01 プロローグ 朝 「コモン」世界の日常
俺は桜井夕(さくらいゆう)。高校一年だ。
傍観者的な視点で見れば、俺は何ともつまらない人間だと思う。
体格はやや高めな以外は平凡そのもの。
顔つきも……まぁ、イケメンとはいかないし、とりたてて不細工というほどでもない、と思う。
成績も平凡で、ごく普通の公立高校の一般クラスの中間あたりと言えば、逆に平凡過ぎて特徴になっている気さえしてくる。
運動は、多少背が高い分人並みよりもややマシ程度か。
もっとも多少マシ程度。運動面で目立つ訳も無く、部活もやっていない。
あえて言えば、図書委員をやっているのが特徴と言えば特徴か。
つまりはまあ、テンプレ的な文系男子というやつである。
そんな感じだから、まあ所謂クラスカーストなんていう分類でも中の中から下あたり。
多少運動が出来る分、大きく見下されることも無く、かといって憧れられることもない。
多分、クラス替えの度に元同級生の記憶から早々に消えるような、そんな立ち位置。
家族構成もまあ、平凡だ。
工業系企業勤務の父と、たまにバイト感覚で近所の遺跡発掘に参加する母、そしてやや年の離れた大学生の姉、そして中学生の妹。
家族仲も……最近はちょっと妹から距離を取られ始めている気がするけれど、それ以外は悪くないし、親戚付き合いも程々。
要は取り立てて特徴が無いのだ、傍目から見たら。
だけど俺の自認で言えば、話は変わる。
俺自身は平凡だけど、これ以上ないほどイレギュラーなのだと。
何しろ、俺の頭の中には、並行世界の俺自身の声がある。
彼等と、繋がっているのだ。
□
朝起きると、目の前には見知った自室の天井。
ああ、三日ぶりだ、この光景は。
「あー良く寝た。今日は……木曜か」
スマホを確認して、ベッドから体を起こす。
今日の予定は何だったかな?
今の状態になってから、どうにも毎日が飛び飛びになって予定などを覚えにくくなっている自覚があった。
寝起きなのもあって、シナプスが繋がっていない感覚の中、頭の中で声が響いた。
(『図書室で本の借り換えの日だよ。忘れられると困るなぁ』)
(「ああ、そうか。今日返却日だっけ……」)
『ファンタ』の声に、予定を思い出す。
『ファンタ』というのは、俺達の間での通称だ。
こいつは、並行世界の俺の一人。
所謂魔術が主流になっているファンタジーな世界の住人だ。
有名飲料みたいな通称だけれど、『ファンタジー世界の俺』だと長すぎるから、『ファンタ』呼んでいるに過ぎない。
……並行世界の俺だから、名前も同じ『ユウ』。
フルネームも『ユウ・サクライ』なんだから、区別するにはこうするのが妥当という判断だ。
ファンタジー世界の住人だけあって、コイツは所謂魔術使いとか魔術師だ。
地形だけは日本と同じジャポネ帝国とかいう国で、帝立の魔術学校に通っている。
俺と一番初めに繋がった並行世界の俺で、付き合いが一番長い。
そもそも、俺が図書委員になったのは、『ファンタ』の為だ。
『ファンタ』の世界の本は貴重品で、殆どが手書き。
対してこちらの世界の本は豊富で、世界が違うにもかかわらずこちらの世界の本を読むことで、いろんな魔術の発想が浮かぶのだそうだ。
そのせいか『ファンタ』は、向こうの世界で新たな魔術を次々に考案する天才児扱い。地方から都の帝立学校へ飛び級で入学する程評価されているのだとか。
……平凡な俺とは大違いだ。
とはいえ天才扱いの『ファンタ』も、俺の世界の本から発想を得ないと、凡人程度だと言う自認が伝わってくるから、どっちもどっちかもしれないが。
ちなみに、年齢だけは俺よりちょっと幼くて中学1年辺りになる。
並行世界の自分自身とは言え、ちょっとした違いがあるのは興味深い。
そんな訳で、俺は図書委員の立場を利用し、図書室で『ファンタ』の為の本を見繕っては、常時借り置ている。
学校の図書室だけでなく、文系男子という傍から見た立ち位置も、市の図書館にも通う口実も目立たないから都合がいい。
