インネイト・アビリティ
朔月が右のツインテを切り取って刀を作る。もう片方の髪は伸びきっておらず、あの刀も持っていないようだった。
「お前、私があげた刀どうしたんだよ」
「それなんだけどね……スコーディアさんの能力がどうも見立てと違うみたいで」
朔月曰く、スコーディアの能力は毒物の生成ではなく「もっと不条理なもの」だと。
私はスコーディアと戦う朔月のために、竜骨座の能力で骨の刀を作った。鉄でも髪でもない物質でスコーディアを撹乱して戦いを長引かせることで、戦況を優位に進める……というサマザーのアイデアだ。
それは確かに途中までは上手くいったらしい。でも、ある時を境に彼女の太刀筋は何を使ってもガード出来なくなったと言う。そのせいで私があげた刀も両断されたと朔月は説明した。
「へぇ」
「……え、怒ってる?」
「別に」
別に怒ってないし。
私はストライブの左腕にダメージを与えたこと、私もバテているので弓矢や大技は使いづらいことを簡単に伝えた。特に弓矢は射てても一矢だろう。朔月は小さく頷く。
「片腕で精密な星素制御が出来ない天秤座と、無茶な技を使い続けてる蠍座……相手も相当キツい筈だから頑張ろう」
私も頷いて、相手に向き直る。向こうの2人も何やら話をしていたようだが、私たちを見てそれを終えた。
「では、参ります。『私たちにしか見えない足場』」
スコーディアが何かを呟く。そして、何もない空中を高速で跳び回り――気が付けば目の前にいた。私は慌てて両手を構えて防御する。
「サマザー様の戦法を参考にさせていただきましたが、いかがでしょう」
私の肘から先が枯れ葉のように斬り飛ばされる。痛みと焦りで冷や汗が噴き出た。
横から朔月がスコーディアに体当たりをして体勢を崩させる。追撃の刀は当たらない。
「アヴィ、身体よりも星素を使って防御することを意識して! あの刀は――」
「殺す気はないが、加減が出来ない」
続けて、朔月が空気に押し潰される。高さ3mほどの位置に、右手を翳したストライブの上半身が浮いていた。不意打ちのために他の空間に隠れていたのか。
クソ、強い! 両腕は再生していない。今にもスコーディアに斬られるかもしれない。朔月を助けるにはどうすればいい!?
「ドラゴンなら炎を吐けるでしょ」
口内がチリチリと熱せられる。私は思い切り酸素を吸引し、宙空の天秤座を目掛けて一気に吹きかける。忘却の彼方から、いつか吹き消したバースデーケーキの蝋燭を想起する。蒼炎が到達する前に彼女は亜空間に退避してその姿を消したが、朔月は解放された。
「あ、ありがとうアヴィ……ドラゴンブレス、凄いね」
「ドラゴンブレス? 何のことだ?」
どうにか再生させた両腕で朔月を抱き起こす。幸い、戦いに支障が出るような負傷はなさそうだ。でも、このままじゃ……。
「星素の力は願いの力。成る程、君自身が願いの結晶であり、また君も願う者ということか」
「……私のことを何か知っているのか?」
戦ってる最中なのに、ストライブが私に話しかけてきた。私は朔月を少しでも休ませたいと考えて、会話に応じる。
「いや、あまり。しかし君の不可解な急成長についてずっと思案していてね。星素はそれ単体でも強力なエネルギーだが、最も効果的かつ劇的な反応の触媒は――人の想いだ」
人の想いと言っても実際は脳内物質やら電気信号やらが作用しているのだろうが。ストライブは補足する。
「とにかく、星素を利用するには『意思』が重要なファクターとなる。アヴィオール、私が思うに君は……強い破壊衝動こそ持っていたものの、『何のために戦うのか』は今日までよく分かっていなかったんじゃないか?」
「それは……」
だいたい図星だ。何のために戦うかは、昨日リストアップするまで意識したことすらなかったし……私は今でも、私の最初の日に抱いた感覚を覚えている。何もかもが目障りに映ったあの日。全てを壊してしまいたくなる衝動。それは今日に至るまで、消えたことがない。
「全く、どのように君は生まれたのやら。セントも教えてはくれないだろうな……さてスコーディア、そろそろ行けるか?」
「はい。10秒程度ですが」
「十分だ」
ストライブはスコーディアの肩を2回叩いてから、別の空間へと消えた。相手もこの時間を休息に充てていたらしい。私が次の攻撃に備えようと立ち上がると、朔月もよろめきつつそうする。
「アヴィ、ちょっと考えたんだけど」
……私は朔月の言葉に耳を疑う。
「そ、んなっ、ダメに決まってるだろ!?」
「時間がない」
朔月は微笑んだ。
「うまくいくよ、信じて」
「……」
私は全然納得していなかった。納得していなかったけど、他に何も思いつかなかったし、「信じて」と言われたのに食い下がったら信じてないみたいになるから。
「後で絶対に文句言うからな」
それだけ伝えて、生成した骨の弓を構えた。朔月は私の頭を撫でた後に前に出て、スコーディアを迎え撃つ。
スコーディアは先ほどと同じように、空中を蹴って自由自在に駆け巡る。私は深呼吸をして、スコーディアが着地する瞬間だけに意識を研ぎ澄ませる。朔月は微動だにしない。
