英知と英雄、諦めどき始めどき

「えーと、あなたがエリナさんで……」

「うん! さん付けじゃなくて呼び捨てでいいよ? 敬語じゃなくてもいいし! あたしもサマちゃんって呼ぶから! これでもう友達だよ!」

「あ、ありがとうございます。それであなたが、セントさん……」

「『博士』をつけるのです! そもそも、教団員のくせにセントを認識していないなど生意気にも程があるのですよ! お前の脳の容量メモリーはとんだ低スペックなのです!」


 や、やかましすぎる。失礼だけど。色々悩んでむしゃくしゃして疲れた頭に、眼前の2人の声がガンガンと響く。


 ただ、どんな状況だろうと油断は出来ない。目の前の2人は恒星教団員で、僕は反乱分子だ。

 注意深く2人の様子を観察する。朱色の髪に短めのツインテールが特徴的なエリナさんは友好的で優しげな印象だ。年齢は僕と同じくらいだろうか、こちらは問題なさそうだけど……。


 問題は、明るい青緑色の髪を長いツインテールにしている10歳くらいの少女の方。どこか異様な雰囲気を纏うその少女は、こちらへの敵対心を隠そうとすらしない。

 それに、「ヘブンズウォーズ」という苗字。それは間違いなく、恒星教団の教祖と同じものだ。彼女の言動から推察するに、これは偶然の一致ではないのだろう。


「前々から夜桜荘の星座サインどもは怪しすぎるのです……錠剤を飲むだけで星座導入サインインが完了する技術をこのセントに事後承諾で開発してる時点で生意気なのです」


 僕が捕らえた強盗犯を、どこからか呼び出したドローンに回収させながら、セント・ヘブンズウォーズは僕を睨み付ける。

 錠剤を飲むだけで……これは恐らく僕のことか。幼さ故の癇癪も少し感じるけど、夜桜荘に疑念を持たれているのはまずい。

 だが裏を返すと、ここで疑いを晴らすことが出来れば、サクラさんの助けになる……。


 そこまで考えて、僕は自分がまだサクラさんの助けになろうとしていることに気が付く。

 ……そうだ。僕はあの人から蝿座の錠剤を受け取ったとき、もう答えを出していたはずだ。サクラさんを信じていたから、躊躇いもせずあの薬を飲んだんだろう?


 何が嘘で何が本当なのかをずっと考えていたけれど、僕の意思も、サクラさんの想いだって本物だ。そこに嘘偽りは存在しない。

 肌を刺すような夜の凍てつきは、いつの間にか気持ちの良い爽やかさに変わって、僕の思考をクリアにしてくれていた。


「お前、何をニヤニヤしているのです」

「いえ。何でもありませんよ、セント博士」

「おお……セントちゃん、初めて他人ひとに博士って呼んでもらえたね!」

「うるせーのです!」


 エリナさんに揶揄われて、セント博士は顔を赤く染めている。その口角は、一目瞭然で上がっている。

 ……もしやこの子、ちょろいのでは? 彼女が名乗った「研究部門長」という肩書きが事実ならば、色々と聞き出せることは多いはず。僕は持ち前の真面目さをフル活用して脳内で文章を組み立てる。


「セント博士、先程までの非礼をお詫びします。恒星教団の礎となる星座の力を宿す研究を引っ張る希望の星であるセント博士を、新参者とはいえ僕は存じ上げていなかった」

「き、希望の星……なのですか?」


 少女はデレデレしている。ちょろい。僕は博士ヨイショを続行しつつ、すかさず本題に入る。


「博士。今日の僕のように、夜桜荘は毎日教団の理想とする平和のためデブリの鎮圧に尽力しています。ただ、僕は博士の想定した正規の方法ではない錠剤で蝿座になってしまった……そのせいか、最近は力不足を感じています。何か、更なる力を得る手段はないですか? 頼りに出来るのはセント博士しかいないんです」


