02 プロローグ 昼 「コモン」世界の日常

「おはよう」

「おう、桜井。おはよう」


 教室に入ると、既にそこそこの人数が席についたり、グループでたわいない話をしていたりと、思い思いに過ごしていた。

 俺も自席につくと、その一つに加わってHRまでの時間を潰す。

 この学校は公立で部活に左程力を入れていない分、朝練等を行う部も余りなく、のんびりしている。

 そのせいか、皆朝に余裕があり、弛緩した空気が流れていた。

 そんな中で、また一人教室に生徒が入ってくる。


「神谷っち、おはよー」

「おはよう」

「神谷さん、宿題見せてよ」


 俺と同じ図書委員の神谷さんだ。

 見た目は文学少女で、同時に無口系にみえる彼女だけど、女子グループに溶け込んでいるように見える。

 今時文学少女というのも絶滅危惧種だと思うけれど、そこが珍しいのかもしれない。

 そんな事を考えている内に、担任が教室に入って来た。


 午前の授業が始まる。


 □


 あたりさわりの無い午前の授業が終わると、昼休みだ。

 クラスメートは、それぞれグループに分かれて、昼食を広げる。

 俺もボッチというほども無く、男子のグループに加わって弁当を広げていた。

 まぁ、このあたりも、傍目から見たらごく平凡。

 ハブられるでもなく、目立つでもなく。

 何となくそこに居て何となく程々のグループの一人として。

 ただまあ、俺の脳内は全く平凡からかけ離れているのだが。


(『同期してると味も楽しめるのが有難いよね』)

(【ママさんのお弁当、美味しい……】)

([やっぱオーガニック食材は違うぜ……])


 ”俺”達は、繋がっていると感覚を共有できる。

 見聞きしたことやこうして食べた物の味を、全員が感じ取れるのだ。

 そのせいか、それぞれの世界の内食べ物的には俺の世界と同じく豊かな方の『ファンタ』はともかく、そもそも世界が終わってる【ポスアポ】と、環境が終わってる[サイパン]は食糧事情が悲惨だ。


[サイパン]の世界は環境が終わり過ぎていて、合成食が主流だし、【ポスアポ】なんて俺が初めて融通したゼリー飲料──飢え死にギリギリで固形食は危険だった──が、シェルターを出て初めてまともに食べた食事だった位だ。

 だからまあ、ありふれた弁当──今日は煮物が多くて白米の大半が煮汁に染まっていた──でも、俺達にとっては御馳走になる。

 俺自身も俺達の感動に引っ張られて大概の料理が美味く感じられるから、同じ体格でも割と大食いの方になる。


 □


 そんな調子で昼を食い終わったら、グループの男子たちから離れて教室を出る。

 図書委員は、昼休みでもそこそこやることがあるからだ。

 そのまま図書室に向かおうとすると、同じように席を立つ女子の姿が見えた。

 神谷さん。

 物静かな文学少女といった風だけれど……その実、内面は別物なのを俺は知っている。


「桜井君、私用事があるから、何時ものように頼むわね」

「はいはい、了解」


 真面目そうに見えて、割とキツイのだ。

 あと同じ図書委員であるにもかかわらず、その仕事をしたところを見たことが無い。

 とはいえ、用事というのは別におかしなものじゃない。

 学校の図書室のさらに奥。資料室と呼ばれている部屋が彼女の城だ。

 昼休みや放課後は大体そこに籠っているし、先生たちも何も言わない。

 詳しい話は知らないし、踏み込む気も無いけれど、郷土の歴史資料の多くが収められていて、彼女はそのリスト作りを任されているとか。

 只の図書委員で、貸出窓口に座りつつ本を読みふける僕とは大違いだ。


 第一、最近はスマホを皆持っているから、物理書籍なんて見向きもされないのが実情だ。

 その分図書委員としては暇だし、『ファンタ』用の本を借りてもだれも見向きもしないのは好都合だけど。

 今も、こうして貸出受付に座りながら、幾つかの本をピックアップしている。


(「前回は物理学の本だったけど、今度はどうする?」)

(『う~ん、創作系がいいかな』)

(「好きだねえ。じゃあ、こっちの……」)


 俺の世界の本から新しい魔法のアイディアを得ている『ファンタ』に言わせると、俺の現代技術──科学や物理学などの考え方は、あちらの世界の魔法に応用が利くらしい。

 高校の図書室にある本ですら、むしろわかりやすい分応用しやすいのだとか。

 更にこちらの世界に溢れる様々な創作は、まさに宝の山らしい。

 アニメやラノベを見て、

『この発想はなかった!』

 と脳内で叫ぶのはお約束のパターンになっていた。

 まあ、本の流通も少ない世界なら、そういう創作も限られているわけで、中学生くらいの年齢の『ファンタ』には、特に刺さりまくっているという面もあるのではないかと思う。


 一方で、脳内で暇そうなのは【ポスアポ】だ。


(【難しい文字が多すぎ】)


