06 一人目 午前 『ファンタジー』世界の魔術生

 朝になった。


「アサダ! オキロ! オキロ!」

「うるさい……眠い……」

「もう少し静かに起こせよ……」


 寮生達をけたたましく叩き起こして行く家事妖精の騒音が、当たり前のように繰り広げられていく。

 『ファンタ』の世界──神秘と魔術に満ちた世界では、ごく当たり前の光景だった。

 この、『ファンタ』が居る部屋もそうだ。


「オキロ! イツマデモネテルナ! ハヤオキシロ!」

「マタ、チコクスルゾ! オキロオキロ!!」

「くそっ! 耳元で騒ぐな! ……おはよう、ユウ」

「うん。おはよう、カイ」

(「本当にうるさいな……スマホのアラームとどっちがマシなんだか」)


 寝起きの悪いルームメイトと挨拶する『ファンタ』。

 ルームメイトの寝起きは特に悪いため、家事妖精も二人がかりだ。

 その分『ファンタ』も否応無しに目を覚ますことになる。

 今は『ファンタ』の脳内会議と化してる俺達も、その目覚めと同時に意識が明確になった。


 俺達の意識が繋がるようになって解った事の一つに、肉体的な欲求の影響は、脳内会議の側にも影響があると言うことだ。

 つまり、空腹や眠気、疲労や負傷等も、全員で共有している事になる。

 そして、肉体が意識を落とす、つまり眠ったり気絶すると、脳内会議側の俺達の意識も落ちる事がわかったのだ。


 もし誰かの身体が死を迎えたら……そんな心配も浮かんだが、試す気には到底なれないので保留中。

 1番死に近づいた【ポスアポ】餓死の危機には、他の俺達も深刻に体調を崩したので、どう考えてもろくな事にならないのは明らかだからだ。

 下手をすると、うっかり事故死して各世界の俺が全員突然死とかも、起こりかねない。

 


「眠そうだね、カイ。僕より早く寝てるはずなのに」

「……オレはお前の方が不思議だぜ。なんで俺より後に寝てるのに、平気そうなんだ?」


 『ファンタ』が居るのは、二人部屋。

 ルームメイトは『ファンタ』と同年代で、名前はカイ・ミドリヅカ。

 顔立ち自体は並な俺や『ファンタ』と同じくらいで、寝起きが悪いのと癖っ毛なのが特徴の気のいいやつだ。

 今にも再び眠りそうなところを、家事妖精──見た目はかわいらしい、手のひらサイズのメイド服を着た妖精だ──に耳元で騒がれてなんとか意識を保っている。

 こんなカイだが、『ファンタ』と同年代である以上、同じ様に帝立魔術学校へ飛び級で入学した特待生だ。


「僕は魔力自体は並だからね。カイほど魔力が体の負担にならないし」

「こういう時には、この魔力が憎らしいぜ……」


 いまだ騒ぐ家事妖精にうんざりしながら、カイが呻く。

 『ファンタ』が次々と新しい魔術を開発する発想の天才なら、同室のカイは成人した大人や一流の魔術師さえも凌駕する魔力量と出力の化け物だ。

 単純な発火の魔術──俺が『ファンタ』に初めて見せてもらった魔術だ──でさえ、成人を一人燃やし尽くしかねない程の大火球になってしまう。

 逆に言うと魔力の調整が効かないタイプで、魔力方向での馬鹿力と言っていい。

 その強すぎる魔力はいくらか身体にも負担になっていて、カイは同年代の『ファンタ』と比べてもスタミナに欠けるところがあった。

 同時に、それは食欲にも跳ね返る。


 場所を移して寮の食堂。

 ごく普通の量を食べる『ファンタ』の隣で、朝食とは思えない量をむさぼるカイの姿があった。


「相変わらず、すごい量を食べるね……」

「もっへ! もっごろごほっところそっもごことがのほごろ!」

「答える前に、口の中を空にしようよ……そもそも何言ったのかわからないし」


 『ファンタ』の世界は、俺の世界ほどではないけれど、食にバリエーションがある。

 殆どの住人が程度の差はあれ魔術を使えるというのは、俺の世界ほどではなくとも色々と便利なのだろう。

 今朝の朝食は、薬草の入った粥と、炒めた保存肉と、野菜の盛り合わせ。

 味自体は、現代日本に生きる俺の感覚でもそう悪くない。


(【「コモン」のところは贅沢】)

