05 一人目 深夜 『ファンタジー』世界の魔術生
元々、俺は空耳や耳鳴りが多い性質だった。
物心つく頃からそんな調子で、正直に言えばこの体質──だと思ってた──を呪いさえしたほどだ。
何しろ、ちょっと離れた辺りから話しかけられている程度の音量で、全く意味をなさない雑音をぶつけられているような感覚といえば、その厄介さがわかるだろうか?
幻聴と言うには明らかすぎて、聞き流すにしても苦労する。
そんな調子だから、小学生の頃には色々と嫌な思いもした。
今の俺の、極力目立たない「普通」を求める有り様は、多分にその頃の影響だろう。
もちろん両親に話して病院で診察を受けたりしたものの効果はなく、次第にそういう空耳を聴いても外面に出さない程度の知恵や術も身につけるようになって……まあ、問題はなくなった。
ただ、中学に上がって直ぐの頃だ。
『ん? 何だこの光景!?』
(んん? 空耳がはっきり言葉として聞こえる!?)
『えっ!? 誰だ?』
(お前こそ誰だよ!?)
突然ハッキリと空耳が意味を持った声として聞こえたのだ。
それが、『ファンタジー』世界の俺。
『僕は、ユウ』
(俺だって夕だ。 櫻井夕)
『……僕だって、ユウ・サクライだよ』
(……なんとなく、わかる。お前は、俺、なのか?)
『……そうみたいだ。僕は、君でもあるのが、わかる』
別世界で生き、俺と繋がる一人目。
まだ、ただの魔術好きなだけの子供だった頃の『ユウ』こと『ファンタ』だった。
□
初めは、俺もいよいよ精密検査を受けて専門の病院に行かなければならなくなったと焦ったな。
漠然と聴いていた話で、会話できるような幻聴は統合失調症特有の症例と聞いていたからだ。
もしくは、多重人格とか、そういう方向。
ただ、直ぐにコレが普通の幻聴じゃないことは解った。
”繋がった”ことで、お互いが俺自身だと言うのが、感覚的に判ったのだ。
同時に、直ぐにお互いの違う部分も解るようになった。
お互いが置かれた環境や、年齢の違い──大体3歳差──等だ。
何より、一番大きな差が直ぐに判明する。
その声の持ち主が、魔術を使ったからだ。
『へえー、そっちは魔術を使え無いの? この程度も?』
(魔術とか使えるわけ無いだろ!?)
脳内に響くドヤ声と同時、俺の目の前の何も無い空間にポっとロウソクのようなささやかな火が灯る。
『ファンタ』の視界かつ手の届く程度の距離なら何処にでも灯せるというその魔術の火は、俺に世界の不思議というものを突きつける様だった。
如何にも得意げな『ファンタ』の声は腹立たしかったけれど、それよりも驚きと好奇心のほうが勝って、この点火の魔術以外に何が出来るのか、色々と訊ねたものだ。
だけど、案外出来ることは少なかった。
そもそも、その頃の『ファンタ』はまだ小学生程度の年齢で、町の幼年学校──こっちで言う小学校だ──に通う子供。
家事を手伝えるような魔術位しか、触れさせて貰えないというのが実情だった。
(つまり、火を付けるとか手を洗う水位しか出せないのか?)
『うん、教わったのは、それ位。発火の魔術だって、最近やっと教えて貰えたんだよ?』
(そうなのか……)
初めは、魔術を使えると聞いて、ラノベのような派手派手しい代物を思い浮かべてしまったのだ。
その分、ライターやペットボトルの水を持ち歩く程度の事しか出来ないと聞いたら、拍子抜けしてしまうのは無理も無いことだと思う。
ただ色々話を聞いていると、大人や専門の魔術師ならもっと凄いことを出来るらしい。
そこで、まあ、視野を共有しているのもあって、見せてしまったのだ。
(つまりそっちの大人は、こんな派手な魔術とか使うの?)
『……なぁにコレぇ』
(えっ、魔術師ってこういうのじゃないの?)
『全然違うよ! こんなの伝説の大魔術師でも出来るかどうか……』
(でも、何かそれっぽい理論とかを解説してるけど?)