 ……喋ったな〜、僕。多分、今まで生きてきた中で1番長く声を出し続けていたんじゃないだろうか? その努力あってか、セント博士はうんうんと唸っている。どうやら真面目に考えてくれているようだ。これで何かしらの技術や情報を得られれば儲け物だな……人の心を利用したスパイ行動は、良心が痛むけれども。


「サマザーの気持ちはよく分かったのです。セントこそ、夜桜荘やサマザーを疑ってごめんなさいなのです」

「い、いえいえ」


 でも。セント博士は残念そうに目を逸らす。


強化案アップデートに関しては、あまり望めないのです。星座サインが今以上に強くなる方法は主に2つしかないのですよ」


 1つ。身体が星素に慣れて、次第に扱いが上手くなること。


「これは背が伸びるようなもので、とても地道で地味なものなのです……このポンコツオレンジみたいな0.013%の稀有な才能を持つ例外を除いて」


 そう言ってセント博士は隣のエリナさんをバシバシと叩いた。


「……ん? セントちゃん、あたし今バカにされた? それとも褒められた?」

「もちろん褒めたのですよ」

「そっか! やったー!」

「それで、2つ目は確率0.2%なのです」


 2つ。星座導入サインインを行った後に、その個人が元々持っていたが覚醒すること。


「このタイプは簡単に言えば能力が2つ備わるのです。教団内にも何例か確認されているのですが、ただ、完全に運ゲーなのです」

「そう、ですか」


 つまり、僕が手っ取り早く強くなる方法は存在しない。そう思っていいだろう。都合のいい何かがある可能性は低いとは考えていたけれど、どうしても少し落胆してしまう。

 そんな僕の心中を察してか、博士は慌てて喋りだす。


「でもその、サマザーがこれらのパターンに該当していなくても、お前が凡人なりに頑張れば目標を達成できることを、セントはお星様に願っておくのです」

「……セント博士、ありがとう」


 きっと彼女に言える精一杯の励ましの言葉だったのだろう。どうにか言葉を選び出したような様子から、僕はそう感じた。

 お礼を言われて恥ずかしくなったのか、セント博士は照れくさそうに僕から目を逸らした。


「別にお礼を言われるようなことはしていないのです! お前が哀れだから教えてあげただけなのですよ!」

「……珍しいじゃん、セントちゃんがこんなに早く気を許すなんて! いい子だな〜かわいいぞ〜!」

「撫でるななのです!」


 目の前のやり取りを眺めていると、何だか微笑ましい気持ちになった。1人がちょっかいをかけてもう1人が怒る、という流れが朔月くんとアヴィちゃんに似ているからだろうか。

 彼らは今頃何をしているのかな。2人とも、僕みたいに気持ちの整理がついているといいけど。


 さて、僕が強くなる方法こそ見つからなかったものの、夜桜荘への疑いを晴らせたのは収穫だろう。一仕事終えた気分になると、眠気が襲ってきて、耐えきれずに欠伸が出てしまった。


「あ、サマちゃんもう眠そう。そうだよねぇ日付変わっちゃってるし」

「じゃあ今日はもう帰るのです。セントの脳もそろそろ休みたがっているのです」


 もうそんな時間か。北風も冷たさを増しているようだ。サクラさんたち、僕のことを心配しているだろうな。

 僕は2人に軽くお礼を言って、その場で別れることにした。


「サマちゃんばいばーい! 明日も世界中のみんなの幸せを守るためにがんばろーねー!」


 間違いなく近所迷惑であろう声量で別れを告げるエリナさんに苦笑する。彼女と僕たちは方法こそ違えど目指す場所は同じはずだ。出来れば争うのは避けたいと思いながら、僕はエリナさんの想いに応えるように大きく頷いた。