([それな])


 食の面で過酷な二人が何か言っているけれど、事実だから仕方がない。

 帝立の学校だけに、寮生に用意される食事も相応の格が必要のようだ。


 カイの暴食は、毎朝恒例の光景と化しているので、今更珍しいものじゃない。

 転入してきた当初は、多少の騒ぎになったくらいだ。

 今となっては、ほかの寮生は基本スルー。

 あえて気にするような、ごく限られた人物だけだ。

 一人は、カイの食べっぷりを気に入ったらしい食堂のおば……お姉さん。

 もう一人は……、


「相変わらずね、貴方達は」

「おはようございます、サカキ先輩」

「もほよおごぞいぼほ」

「ミドリヅカ君は、口の中に物を入れて喋らない! 何度言ったらわかるの!!」


 この、面倒見の良い先輩位だ。


(「この人も根気がいいなあ」)

([諦めが悪いの間違いじゃねえか?])


 ビシリ! と音が出そうな勢いで行儀の悪さを指摘するのは、中学生程度の『ファンタ』やカイと違い、「俺」と同じ高校生くらいに見える少女だ。

 名は、ミオ・サカキ。

 生真面目そうな顔立ちと、きっちり着込んだ制服──何故か俺の世界の創作で言う陰陽師っぽい──から、俺や[サイパン]は密かに委員長なんて呼んでいる彼女。

 見た目通り几帳面な性格で、なにかとやらかし易いカイなどは、しょっちゅう彼女に注意を受けている。


「貴方もよ、サクライ君。ルームメイトだからって甘やかしちゃダメ」

「ええ~、こっちに飛び火?」

「ええ~、なんて言わないの! まったく、天才はコレだから……」

「サカキ先輩だって、天才って言われてるくせに」

「……あなたたちには及ばないわ」


 このサカキ先輩だが、『ファンタ』とカイが編入する以前、帝立魔術学校の天才とは彼女ともう一人を指していたくらいの実力者だ。

 高い魔力と精密な魔術制御は、芸術とまで言われていたとか。

 まあ『ファンタ』達二人がやってきたせいで、天才の異名は芸術家へと変わったらしい。

 そのせいか『ファンタ』とカイに対しては、やや当たりが強いような気がしないでもない。

 もっとも、もう一人の事を考えると、同じ『編入生寮』の仲間でもあって親近感があるのだけど。


「もほっほ、ほへもふごごもふ」

「カイはもういいから早く食べきってよ!」

「貴方はいいから早く食べてしまいなさい!」


 何故か神妙な顔をしながら、何か言いだした食いしん坊に、『ファンタ』と委員長気質の少女が息の合った突っ込みを入れる。


 こんな調子で、『編入生寮』の朝はいつも通りに過ぎていった。


 □


「つまり、風の魔術の基礎文様を、この位置に置くことにより、相克の効果が発生し……」

(『ふむふむ……』)

(「……全然分からん」)

([それな])

(【昼はまだ?】)

(「1限目始まったばかりだぞ?」)

([【ポスアポ】が早々に飽きるのは何時もの事だろ? オレもちょいと売り物の整理をするか])

(「……俺も神谷さんへなんて話すか考えないと」)

(『皆、うるさい! 講義が聞き取りにくくなる!』)

(【[「ごめん!!」]】)