そして、今日は学校の図書室で借りた本を返す日だ。
後は何があったかなと思い返そうとすると、続いて今度は
(【携帯食の仕入れ】)
端的な声は、【ポスアポ】のものだ。
【ポスアポ】は、『ファンタ』と同じ通称で、【ポストアポカリプス世界の俺】だ。
アッチの世界は、前世紀終わりごろに大規模な終末戦争が起こって、文明社会が崩壊してしまったらしい。
【ポスアポ】の俺は色々あってシェルターの中で生まれ育ったものの、ある時変異クリーチャーにシェルターが襲われて、それ以来天涯孤独の身だとか。
何というか、ヘヴィな生い立ち過ぎる。
そもそも、繋がった時点が死にかけだったからな。
『ファンタ』の協力で俺の世界の食べ物を【ポスアポ】に渡せていなかったら、そのまま飢え死にしていたレベルで、向こうの世界は過酷なんだ。
ちなみに、こちらもやはり同じ名前の【ゆう】だけれど、フルネームは分からないらしい。
生まれ育ったシェルターに戻れば何かわかるかもしれないけれど、いまそこは変異クリーチャーの巣になっているそうだ。
本気で死にかけた【ポスアポ】は、『ファンタ』と俺に重すぎる位の恩を感じて、折につけて力を貸してくれる。
実際、”俺”達の中で、最も戦闘能力が高いのは【ポスアポ】だ。
過酷な環境を単独で生き残って来たサバイバル能力と、僅かに残された文明の名残の銃の扱い──どうも崩壊前の文明は現代よりもさらに高度だったらしい──に加えて、特殊な粒子を体内に取り込む事で発現する変異能力──念動力や予知等所謂超能力──まで持ち合わせている。
これで、まだ年齢は小学生くらいだと言うのだから……。
尚、過酷な経験と育ちざかりの年頃だからか、食欲が旺盛だ。
特に最近のお気に入りは、薬局で売っているような携帯食──所謂ブロック型の栄養食だ──で、常時持ち歩いている。
ただ俺の記憶だと、【ポスアポ】用の携帯食の備蓄は、量販店のセールで買い込んだからかなりの余裕があった筈。
(「まだ余裕あったと思うんだけど?」)
(【……違う味のも試したい】)
(「それもそうか。じゃあ放課後は量販店にも寄らないと」)
まあ言い分は判る。何時も同じ味ばかりだと飽きると言うのは。
となると、前回買い込んだのはチーズ時だから、フルーツ味かメープルか、それともバニラあたりか……そろそろ、別の種類にも手を出すべきだろうか?
ただ、【ポスアポ】の身体が受け付けるかどうか、ゆっくり試しながらじゃないと危ないんだよなぁ。
前に[サイパン]用に買い込んだ食材を試したら、アレルギー反応を起こしていたし。
([オーガニック食材も頼むぜ? こっちで高く売るには、鮮度が重要だからな])
(「分かっているって。ついでにスーパーにも寄っておくからさ」)
[サイパン]の事を考えたからだろう。忘れるなよと念押しするように声を伝えてくる。
[サイパン]もまた、[サイバーパンク世界の俺]の略だ。
こっちは、現代よりも文明が進んでいる世界らしいけど、代わりに環境汚染がひどく、また国家よりも力を持つ企業が世界の覇権とシェアを奪い合う世界なのだとか。
そこで都市の影に紛れて企業間戦争の合間を生きているフリーランスの一人。
それこそ[U]の通称で通っているその世界の俺、らしい。
フルネームは「俺」と同じ。だけど、情報戦激しい[サイパン]の世界では、本名を名乗る事なんてまずありえず、[U]の通称の他にも幾つもの名前を使い分けている。
そんな[サイパン]は、肉体の半分以上をサイバネ化したハッカーだ。
同時に、今は──何故かオーガニック食品の取り扱いを主にしたブローカーも兼任している。
そもそも、[サイパン]の世界では、色々あって露地物野菜なんかは超貴重品。
高級食材扱いで、g単価が貴金属でも取引しているような値になる。
通常の流通には乗らず、闇取引まがいの経路でしか手に入らないのだとか。
