03 プロローグ 夕方 「コモン」世界の日常
学校を後にすると、俺はまず量販店に立ち寄った。
【ポスアポ】の為の携帯食や、飲み物を買うためだ。
自宅近所で買いまくるのも怪しまれるので、市の図書館を経由して普段行かない店を選ぶ。
自転車通学は足を伸ばしやすいのが利点だな。
ちなみに、俺は塾には通っていない。
……他の俺に繋がるようになって、特に[サイパン]が加わってから、俺は取ろうと思えばテストで常時満点を取り続ける事も出来る。
必要な知識は[サイパン]の記憶領域に全て記憶できるし、計算なども[サイパン]の高速処理で一瞬だ。
今の成績は、出来るだけ目立たないように、そういった力を使わない俺の素の成績そのもの。
……俺自身もしもっと成績が悪かったらその辺りの力も多少使っていたとは思うけれど。
両親ももう少し成績が伸びて欲しそうだけれど、俺の希望として塾は避けているのだ。
何より、他の”俺”達の為に使いたい時間もある。
今もそうだ。
(【今日はこっちがいい】)
(「大豆バーの……カレー味?」)
(【カレーは好き】)
(「まあ、わかるけど」)
適当に携帯食コーナーを見て回ると、【ポスアポ】が新作を食べたがった。
材料は特に問題無さそうなのでそのままカゴに入れ、定番にしている携帯食も追加する。
俺達は、繋がるようになってから、相互に協力し合うようになっている。
食糧的に厳しい【ポスアポ】への食糧供給はその最たるものだ。
ただ、俺の小遣いだけだと、【ポスアポ】用の携帯食などを安定して買うのは難しい。
そこで、おれは[サイパン]の手を借りている。
(「残高は……また増えてる」)
([そりゃあ、自動運用してるからな])
電子技術に秀でた世界の更に電子処理の専門家である[サイパン]からすると、俺の世界の通信網は子供の遊び程度の代物らしい。
俺ではどういう仕組みか判らない方法で、独自の口座とそこを元にした資産運用を始めていた。
初期資金は俺のお年玉だったのが、いつの間にかどんどん桁が増えて……まあ『ファンタ』の為の本や【ポスアポ】用の食料、[サイパン]が向こうで売るための商品の仕入れには事欠かない程度にはなっている。
この口座の事は家族にも秘密だ。
既に8桁になっているような口座なんて、流石に言えるわけがない。
本当に、税金とかいろいろ厄介そうな諸々をどう潜り抜けているんだろう?
[サイパン]は思考速度が速すぎてその辺り良く読み取れないんだよな……。
その足で、今度はショッピングモールに足を運ぶ。
[サイパン]が自分の世界で捌く商品の仕入れ先はここだ。
新鮮な野菜や、肉や魚と言った天然物の食品は、[サイパン]の世界では特に高値で売れる。
養殖物の魚でさえ、向こうの世界では貴重な天然物扱いされるのだから、環境汚染は余程深刻なのだろう。
汚染の無い「コモン」な世界に生きる俺や『ファンタ』の身体では、きっと耐えられないだろうと[サイパン]は予想しているくらいだ。
ちなみに、それ以上に色々と終わってるのが、【ポスアポ】世界。
身体の半分以上をサイバネ化して浄化装置すら組み込んでいる[サイパン]でも、【ポスアポ】世界では変異クリーチャーに成り果てかねないらしい。
ドンだけだよ。
(『A書房の新刊来てる!』)
(「好きだね、そのシリーズ」)
ちなみに、ショッピングモールにある書店で『ファンタ』用にラノベの新刊も買っておいた。
魔術の参考にする以外にも、純粋にそれ系統にドハマリしているしているのだ。
そこから俺達にとっても有用な術の開発にもつながったりするので、俺達としても助かっている。
『ファンタ』も本当は[サイパン]が増やしてくれた資金があるから、それこそ並んだラノベを一式買うことも出来るけど、流石にそこまですると悪目立ちしてしまうので、控えてもらっている。
その分気に入ったシリーズを重点的に推すようになっているみたいだ。
ちなみに、俺自身はそこまでラノベにハマっていない。