 魔術学校の授業は、魔力を感じ取る感覚がないと、さっぱりだ。

 俺たちは感覚を共有しているとはいえ、もともと持ち合わせていない器官に関しては別になる。

 『ファンタ』の魔力を感じる部分、【ポスアポ】の変異した部分、[サイパン]のサイバネなどがそうだ。

 逆に言うと、俺の感覚は皆すべて感じ取れるらしい。……なんだか不公平を感じるが仕方ない。

 つまり俺の高校の授業は、知識量が諸事情で少ない【ポスアポ】以外は大体理解できるのに対して、『ファンタ』の世界の授業は皆理解が出来ず、暇なのだ。


 【ポスアポ】は早々に興味をなくして昼食の事ばかり考えているし、[サイパン]は自身の世界で売り物にする情報を吟味している。

 俺も、次に自分の世界で意識を取り戻した後、神谷さんと何を話すか考えていたら、真面目に講義を受けている『ファンタ』に叱られてしまった。


 まあ実際、飛び級で編入した『ファンタ』にとって、幾ら既存に無い魔術を幾つも開発したとしても、学ぶべきものは多いらしい。

 授業に対する熱意は本物で、特に外部記憶領域を持つ[サイパン]と繋がってからは、授業の全てを記録してもらい、俺達の世界の番など余裕があるときに見返しているほどだ。

 [サイパン]もその程度は自分の用の片手間にこなせるらしく、結果『ファンタ』の魔術の腕はみるみる上達していっている。


 一方、同じ天才児とされるカイの方はというと。


「ZZZzzzzz……」


 既に寝息を立てていた。

 こちらの世界で言う、血糖値スパイクとでもいうべきだろうか?

 大量の朝食を食べきった『ファンタ』のルームメイトは、ビキビキと講師が青筋を立てているにもかかわらず幸せそうに爆睡している。

 当然、まともに授業を聞いているはずも無いのだが、


「……君も大変そうだね」

「シゴトダカラー」


 代わりとばかりに、熟睡するカイの頭の上で熱心に授業を聞く妖精の姿があった。

 これは、カイが使役する一種の使い魔だ。

 内封する魔力で体力が無く、疲れやすい上睡魔に勝てないカイが、それでも授業について行くために、授業内容を覚えさせているらしい。

 これにより、高度な魔術の授業にも脱落せず、試験も問題なくこなせているのだから、講師も文句を言いにくい。

 それに、使い魔の使役そのものが、魔術的に高度な部類に入る。

 それを授業で活用していると言うのも、実は評価される部分であるらしい。


(『僕も似たような事を[サイパン]に頼んでいるから、あまり強く言えないなあ』)

([表面に出さないってのは重要だぜ?])

(「流石、裏社会に生きるハッカー。実感が込められ過ぎてる」)

(【ねえ、昼まだ?】)


 こんな調子のまま、午前の講義は進み、昼直前に行われた実技のテストで『ファンタ』は同講義を受けた生徒の中でも好成績を収めて、天才という評価を改めて知らしめていた。


 だが、そんな『ファンタ』を、評価する者ばかりじゃない。

 帝立魔術学校には、『ファンタ』やカイの存在を厭う者もいる。


 【ポスアポ】が待ち望んだ昼休憩。

 各寮に分かれていた朝とは違い、昼は全校生が集まる大食堂が解放される。

 『ファンタ』とルームメイトのカイが、連れ立って向かおうとした矢先、そいつは取り巻きを引き連れて現れた。


「『成り上り』共、何処へ行く」

「サンジョウ先輩……」

「この先は、気品ある我等の領域。品の無い『成り上り』風情は、お前たちの小屋にでも帰るがいい」


 『ファンタ』達を『成り上り』と揶揄するこの青年は、ナリヒラ・サンジョウ。

 幼年学校から高等学院──俺の世界で言う大学に当たる──まで一貫教育である帝立魔術学校において、幼年学校から在籍し続けている『基幹生』のトップであり、


「そもそも、『成り上り』風情が天才などと、身の程を弁えぬというのだ。斯様な称号は、我のような高貴なる身にこそふさわしいと言うのに」


 サカキ先輩と同じく、天才と呼ばれていた青年だった。

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