だから、俺の居る「コモン」世界のスーパーで、生産者の写真付きで売られるような路地物野菜が、飛ぶように売れるらしい。
同時に野菜は鮮度が命で、だから[サイパン]用の野菜は毎日買っておく必要があった。
このオーガニック野菜の取引で得た資金で、身体に埋め込んだサイバネを常時アップデートしていて、それらを駆使したハッカーとしての腕前はかなりのものだとか。
まあ、そういう補助が無いと凡人というのは「俺」らしくもある。
ちなみに、歳は本来大学生くらい、らしい。
ただ[サイパン]の世界では皆サイバネを入れまくるせいで、見た目で年齢は分からないらしいけれど。
□
そんな感じに、寝起きのベッドでおおよその予定を立てた俺は、家族の皆と朝食を食べた。
とは言え食卓を囲んだのは3人だ。
姉さんは大学に通うために遠く離れているし、父さんはもう既に出勤している。
母さんと、妹の旭(あさひ)、そして俺。
「う~、眠いよう」
「眠くてもしっかり喰っとけよ」
「……分かってるけど、放っておいてよう」
旭は名前に反して朝が弱い。
母さんが気を利かせて用意しているスープに卵粥なんて食べやすそうな朝食でも、食べきるのに時間がかかる。
それを毎朝指摘するのだが、最近はジト目で距離を取るセリフを返されるようになった。
ううん、反抗期だろうか?
兄妹喧嘩とはいかないものの、最近はこんな感じだ。
そもそも、このところずっと俺を見る目がジト目になっている気がする。
何なのだろうか?
最近はキャラ付けなのか妙に舌足らずな話し方になっている気がする。
妹よ、母さん似のお前は、俺と違って顔は良いけど、そのキャラ付けは流石にあざと過ぎて引くぞ。
いや、可愛いのは確かなんだが、同じ血を引く女子がやっていると思うと何というかムズムズするのだ。
……あれ? その辺指摘してからだったか? 距離を置かれたのは。
□
そんな調子で朝食を済ませた俺は、学校に向かう。
俺が通う学校は、公立の普通科だ。
日本にいくつかある大都市圏の一つの、丁度田舎にかかるかって場所に位置するような微妙な場所。
少し足を延ばせば、大都市に出られるものの、周囲は割と緑が多い、そんな環境だ。
自宅からも多少距離があるから、自転車通学が許可されているのは有難い。
都市部から田園風景がちらほらと混じり始める様なそんな場所を、俺はのんびりと走り抜ける。
とはいえ、俺の頭の中はのんびりとは無縁だ。
三人分の声が、それぞれに好き放題騒ぎ立てている。
(『やっぱり「コモン」のところは平和でいいなあ。空いている時間に術の構築を思う存分できるよ』)
(【[サイパン]次は何を覚えたらいい?】)
([次はそうだな、暗算で分数の割り算でもやるか?])
本人の世界では、俺と同じく学生の『ファンタ』は、課題に出されているらしい術式を組んでいるようだ。
俺では分からない魔術的な図形を組んでいるらしいけれど、意識のつながりがあるとはいえ、そう言った『魔術的処理』の部分は共有されていないらしく、漠然としか分からない。
まあ、下手に判っても頭の中の声がとんでもなく五月蠅くなるだろうから、これはこれで丁度いいのだろう。
【ポスアポ】は、[サイパン]に色々教わっている最中だ。
早くから天涯孤独になった【ポスアポ】は、繋がった当初義務教育レベルも分からない位の知識しかなかった。
そして俺達と繋がった後、色々と学習欲が出たらしく、こうして時間があれば勉強をしている。
とはいえ教え役が居た方が良いので、今[サイパン]がやっているように、俺達の内の手の空いている奴が、分かる範囲で色々教えているのだ。
ちなみに、『ファンタ』にこっちの世界の本を渡しているように、【ポスアポ】には俺が昔使った小学校の教科書などを渡していたりする。
……その時も、【ポスアポ】は大喜びだったなあ。
そんな事を思い浮かべながら、俺は学校にたどり着くのだった。
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