刹那、朔月の眼前にそれが現れる。半ば直感でその
「『何でも斬れる刀』――」
スコーディアの絶対断割の刀が迫る。朔月は動かない。刀を構えたまま。
右肩から刃が入る。まるで静止したかのような時の流れの中で、私は、弓を引き絞りながらそれを見る。すぅ、と刀が肉体を進むのを見る。
星の輝きを宿したその軌跡が、右腕から脱して胴体に入って――やがて、止まった。
「――対象の殺害は」
時間が動き出す。
「認められていない」
「アヴィっ!!」
真下のスコーディアを狙って限界まで弦を引いた弓を、計画通り正面に向け直す。射撃する私に隙が出来ることを狙って、異空の門からストライブが出現していた。その右の掌には、私の全力の矢を止めた拒絶の群青色が丸く渦巻いている。星素の制御を片手で行っているからか威力は落ちているようだが、当たれば無事では済まないだろう。
でも。私は確信する。それではこの矢は止められない。弦から手を離すと、神速の赤がストライブを襲う。
「うぐっ……!」
しかし、矢が彼女に到達することはなかった。顔を苦痛に歪めるストライブは、左手による空間操作で矢の軌道をずらしていた。左に逸れた矢は、見当違いの方向へ消えていく。
「悪いが使えないとは言ってない。痛いのには慣れてるんでね……!」
判断を間違えた――。威力が減衰したとはいえ、骨の矢が貫通した方の手を使えるなんて。再生能力がない以上は筋肉も神経もズタズタのはずなのに。
ダメだ。そんなこと考えてる暇はない。攻撃される。致命的な威力を喰らうことになる。私も攻撃しなきゃ。間に合うか。違う。ダメ元でやらなきゃいけない。拳を竜のそれに変え、ストライブに向けて繰り出す。
そして、気が付く。いや気付いていた。私の拳があっちに当たるよりも遥か前に、あっちの技が私に当たる。
恐怖に目を瞑る暇すらない。私は、少なくとも私の意識を刈り取るのに十分すぎる威力であろう青の球体を、ただ眺めていた。
(君たちは良くやった。まさか、本気の殺し合いではないという
その時、ストライブの拒絶の青が割れた。綺麗に、半分に。まるで斬られたかのように。呆けている私の頬に優しく解けた星素が触れる。私を現実に引き戻したのは、右手に伝わる衝撃……殆ど偶然に、私の拳はストライブの顎を捉えていた。私はそのまま落下したが、痛みに呻いてる暇はない。
「さっ、朔月……!」
起き上がって、走る。転がっている右腕が目に入る。黒い赤が出来の悪い落書きのように、地面に模様を描いていた。
「おい、大丈夫か!? 朔月っ!」
朔月の身体を揺する。心臓が痛いほど脈打つ。
「おいっ……!」
「い、痛い。ちょっと強い」
「う、良、このバカっ……」
朔月の声が聞こえて、感情がない混ぜになり、私は涙を堪えきれなかった。
「泣いてんの? 作戦通りだよ、はは」
「わざと斬られるなんておかしいっ……!」
「ご、ごめん……あ、スコーディアさんもストライブさんのとこ行っていいよ」
目的を見失い立ち尽くしていたスコーディアだったが、朔月にお辞儀をしてからストライブの方へ駆けていった。
「サクラさん見てる? 俺たち上手いことやったでしょ。自分の意思で、自分の帰る場所を守るために頑張ったよ」
そこまで言うと、朔月は気を失った。私は焦ったが、まだ心臓は動いているようだった。サクラの到着まで出血を遅らせるために、私は朔月の腕の付け根を握り続けた。
◇
「ストライブさん」
「……スコーディア」
スコーディアが私を呼ぶ声で目を覚ます。目を覚ましたということは、意識を失っていた、ということで。
「負けたな」
そう思った。幾つかの縛りはあったものの、そこに油断や手抜きはなかった。
「申し訳ありません。恐らく私が敗因です」
「いや、私だ。不甲斐ない……翔にも謝らないとな」
痛む顎を押さえながら起き上がる。いい一撃を貰ってしまった。左手でアヴィオールの拳を逸らそうとしたものの、肩の痛みでしくじった。
そういえば、直前に私が彼女にぶつけようとした空間の球が斬られたような。私が断裂させた空間を破壊する、なんて芸当が出来るのは私の知る限り……教祖様と、レオと、剣川満月だけ。となると――。
「『不甲斐ない』、大切な人の役に立てなかったときに感じる感情ですね。私も不甲斐ないです」
「は!? いや違っ、君は何か勘違いをしているぞ!?」
「確かにご主人様からはそう教わりましたが……?」
不思議そうな顔をするスコーディアから目を背けると、我々に勝利した2人の姿が視界に入る。治癒力の高いアヴィオールは兎も角、朔月は重傷だろう。死なせる訳にはいかない。多少無理をする必要がある。
ドアノブを掴むように右手を握る。そのまま軽く捻ると、私の作った広い空間が崩壊していく。やがて白昼夢だったかのように我々が元の屋敷に戻ったのを確認すると、私は両手を叩いて夜桜荘へと跳んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます