リベンジ・マッチ

「リベンジマッチ、のつもりかな?」


 ライブラリが夜桜荘を支配下に置く協定を結ぶ直前に乱入してきた、招かれざる客。

 蝿座サマザー、髪の毛座の朔月、そして竜骨座アヴィオール。天秤座わたし蠍座スコーディアに倒された先日との違いは、顔付きから明らかだった。


「わざわざ雁首揃えてやって来たのか。無意味な戦闘で時間を浪費したくないのだが」

「無意味じゃない。お前たちをボコボコにして、サクラと私たちの家を守る」


 私の目の前に立つ竜骨座が反論する。無論、無意味な戦闘だとは私も思っちゃいない。再びこの3人を倒さなければ圧倒的な力による服従は不可能だろう。

 それも、より手酷く、完膚なきまでに叩き潰さなければならない。一度立ち直った心は、得てして前よりも強くなるものだ。少なくとも全員を意識不明にしなければサクラを初めとした夜桜荘に納得させることは出来ない。


「気が進まないな」


 今度は本心からの言葉を口に出しつつ、私は星素を操るために集中力を高める。青く輝く星素の対流が、羽衣のような形を形成する。


「私の気は逸ってるけどな!」


 竜骨座も準備が出来たようだ。彼女の言葉と同程度の速度で迫る矢を目で捉える。彼女の弓矢は、威力も速度もかなりのものだ。だが、弱点はある。

 それは、「矢であること」だ。私に向かって飛んでくる弓矢状の星素は、私から見ればせいぜいが数ミリメートルの点に過ぎない。

 赤い矢に指先で触れる。私の指先に展開された異空間への扉を通り、その矢は消滅した。


 竜骨座は距離を取り、間髪入れずに次々と矢を放ってくる。同時に、背後に気配を感じた。見なくても分かるが、蝿座だ。

 私の真後ろに余剰空間を配置し、打撃を拒絶する。裏拳でカウンターを狙うが、私の拳は空を切る。蝿座は既に部屋中を足場にして跳び回り、次の攻撃の機会を伺っていた。

 そしてまた、赤い矢は異空間へと消えていく。


「……撃ち続ければいつか当たるとでも思っているならば、それは間違いだ。先に君たちのスタミナが底を突くだろう」

「へぇ、どうかな?」

「やってみなくちゃ……分からないですよッ!」


 私は理解していた。彼女らは間違いなく、このまま飽和攻撃狙いを続けるような甘い作戦でここに来たのではない。確実に何か策がある。何かを仕掛けてくる瞬間が来る。その策を正面から打破しなければ、心を折ることは出来ない。

 全ての拳、脚、そして矢を的確に処理して消耗を抑えながら、私は「その時」に対して意識を向けた。


    ◇


「こっちも始めよう、メイドのお姉さん」

「構いません」


 私は刀を抜く。私は刀を構える。私の標的の名前はサクゲツ・ツルギガワ。彼の星座は髪の毛座――自身の髪の毛を自在に操り、特に刀として用いる傾向にある。私は星素を刀に纏わせ、「強アルカリ性」の性質を付与する。


 私が徐々に間合いを詰めると、彼も少しずつ近付いてくる。一歩、また一歩……互いの刀が届くまで、あと4歩程度だろうか。私は更に一歩進む。

 すると、突如としてサクゲツは加速した。地面を蹴って跳躍すると、身体を捻って突進してくる。私の視界に映る椅子やテーブルが、彼の長い髪に切断された。


「はあぁっ!」


 間髪入れずに手に持った刀でも突きを放ってくる。2つの髪の束と、一振りの刀。合わせて3つの異なる軌道を描き、私を傷付けようとする。

 私はすぐさま2つの髪束から切断する。彼の能力の本質は髪の毛にある。強アルカリ性ならば処理の効率が良い。続けて、彼の本命である刀も斬ろうとする……が。


「……?」

「くっ、そう簡単にはいかないか」


 私の刀は刀身で受け止められた。一旦距離を取る。彼の刀は髪ではないようだ。となると、材質は金属だ。私は星素を「水と酸素」に切り替える。

 今度はこちらから仕掛ける。先程斬った髪の毛はまだ伸びきっていない。私が有利であると判断した。


「危なっ……!」


 彼はどうにか私の連続攻撃を躱し、いなし、逃げ続ける。彼は反撃することは出来ていないものの、私からの致命傷を避け続けた。私の斬撃の1つが部屋に配置されたインテリアの甲冑を掠める。甲冑は私の星素により急速に腐敗し、錆となって崩れた。


「嘘でしょ? どうなってんだよその能力」

「ご主人様、後ほど謝罪します」


 さて。サクゲツは私の能力に驚いていたが、私も彼を不思議に思っていた。私の刀と複数回接触したのにも関わらず、彼の刀は腐敗の兆候を見せていない。


「朔月様、その刀の材質は何ですか?」

「教える訳ないでしょ……知られたら瞬殺されるじゃん」


 確かにそうだ。となると、私が見抜くしかない、が、頭が痛くなってくる。目も、同じように痛い。身体が突然に疲労を感じはじめる。床に片膝が着く。


「ハァッ、うっ……」

「まあ、ギリギリ俺の勝ちかな?」


 こうならないように、短期決戦を狙っていたのに。これじゃこの前の二の舞だ。


「ご、ご主人様……」


 私は、ご主人様と交わした会話を思い出していた。


 数日前、私がサクゲツと戦闘を行ったとき、私は意識を失い暴走したようだ。結果的に、私は彼に敗れた。私が意識を取り戻したとき、夜桜荘の一行は既にここを去っていた。私が失敗をご主人様に謝罪すると、彼は言った。