『ファンタ』が読み込むときに同時に見るだけで十分だと思うのだ。
同じ”俺”でも、その辺りに違いがあるらしい。
なお、【ポスアポ】は判りやすいストーリーのラノベなら好きらしい。
[サイパン]は要点を学習させたAIに類似品を自分の世界で広めて一儲けをもくろんだけれど、古典扱いされて断念していたりする。
□
一通り買い物を済ませたら素直に帰宅、というわけには、実は行かない。
色々買い込んだ物は、基本的に俺用の物ではないし、3人分合わせたら相応の分量にもなっている。
これだけ色々持ち帰ったら、流石に母さんや妹の旭にも怪しまれる。
だから、少しばかり寄り道が必要だ。
([こっちの世界程じゃないが、監視カメラがあちこちあるのが「コモン」の所の厄介な所だな。ジャミングも乱用するとバレるからなあ])
(「この辺りが割と田舎な方で良かったよ……【ポスアポ】、周囲に誰かいる?」)
(【大丈夫、他に思念も無い】)
(「よし、じゃあ『ファンタ』頼む」)
(『任されたよ。『ストレージ』!!』)
夜になると人気の無くなる河川敷で、『ファンタ』が魔術を使う。
すると、色々と買い込んだ品々が、きれいさっぱり消え去った。
これは、『ファンタ』が色々なラノベ作品に出てくるアイテムボックスやストレージなどと言った要素から編み出した、アイテム収納の魔術だ。
『ファンタ』の視界かつ直近に在るものを、一種の異空間に収納して置く効果がある。
取り出すのも『ファンタ』の視界に取り出すので、繋がった”俺”達は、お互いに物を融通し合えるのだ。
始めは『ファンタ』に俺の世界の本を渡すばかりだったのが、死にかけた【ポスアポ】を助けるために使ってからは、俺達のある種の生命線になっていた。
この『ストレージ』の魔術のおかげで、俺達は随分と助けられてきている。
俺自身も、『ストレージ』には本当に助けられた。
妹の旭が大怪我した時に、『ファンタ』経由のポーションを使えていなかったら、いま頃どうなっていた事か。
『ファンタ』も治癒の魔術は使えるけれど、まだまだ勉強中で軽い怪我くらいしか治せない。
ましてや、治癒の魔術を使うには”交代”が必要で、あの時はそれも難しかった。
そういえば、妹の態度がちょっと変わったのはあの辺りからだったような……?
□
荷物を一通り収納したら、今度こそ帰宅だ。
「ただいま~」
「あら、おかえりなさい」
「……おかえり」
のんびりとした母さんと、相変わらず俺にジト目を向けてくる旭に出迎えられた。
父さんの帰りは遅いから、夕食もこの三人で囲むことになるだろう。
漂ってくる匂いで、夕食の献立は何となくわかる。
「夕食はカレー?」
「ええ、シーフードね」
「えー、あたしイカ苦手なのに」
好き嫌いが多い旭が苦情を言うものの、既にルーの中で煮込まれている具材は取り出せない。
それに、文句を言いつつも食べる事は食べるので、まあ問題無いだろう。
もっとも、俺はそれどころじゃない。
(『カレーは良いね! 楽しみだ!』)
(【ママさんのカレー! カレー! カレー!】)
([……香りの時点で合成とは格が違うねえ])
脳内で欠食児童共が大騒ぎして大変なのだ。
『ファンタ』は比較的おとなしいものの食い気は十分にあるし、【ポスアポ】は普段の口数の少なさから一転してカレーを連呼し始めて止まらない。
[サイパン]も天然食材を利用する料理には目が無くて、この有様だ。
□
こんな調子で、俺は平凡な……同時にひたすらやかましい脳内会議の連中の喧騒と付き合いながら過ごしているのだ。
俺が過ごす現代社会。”俺”達の大半から「コモン」と呼ばれる世界で。
そう、こんな日が続くと思っていたのだ。
他の俺と繋がっても、このまま何もない日が続くのだと。
……この日までまでは。
そんな漠然とした平凡な日々が様変わりするのは、ほんの数時間後に迫っていた。
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