反抗勢力、桜と書斎
「……はい、治療完了。大丈夫そう?」
「ありがとう。ふらつくけど平気」
ストライブのワープによってライブラリにやって来たサクラが迅速に朔月を治療する。腕はすぐにくっ付いたものの、ただでさえ色白な顔がより青白くなっている。血を失いすぎたせいだ。いつもヘラヘラしている朔月に元気がないと悲しくなる。人形のような身体を支えている私の腕が、切なく力む。
「朔月。その、ごめん、それとありがとう。お前がああしなかったら負けてた」
「俺こそごめん。逆の立場だったら無理やりにでもやめさせてたなって……ちょっと思った」
私たちはお互いの顔を見て、少しだけ笑う。「2人とも頑張りすぎだよ」と笑い泣きするサマザーの肩も借りつつ、3人で部屋の隅のソファまで歩いた。
柔らかいソファに腰掛けると、ストライブが「空間」から取り出した細長いテーブルを配置する。その上にカルパス、大福、海外製のめちゃくちゃ甘いチョコレートが配膳された。
「お三方ともお疲れ様でした。よろしければ召し上がってください」
「ありがとうございます、スコーディアさん」
サマザーはお礼を言い終わるとすぐにチョコレートの包装を解いて口に運んだ。そのまま2個目、3個目を幸せそうに放り込んでいく。なんか、意外な一面を見た気がする。
貴重な暴食シーンを眺めていると、部屋の中央ではサクラと翔が大きなテーブルに向かい合って座ったのが見えた。
「さて、そろそろ商談を始めよう……と言っても、概要はこの前サマザーから聞いたし、僕らは負けた。こちらからは特に言えることはない」
サクラは少し経ってから、口を開く。
「羽場切翔さん、夜桜荘とライブラリは対等な関係であるべきだと思うわ。一方が他方を支配するやり方では上手くいかない気がするの」
翔はサクラや私たち、それからストライブとスコーディアに目をやってから、「感謝する」と言った。そして、口元に手を当てて何やら考えた後、ストライブを呼び寄せた。彼女が席に座ってから、彼はサクラに問いかける。
「サクラ、君は恒星教団の……イオン・ヘブンズウォーズの目的についてどの程度掴んでいるんだい?」
「星素に適合出来ない人間を絶滅させるって、10年前に本人から聞いたきり」
サクラは寂しそうに笑う。
「あの人はやると言ったらやる人だから、本当にやっちゃうんだろうなって」
「成る程、本人から。どうやって計画の情報を得たのか興味があったが、以前から知り合いだったのか」
ええ。サクラは紅茶を啜る。
「だから計画の詳細は全然知らないの。満月さんも彼にお世話になった手前言いづらそうだったし」
「ということだ。ストライブ、頼める?」
「構わない」
ストライブは教団の計画を語り始める。
◇
「フォトンベルト計画だよ」
私が天秤座に席を貰ったときは、その人の恐ろしさに気付いていなかった。
「黄道十二星座のメンバーはね、世界のルールを書き換えるような能力を持つ者が選ばれるんだ」
「星の広間」、恒星教団の最高幹部のみが入室を許される場所。教団本部であるタワーの頂点……
他人よりも少しばかり強い好奇心と運が味方して、私は最終的にここへと辿り着いた。果たしてどのような世界が見れるのか、心が躍ったものだった。
「10人の類稀なる才能の星素を
「そんな馬鹿げた計画には協力出来ない」
私は即答した。後先は考えなかった。あまりにも独りよがりで、未来の可能性を狭めるような言動に、反射的に口をついて出た言葉だった。
「何を言うんですか!? 教祖様は私たちの為を思って――」
「レオ、いいんだ。ありがとう」
声を荒げた
「立派だ、ストライブ。君を選んで良かった。組織はイエスマンだけでは成り立たないからね」
いつの間にか真横に立っていた教祖様に抱き締められる。あまりにも唐突な気色の悪い感覚に声が漏れそうになるが、どうにか抑える。平静を装うことが彼にどれだけの意味を持つのか分からないが。
「
◇
「要するに、固定の役割は……膨大な星素を制御する山羊座と、それを射る射手座だけだ」
