07 一人目 昼 『ファンタジー』世界の魔術生
『ファンタ』やそのルームメイトのカイ、それに他の何人かの『編入生寮』の寮生の前に立ちふさがる、サンジョウ先輩。
彼は、この帝立魔術学校に付属の幼年学校から在籍し続けている、生粋の『内進組』だ。
古くから続く魔術師の家柄で、幼い頃から高い魔術の才能を発揮してきた。
帝立魔術学校の生徒というのは、大きく分けて二つのグループに分かれている。
一つは、中学に当たる徒級校、高校に当たる達級校、そして大学に当たる師級校の繰り上がるタイミングで、それぞれに編入した生徒たちが該当する『編入組』。
地方から飛び級で編入してきた『ファンタ』は当然編入組で、また同じ寮のサカキ先輩も、徒級校1年のタイミングで編入してきている。
もう一つは、幼年学校から帝立校に在籍し続け、内部進学を続けて来た『内進組』だ。
『ファンタ』とカイが編入する前、帝立魔術学校は、『内進組』と『編入組』とで、激しく争っていた。
二人の天才、つまり『内進組』のトップであるサンジョウ先輩と、『編入組』のトップとされたサカキ先輩。
それそれ天才と呼ばれる卓越した才能が同時期に在籍してしまったことで、両グループが競争意識を燃え上がらせてしまったのだ。
『内進組』はそもそも帝都に付属している為に、上流階級や由緒ある家柄の子弟を幼年校へ就学させる流れがあり、必然的にエリート意識が強い。
幾ら実力重視の校風と言っても、そういう上流階級や由緒ある家柄は代々魔力を高めているせいか優秀な魔術師を輩出しやすいと言う面もあった。
対して『編入組』は、ジャポネ帝国全域から各地で才覚を現した子弟が、各領主からの後押しを受けて編入試験を受け、合格してきた者達だ。
必然的に実力は高く、実力重視の校風に馴染む。
その両者が、ぶつかり合うのは、必然の流れだった。
『内進組』からすると、『編入組』というのはぽっと出の成り上り者で、田舎者。
『編入組』からすると、『内進組』はお高く止まってるだけの、高慢ちき。
同時に双方実力は確かであり、その争いは決着などつかない……筈だった。
今までに無い新たな発想による新魔術を無数に生み出す天才、ユウ・サクライと、圧倒的魔力の暴力であらゆるものをなぎ倒す、剛腕の如き魔力の天才、カイ・ミドリヅカ。
二人の天才児が、編入して来るまでは。
□
あれは、『ファンタ』がこの学校に編入試験を受けた時のことだ。
「ふん、この田舎者が栄えある帝立校へ編入だと? 馬鹿馬鹿しい」
「えっ、誰ですか?」
魔術の実技試験の場に、教官の教諭と同席していたのが、見た目高校生──この時彼は15歳で一応ギリギリ中学生の年代だった──の彼、サンジョウ先輩だった。
「サンジョウ、無駄口は慎みたまえ」
「事実を述べただけだ、教諭。編入などという成り上り者共だけでも耐えがたいと言うのに、飛び級などと……帝立校の品位が下がると言うモノ」
傲慢に言い放つ年上の生徒に、『ファンタ』は絶句する。
もっとも、それは威圧されたと言うわけでもなく。
(『凄い、こんな絵にかいたようなやられ役みたいなセリフ! 「コモン」の世界の物語みたいだ!』)
(「……いやあ、ここまでコテコテな奴、居るものなんだな」)
既にドハマリしているラノベの登場人物めいた発言に、感激しているのを無理やり抑え込んでいるからそう見えただけだ。
とはいえ、意識が繋がっている俺達以外にそんな実情が判る筈も無く、
「ふん、我が威に撃たれて委縮しているか……所詮は幼年校生よな」
([何か勘違いしているな、コイツ])
(「絵にかいたようなドヤ顔で小学生を威圧する高校生って……」)
傍目から見れば、色々と痛い光景になっていた。
それに気が付いていないのは、未だドヤ顔の先輩位の物。