『……えっ、そんな方法で? いやでも、もしかして……』
派手な超能力バトルを繰り広げる、アニメ作品を。
それが、『ファンタ』の躍進と……同時にアニメラノベ好きへの道に突き落とす行為だとつゆ知らずに。
□
もう一つ、『ファンタ』と繋がって起き始めた出来事があった。
初めて『ファンタ』と繋がり、色々とあって眠りについた次の朝。
気が付くと、全く知らない景色があった。
(「知らない天井だ……」)
「えっ、魔術を使えない僕の声が聞こえる…!?」
戸惑う様に呟く声と、工業製品が見当たらない部屋の光景。
「……朝から何、ユウ? 寝ぼけてるの?」
「ああ、ごめん。何でもないよ姉さん」
そして、横から聞こえる、姉さんによく似た声。
振り向くとそこには、俺の世界の姉さん──この頃はまだ高校生で一緒に住んでいた──を、少し若返らせたような少女が居た。
(「……真夜(まや)姉さん?」)
(『僕の姉さんの方だね。マヤ姉さん。一緒の部屋なんだ』)
つまり、ここは『ファンタ』の世界だと理解して、俺はますます混乱した。
(「何だこれ? どういうことだ?」)
(『ああ、何となくわかった。逆になったんだ』)
(「逆? ……あ、そういう事か?」)
だが、直ぐに状況を理解した『ファンタ』に釣られて、俺も大体の状況を理解し始める。
つまり、俺の身に何が起こったのかと言えば、『ファンタ』の世界では、俺が脳内会議の声の側に立つようになった、という事だ。
つまり、俺が主となる日の次には、『ファンタ』が主になる日がやってくると言う事らしい。
尚、次に寝たら俺の世界で眠った次の日になった。
『ファンタ』の世界で過ごした意識の時間、俺の世界で時間が過ぎていると言うわけではないらしい。
つまり流れとして、俺とファンタは交互にお互いの時間を共有しながら、2倍の時間を過ごしていることになったのだ。
この、二つの要素。
つまり、俺の世界の創作の魔法のアイディアや科学技術の知識、そして意識換算で通常の二倍の時間を取れると言う環境は、『ファンタ』を一気に化けさせた。
「ユ、ユウ!? 何をやって……」
「何って、音声魔術で多重詠唱をさせて複合魔術を使っているだけだけど……」
(「……学校の先生がドン引きしてる。それに、僕何かやっちゃいましたか? をリアルでやってる……」)
(『そっちの世界で見たセリフだけど、楽しいねコレ!』)
『ファンタ』の世界で、『ファンタ』自身が話に聞く程度で実際の術式に触れる機会が無かった上位の魔術を、こちらの世界の理論などを参考に模倣して再現させてみたり、習得に時間がかかる魔術を有り余る時間で『ファンタ』の世界からすると驚異的なスピードで習得してみたり。
「こうやって……『ストレージ』! こんな風に物を出し入れできるんです」
「……まて、ユウ。先生ちょっとついていけなくなった」
(「無理もないなあ……」)
決定的だったのは、『ファンタ』の世界には存在しなかった、『ストレージ』──所謂アイテムボックス的な魔術を、完成させたことだ。
亜空間の概念を知って、またラノベで見聞きした概念の実現は、『ファンタ』を一躍魔術の天才の位に押し上げた。
これ以後、アニメから着想を得た『ファンタ』の躍進は、トントン拍子に進む。
様々な創作の空間や魔法の創作上の理論が、『ファンタ』にとって魔術書に勝る教材だった。
結果、『ファンタ』の世界に存在しなかった魔術を次々に産み出す天才児として、飛び級で帝都──『ファンタ』の世界の日本に当たる国の首都で、京都に位置している──の帝立魔術学校に入学したほどだ。
ちなみに、この帝立魔術学校は全寮制。
上級階級や古くからの魔術師の家柄でも、実力が伴わなければ入学が叶わないと言うのだから、かなりのエリート校だ。
そんな学校に飛び級で入学を果たしたのだから、『ファンタ』の評価は非常に高い。
郷土の誇りとかそんなレベルの扱いになっているとも聞いている。
ただ、そんな『ファンタ』の原動力が、ドハマリしたラノベやアニメの魔術や技を、自分で再現したいというものだとは、向こうの学校の関係者では思いもよらないだろう。
そもそも、『ファンタ』の躍進を決定づけた『ストレージ』の魔術だって、俺の世界のラノベやマンガなどを、自分の世界に持ち込めないか、というところから始まっていた。
それが、巡り巡って天才児扱いにあるのだから、世の中何が功を奏するか分からないものだ。
□
そして、今。
ゆっくりと開かれた視界から入ってくるのは、二段ベッドの下段の景色だった。
既に消灯されているここは、帝立魔術学校の寮の一室。
そう、ここは『ファンタ』の世界。
俺の番が終わったから、次は『ファンタ』の番になる流れは、今も変わっていない。
『ファンタ』のルームメイトは既に眠っているようだ。
無理もない。こちらの世界でも、今丁度深夜0時の筈。
つまり、俺の次の”番”は、3日後の0時にならないとやってこない。
(「ヤバイ。3日後が怖い」)
そう思うものの、この”番”交代のタイミングは、俺達にも制御できないから、どうしようもなかった。
そういえば、この0時になると主になる世界が交代すると言うが判ったのは、年越しで深夜まで起きていた時の事だった。
それまでは、漠然と眠って起きると次の世界の番になる、そんな感覚だったのだ。
しかし、繋がって初めての年越しで、二年参りで初詣で客に並んでいたら、急に意識を失って真夜中の『ファンタ』の寮室で目が覚めたのだ。
これには、家族に色々バレるのではと、ハラハラさせられてしまった。
その後分かった事は、0時を境に一瞬気絶に近い状態になると言う事。
強めの立ち眩みや、寝不足でウトウトした上”落ちる”状態に近いと言うのが判ったのだ。
ただ、全身の力が一旦抜けるので、座るなり横になるなど安静な体勢で0時を迎える必要があった。
さっきは結界に閉ざされながらも、安静な体勢を探していたのはこれが理由だ。
そして、今回。
(「意識が落ちる寸前、喉に刀を突きつけられていたけれど……大丈夫だろうか?」)
俺の世界で最後に見た光景、神谷さんらしい人物に刃物を突き付けられていた状況を思い出して、俺は密かに意識だけで頭を抱えたのだった。
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