 俺と繋がってからまともに物を覚え始めたせいか、まだ漢字などの難しい字に慣れていないのだ。

 そもそも実年齢が小学生程度だから、無理も無いと言えるけれども。


([……なら、九九のおさらいでもしているんだな])


 逆に[サイパン]はそれなりに忙しそうだ。

 俺も繋がっているから分かるけれど、[サイパン]の番の時に仕入れたデータを、売り物になりそうなものとそうでないものとに選別しているらしい。

[サイパン]は、サイバネで脳髄も置き換えているから、俺達に合わせている以外は高速で思考が可能だ。

 その為細かくは意識が伝わらないけれど、たまに高く売れそうなアタリのデータがあると、喜びがこちらにも伝わってくる。


 こんな調子のまま昼が終わるまで図書室で過ごし、午後の授業が始まった。


 □


 午後も授業自体は問題ない。

 昼食後の睡魔は、俺に限っては頭の中の声があるせいで眠気覚ましに丁度いいし、授業内容も分かりやすい先生だったのだ。

 まあ、その脳内会議は相変わらずだけれども。

『ファンタ』は科学の授業中に、何か思いついたのか夢中になって魔術式の構築を始めるし、【ポスアポ】と[サイパン]は地理の授業で示された日本地図と各地の産地について様々に話し合っていた。


 そして、あっという間に放課後がやってくる。


 放課後も、昼と同じ図書委員の仕事だ。

 ただ、図書室の受付の当番以外は仕事量は多くなく、今日はものの数分で片付いてしまった。

 となると、かなり暇になってしまう。

 とっとと帰って【ポスアポ】や[サイパン]用の買い物をしても良いけれど、それにしたって時間は有り余っていた。

 そこで、『ファンタ』用に今日借りる本と、ついでに【ポスアポ】用に児童書を物色する。

 こんな風に、節操の無いどんなジャンルでも読む俺は、図書室をよく利用する生徒や先生から乱読家扱いされているらしい。

 まあそれはいいんだ。

 ただ、そんな感じに本棚の間を物色する俺に比べ、彼女はそんな暇とは無縁の様だ。


「桜井君、ちょっと手伝ってくれないかしら?」

「神谷さん? いいよ」


 図書室の奥の資料室から顔をのぞかせた神谷さんが、俺を呼び止めた。

 俺は、資料室の神谷さんと同じく、図書室に何時も居る生徒扱いだ。

 資料室は図書室ほどに整然と本が並んでいるわけでもなく、資料を詰め込んだ箱が棚に置かれているなど、時折力仕事が必要なこともあった。

 そういう時、神谷さんは他の図書委員の力を借りる。

 同時に図書委員として、クラスメイトでもある分資料室にいる神谷さんからすると、俺は声をかけやすいのだろう。

 この日も、そんな日だった。

 ただ、普段と違うのは、


「……? 神谷さん、調子悪い?」

「……そうかもね。少し疲れてるかも」


 無口系の彼女が、少しふらついている事だ。

 顔色も、普段より悪いように見える。

 昼や授業中にはそんな素振りは無かったように思うから、体調を崩したのはその後だろうか?


「なら、もう上がったら? リスト作成、だっけ? 急ぎの仕事って訳でもないなら、だけど」

「……そうするわ。でも戸締りだけはしないと」

「鍵を閉めるだけなら、やっておくけど?」

「……じゃあ、お願いするわ。鍵、明日返してくれればいいから」


 そう言う神谷さんから、俺は資料室の鍵を受け取った。

 そのまま、どこか覚束ない足取りの神谷さんは、資料室を後にしようとする。

 そのすれ違いざま、


(【……?】)


 俺の頭の中で疑問を浮かべる声が一つ。


(「【ポスアポ】、どうかした?」)

(【……血の匂い? 気のせいかも】)


 ”俺”達の中で、一番感覚が鋭い【ポスアポ】が、そんな事を告げて来た。

 つまり、神谷さんは怪我を……?

 そう思う所に、[サイパン]が割り込んできた。


([あー、アレな日ってやつか])

(『ええ……?』)


 ……ああ、そういう。

 俺はそれ以上深く考える事を止めて、資料室の戸締りをすると、下校したのだった。

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