そこで、『ファンタ』が感激から立ち直った。
「……えっと、教官? この先輩? は?」
「うむ、模範演技の担当だ。実技試験では、この模範担当が行使した魔術と同じものを行使してもらう」
「この田舎者が、我の魔術を模倣できるとも思えぬがな」
「サンジョウ、いい加減口を慎め」
(「人選間違い過ぎてないか?」)
この先輩が魔術を使って、『ファンタ』が同じものを使えるか確認するのが、教官という流れというわけだ。
それも一度だけではなく、段階的に高度な魔術を行使していくらしい。
まあ実力が判りやすい試験だとは思う。
(『「コモン」の所のラノベやアニメだと、決闘式なのに』)
(「何でがっかりしてるんだ……」)
([決闘とか試験でやるには殺意が高すぎるだろ、常識的に考えろよ])
もっとも、『ファンタ』は内心で気を落としていたが。
「準備は良いか? では、試験を開始する」
そうこうしている内に教官の説明が終わり、試験が始まった。
「我が魔術、真似られるものなら、やってみるがいい……『荒れ狂え、風よ。我が意に寄りて……』」
(「あれ? コレは確か……」)
模範演技担当の先輩が、力ある言葉と共に魔術式を構築していく。
風の精霊にも働きかける、一定範囲に暴風を巻き起こす嵐の魔術だ。
だが、遅い。
「ああ、なるほど……『ストーム』!」
「『渦を巻き暴威と化せ! スト…』…なんだと!?」
詠唱と魔術式を読み取った『ファンタ』は、先輩が魔術を発動させるよりも早く、一言で魔術を完成させていた。
□
『ファンタ』の世界の魔術というのは、力ある言葉と意識下や実際に現実で描かれた魔術式の相互作用と、各元素を司る精霊の助力という三位一体によって成り立っている。
高度な魔術ほど、この三要素が複雑になっていくのが当然だった。
だからこそ、
「馬鹿な!? 何故詠唱がその様に短く……!」
実質一言の力ある言葉──いわゆる詠唱──で魔術を成立させた『ファンタ』に、サンジョウ先輩は絶句する。
「えっと、時間がかかるのはちょっと……」
「なっ…!?」
(【詠唱なんて隙だらけ】)
([一応同じだけ『ファンタ』も詠唱してるんだよなあ……圧縮しているだけで])
[サイパン]の言う通り、『ファンタ』も詠唱自体は行っている。
ただ、方式が違うだけ。
実は一言の詠唱に、先輩が唱えたのと同じ力ある言葉を圧縮して被せているのだ。
俺の世界や[サイパン]の世界のデータ圧縮や圧縮言語の概念を知った『ファンタ』は、それを応用して、長々とした詠唱を短くすることに成功していた。
さらに、その詠唱を簡単な常時発動型の音声魔術──本来考えた言葉を音にするだけの魔術だ──と組み合わせることで、ほぼ瞬時に近い発動スピードを達成している。
『ファンタ』が天才児扱いされる由縁の一つだった。
□
その後は、まあ酷いことになった。
サンジョウ先輩の行使しようとする魔術を、悉く先んじて発動する『ファンタ』という構図が、最後まで続いたのだ。
試験内容的にそうするしかないものの、先輩の精神がバキバキに折れていくのが手に取るように分かったほどだ。
もっとも、
「……すみません、もう魔力が……」
「あ、ああ、そうだな。そうもなるか」
試験自体は、『ファンタ』の魔力切れによって終わったのだが。
先輩の側は魔術を発動しないままに、ひたすら『ファンタ』だけ魔術を行使していたのだから、コレは無理もない事だった。
そもそも、『ファンタ』自身の魔力量は常人程度。
高度な魔術を行使していた事もあり、早々に魔力切れを起こすのは必然だった。
「……ふん! やはり田舎者だったか。この程度の行使で音を上げるなどと」
([結局御大層な詠唱だけしてた奴が何か言ってるぜ?])
