けてきたら、捕まえて証拠にできて、面倒なちょっかいを止めさせられるとおもったのになあ」

「……いや、あの先輩の事だから、知らないふりをするだろうし、懲りずにまた何かして来るんじゃないか?」

「それなんだよね……」


 二人の天才児は、編入当初から受け続けた数々のちょっかいを思い出して苦笑する。

 しかし、『ファンタ』の脳内の俺達は、正直に言って引いていた。


([ちょっかいってレベルじゃ無いんだよなあ])

(「編入生を入れる理由が、裏で呪詛合戦をしていて、結果空きが出るからとか、マジ怖い」)


 帝立魔術学校の実力主義は、同時に激しい裏での暗闘も生んでいるらしい。

 呪詛ともいう様な負の要素に満ちた魔術を駆使しての足の引っ張り合いが、当然のように行われてきた。

 特に酷かったのが、『ファンタ』達が編入する前の、『内進組』と『編入組』が並び立っていた頃だ。

 命を失いかねない呪詛や、時に直接的な決闘までも起きていたと言うのだから。

 校則では決闘を禁止しているけれど、逆に言えば禁止しないといけないレベルでそれが起きやすいともいえる。

 更に決闘の禁止にも抜け穴がある。

 模擬戦という形で正式に申請することで、試合場の使用許可ご降りるのだ。

 編入当初にサンジョウ先輩と行ったのは、この方法。

 他にもあるが、こちらはリスクが高い。

 『内進組』で長く帝立校に在籍しているあの先輩が、それらを知らないはずもない。

 何かあれば事を起こすだろうことは、『ファンタ』も想定している。

 ただ……、


「で、こっちの使い魔は?」

「逐一情報を送ってきてくれてるよ。ほら、今日はこんな感じ」

([オレも情報の大切さは教えたが、ココまでやるかね……コレ公表したら、あのボンボンは死ぬぜ? ……精神的な意味で])

(「あの委員長先輩に横恋慕か……拗らせてるなあ」)


 『ファンタ』も既に使い魔を送り込み、先輩の動向を把握しているのだから、同じ”俺”としてもドン引きだ。

 現在位置や、編入生達について語った内容など、殆どを『ファンタ』達に伝える妖精。

 それどころか、性癖や密かに行っているアレコレまで掴んでいるあたり、あの先輩、完全に手玉に取られているようだ。


(【魔術師って、怖い】)

(「そうだな……」)


 幼い【ポスアポ】さえ引く『ファンタ』のヤバさに、俺は同意することしか出来なかった。


 □


 夕食の後、夜が早いルームメイトは、早々に眠りについた。

 『ファンタ』も勉強はそこそこに、早めに休む。

 こんな調子で、『ファンタ』の一日は終わりを告げた。


 そして0時、再び交代の時間がやってくる。


 【ポスアポ】の世界。

 崩壊した世界の時間が。 

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