他10人は自由に替えが効く。ストライブはコーヒー牛乳をゆっくりと飲む。
「そうなると、最悪の場合は射手座さえ揃えばフォトンベルト計画は実行出来る……」
「ああ。今は蟹座と蠍座と射手座が空席となっているが、代わりがいる可能性がある。教祖様の秘書のメアリーという女も自由に『星の広間』を出入りしているから、彼女がそうなのかもしれない」
アヴィちゃんがここに居てくれるのは幸いね……というサクラの声が微かに聞こえる。私はどんな顔をしていればいいか分からず、さも無関心そうにカルパスを口に入れた。
「だがまあ、十二星座クラスはそう何人も湧くものじゃない。反対派は多い方がいい。計画に反対の立場を取っているのは私や
朔月が横で「やっぱりね」と呟いた。顔色も少しは良くなっているようで安心したが、それを伝えるのは何だか難しかったので、私はただ「知り合いか?」と尋ねた。
「
「……厳しいのに虐殺反対派なんだな」
「優しいことに厳しすぎるんだよ」
朔月はわざとらしく大きなため息をつく。本当に疲れているのもあるだろうけど。
「あの人、相手がどんな悪人でもちょっとでも怪我させるだけで凄い怒るんだよね。だからあまり好きじゃない」
「そう、なんだな」
それは確かに厳しすぎる、のかもしれない。私は相手が悪い奴なら最悪死んでも構わないと思っているし、むしろ死ぬべきだ。絶対にそうあるべきだ。
私は急に眩暈がして、堪らず朔月の方に寄り掛かる。
「ア、アヴィ? どうしたの?」
「ごめん、なんか、ちょっと……」
そこまで言って、私は意識を失った。瞼が閉じるその瞬間まで、激しい憎悪と憤怒が私の血管を流れていたのを感じた。
◇
「エリナ、食堂の方が騒がしいのです」
「なんだろ? 何かあったのかな?」
教団施設の中の陽当たりが良いベンチでお喋りしていたあたしとセントちゃんは、みんながどこか慌ただしいことに気が付いた。
急いで食堂に向かうと、人だかりがある。あたしとセントちゃんは人の波をかき分けて、その真ん中へ向かう。
そこには、男の人が倒れていた。教団員の人だ。血が出ている右腕を押さえている。そしてもう1人、額からツノが生えてる男の人が立っていた。
「……あなたがやったの?」
「ああそうだ。無能力のくせにこの一角獣座のアルケ様に偉そうにしやがったからな。その罰だ」
いっかくじゅう座?だからツノが生えているのかな。壁を見ると穴が空いている。もしこの威力が人に当たったら、その人は……。
「家族ルールその4『喧嘩はほどほどに』」
「あ?」
「アルケさん、やり過ぎでしょ。ちゃんとこの人に謝って」
あたしは珍しく真面目なことを言ったつもりだったけど、何がおかしいのか、アルケさんは大きな声で笑った。それから、凄く怖い顔をして怒鳴る。
「舐めてんのかクソが! 女のくせによ!」
「凡人以下の単細胞に教えてやるのですが、女性は男性に比べ5倍以上星素に適合する確率が高いのですよ。有意な差なのです。男風情が臭い口で呼吸をするななのです」
「セ、セントちゃん。そういうのもよくないよ?」
「ブッ殺す!」
アルケさんが突進してくる。私はツノを掴んでそのまま床に叩きつける。パキッと音が響いて、ツノが折れた。
「あっ」
「痛ッ……テメェ……! 覚えとけや……」
「ご、ごめんなさい! あとあたし記憶力あんまりよくなくて……」
全部言い終わる前にアルケさんは走っていってしまう。ツノも置いていっちゃった。
ふと気がつくと、あたしの周りの人たちは拍手をしていた。
「お手柄なのです。エリナ」
「え〜? えへへ、あたしは何もしてないよ」
ちょっと照れくさい思いをしつつ怪我人を教団施設の中の病院に運ぶ。その人にも別れ際に何度もお礼を言われて、また恥ずかしくなる。
「えへへ、いいことしたな」
太陽に向かって思いっきり伸びをする。いいことをした後は気持ちがいい。
「今日もいい日になりそう!」
「あー、もう15時なのです」
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