「スコーディア、彼らはまたここに来る。それは君のミスじゃない。僕のミスだ」


 ご主人様は、蝿座のサマザー・ホープライトの心を見誤った、と仰った。ご主人様が彼女の努力を全否定すれば、彼女の心は折れるはずだった。しかし、彼女はそうならなかった。


「激昂して、ストライブの余剰空間があると知りながら僕を殴ろうとしたんだ。いや、凄い迫力だった。一瞬だけ死ぬかと思った」

「彼女は、ご主人様の見立てよりも短慮だったのですね」


 そうじゃない。ご主人様は否定した。


「サマザーは不甲斐ない自分に怒っていたんだ。大切な人の役に立てなかったと。さっきスコーディアは朔月に倒されたけど……どう思った?」


 私は……どう思っただろうか? 意識を取り戻して、彼らが去ったと知り、ご主人様の命令に従うことが出来なかった。


「……次は、成功させるように最善を尽くします」

「そう、それが『不甲斐ない』という感情だ。もっと簡単に言うと『悔しい』かな」


 悔しい。悔しい。悔しい悔しい悔しい!

 ここで負けたくない。目の前の敵を倒したい。もっとご主人様の役に立ちたい。

 私は立ち上がり、刀を構える。


「……まだです」

「無理してほしくないんだけどな、マジで」

「この、刀は――『何でも斬れる』」


    ◇


 赤い矢が飛んできては消える。また飛んできては消える。射手のアヴィの位置によって角度や距離は違えど、単純作業にも見える一連の流れに、私は些細な違和感を覚えていた。

 また1本、竜骨座の星素が矢となり私に射られた。蝿座の俊敏だが直線的な動きを読んで避け、射られた矢を私の空間で消す……私の左の人差し指が、ぴくりと動いた。間違いない。


 。指先に展開した小さな異空間だけでは威力を抑えきれていない。このような短期間でここまでの急成長は、有り得ないと断じていいだろう。まさか、前回は手加減していたとでも言うのか?

 そう考えている間にやって来る次の矢に対応しつつ、私は展開する異空間の広さを拡大する。これだけだ。戦況に変化はない、が。


 私の真横を通過する矢を、半ば無意識に目で追っていた。その理由はすぐに分かった。星素が不安定で、他の矢よりも不恰好な形をしていたからだ。私は咄嗟に余剰空間のバリアで身を守った。


 激しい爆発音と共に、閃光で視界が遮られる。私は直感する。ここだ、ここで仕掛けてくる。私は自分を囲うように空間を分断する。ありとあらゆる物質を拒絶する絶対的な断裂。例外があるとすれば、それは黄道十二星座の中ですら上位に位置するような一撃だろう。


 急激な星素反応による光が収まってくる。分断した空間の端に、一際輝く矢が刺さっていた。これまでより遥かに強力な星素を感じる。

 驚くべきはその威力か。未だ推進力を失っていない。空間を分断した防御でなければ簡単に突き破られていた。

 だが、防いだ。竜骨座も座り込んでいる。蝿座は――。


「行けえええええッッ!!」


 彼女は部屋の奥から一直線に跳び込んできて、輝く矢に蹴りを放った。矢は大爆発を起こ……さない。ピシリと、何かにひび割れが入った。

 私は少し遅れて、蝿座を空間で弾き飛ばす。そして矢に対応しようとした瞬間、左肩に熱く鋭い痛みを感じた。


「そうか」


 そこには、乳白色の細長い矢が深々と刺さっていた。


「実体がある矢か……!」


 蝿座が蹴っても爆発しなかった絡繰がこれだ。彼女は竜骨座の矢の核となる「骨」を蹴り抜いて、矢を加速させたのだ。今までのように星素のみで形成された矢だったら、蹴りの衝撃で炸裂していただろう。


「や、やったね、アヴィちゃん」

「うん。サマザーの作戦通りだったけど、脚は大丈夫か……?」

「ううん、ちょっと動かないかも。後は任せていい?」

「ああ」


 私が左肩に刺さった骨を引き抜き終えると、竜骨座が立ち上がっていた。疲弊しているようだが、その瞳は闘志を燃やしている。

 対して、私の左腕は暫く使い物にならない。空間操作などもってのほかだ。このままでは、勝てない。私はスコーディアの方向へ駆け出す。


「はっ!? オイ、待て!」

「スコーディア、一緒に来い!」


 スコーディアは私と視線を交わすと、髪の毛座から距離を取って私の側に下がってくる。

 髪の毛座はやや逡巡してから、竜骨座に駆け寄った。


「アヴィ、大丈夫?」

「なんとか。そっちは?」

「ヤバいよ、多分1人じゃ勝てない」


 天秤座わたしの能力をフルに活用する。翳した右腕の先に意識を集中させ、生み出した空間を一気に拡げる。

 出来上がったドーム状の広い空間には、天秤座わたし蠍座スコーディア竜骨座アヴィオール髪の毛座さくげつしか存在しない。


「なら、ここからが本当の勝負だな」

「さあ、ここからが本当の勝負だ」

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