(「『ファンタ』の弱点を見つけたのがそんなに嬉しいのか……」)
(【でもちょっと震えてる】)
再びのドヤ顔を晒す先輩に、教官も『ファンタ』も面には出さないもののあきれた空気を漂わせていた。
とはいえ、実技試験はそれで終了だ。
未だ何か言っている先輩をそのままに、『ファンタ』は学力を確認する筆記試験に向かったのだった。
だが、サンジョウ先輩の受難はこれからが本番だった。
筆記試験の会場へと『ファンタ』が辿り着いたのとほぼ同時に、それは起こった。
スガーーーーーーン!!!
(「な、なんだ!?」)
([爆発音!? テロか? 企業抗争か!?])
(【殺気はないよ?】)
「凄い魔力だ。誰だろう……?」
突如起こった轟音と、爆風。
それは、先刻まで『ファンタ』が居た、演習場から響いてきた。
何があったのかと、取って返す『ファンタ』。
そして向かった先では、
「……またやっちまった」
「い、田舎者がぁ……」
困った様に立ち尽くす『ファンタ』と同年代の少年と、吹き飛ばされて壁にのめり込んだ先輩の姿があったのだった。
この場で何があったかと言えば、先輩の魔術を模倣しようとした受験生が、有り余る魔力で再現したせいで威力があり過ぎて範囲が広がり、先輩を巻き込んでしまった、らしい。
これが、『ファンタ』と並ぶ、もう一人の天才児にして天災児、カイ・ミドリヅカが起こした初めの騒動だった。
結局、あの後『ファンタ』は無事に帝立魔術学校への編入試験を無事に合格した。
学力試験も、[サイパン]の協力もあって楽勝。
そして入学後、寮のルームメイトとして紹介されたのが、
「俺はカイ・ミドリヅカ。よろしくな!」
「ユウ・サクライだよ。よろしく」
(「ヤバい奴がいる」)
このカイだった。
□
『ファンタ』とカイ、この二人がやってきてから、『内進組』と『編入組』との争いは、あっという間に鎮静化した。
なにしろ……、
「サンジョウ先輩、怪我はもういいんですか?」
「あの時はすみません、オレって加減とか苦手で……」
「……(ギリィ!)」
(「ガチギレだ」)
([あの大喰らい、素で煽りやがる])
先の経緯のように、『ファンタ』とカイは、編入初日にこのサンジョウ先輩に難癖をつけられ、決闘騒ぎになったあげく、完膚なきまでに叩き潰してしまったのだ。
「っく……成り上り者が、調子に乗っておるわ」
(「めっちゃ手が震えてる」)
([あの時はプライドから何から全部砕かれていたからな……])
震える声と手を無理やりに抑え込んでいるらしい。代わりに顔色は、火を吹きそうな程紅潮していた。
『ファンタ』やカイはサンジョウ先輩を気にしていないものの、向こうはこうやって一方的に絡み続けている。
もっとも校内での私闘は厳禁なのでかかってくるでもなく、こうして嫌味を言いに来るだけなのだけれど。
まあ、其れは先輩自身を助けている節もある。
もし直接手を出して来ようものなら、
(『色々試したい魔術があるのになあ……』)
やる気満々の『ファンタ』が、何を仕出かすかわかったものではないからだ。
とはいえ、何もしていないわけではないらしい。
(『ふ~ん、なるほど』)
何かに感づいたらしい『ファンタ』が、一人納得しているからだ。
□
結局先輩は、表向きには何をするでもなく去って行った。
多分嫌味だけではなく、それで怒った『ファンタ』やカイに手を出させて立場を悪くさせるとか、そんな事を狙ってでも居るのだろうと思うが、正確な所を把握しているのは『ファンタ』だけだ。
とはいえ、『ファンタ』は様々な物語を見ているせいか、そんな挑発は基本流しているし、カイはそもそも挑発されたことに気がついていない。
「……同情するわ、サンジョウ君」
通りがかったらしいサカキ先輩が、何故かそんな事を呟いていた。
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