の、幸せ」

「ん? セントちゃん、何か言った?」

「あ……いや、何でもないのです。エリナならきっと、ちゃんとを幸せに出来るのですよ」


    ◇


「12時55分、ライブラリとの交渉開始まで残り5分です」

「ありがとう、ヴェルト」


 私の最後の仕事が始まる。十二星座2人という圧倒的な武力を持つライブラリ。交渉とは名ばかりの脅迫の内容から、どれだけ皆を遠ざけられるだろうか。


「……サクラ、それが本当にお前の選びたい道なのか?」

「フュンゼ、自分の心に従った結果が必ずしも正しいとは限らないこと、あなたが1番よく知っているでしょう」


 パソコンの画面から目を逸らしてフュンゼを一瞥する。煙草の煙を燻らせている彼女を見るのは、室内での禁煙を言い渡して以来数年ぶりのことだった。フュンゼは煙と共に息を大きく吐いて、それから独り言を呟くように喋る。


「私は……確かに失敗した。だが、最初から諦めていた訳ではない。それに、辛いときこそ希望を探し続けるものだと、あのとき私はそうお前に言われた筈だが」

「……」


 12時56分。本来ならばこの交渉は午前6時に予定されていたようだ。だが、レーズンかヴェルトが無理やりリスケジュールを行ったらしい。先方を刺激していないといいけれど。


 12時57分。私や私の父親が進めてしまった星素の研究のせいで、数えきれない人数が命を落とすことになる。それを止めるためならば手段は選ばないし、選んでいられない。

 ……今回もいつもと同じだ。ただ少し、失うものが普段より大きいだけで。


「ふぅ、ふーっ……」


 突如、過呼吸になったヴェルトがその場にしゃがみ込む。私はそれを心配しつつも、状況確認の義務を果たす。


「ヴェルト、危険を感じる? 何が原因か特定できるかしら?」


 危険信号を発するのはこれから始まる会議の内容か、もしくは何者かによる夜桜荘に襲撃があるのか。

 後者ならば最悪だ。アヴィちゃんたちの姿が見えない今、戦えるのはフュンゼと私しかいない。額に嫌な汗が浮かぶ。今の私には、身体を上手に動かす自信が微塵もない。


「はあ、はっ、ハァッ……」

「大丈夫だよ。大丈夫」


 レーズンがヴェルトの背中を摩って落ち着かせる。ヴェルトの危険予知がここまで反応するということは、人命に関わるレベルの出来事でほぼ間違いない。

 それなのに、未だ言葉を発しないヴェルトに違和感を覚える。普段ならば、自分の身は二の次で即刻行動に移すのがヴェルトだ。

 そう思っていた矢先、彼女は口を開いた。


「時間、ですね」


「時間」という言葉に反応して、反射的にパソコンのカメラとマイクをオンにする。それと同時に画面を確認すると、時刻は未だ12時58分。ライブラリとの交渉にはまだ2分弱――。


 そのとき、画面の向こうから爆音が轟いた。ライブラリの映像と音声が入ってきている。状況を把握出来ず混乱する私に、ライブラリの主である羽場切さんが話しかけてくる。


「その様子だと、やっぱりサクラさんの差し金ではないんだね」

「何の話ですか!?」

「襲撃さ。いや、こうなるのを防ぐために開始時間を午前6時に設定したのに断られて音信不通になった時点で予想はしてたけどね」


 まさか。私は思わず声を張り上げる。


「レーズンッ、ヴェルトッ! あなたたちが仕組んだの!?」

「違うよ。私はあの子たちの希望を聞いただけ」

「彼女らは……死地に向かうとしても……上等だと、そう言っていました」


 動揺のあまり動けずにいる私の横から、レーズンがパソコンを操作する。すると、とあるヘッドセット型デバイスから転送される視覚情報の映像がスクリーンに映し出される。

 このデバイスの持ち主は。


「私は、私の友達を傷付ける奴を許さない」

「……アヴィちゃん」

「これ以上サクラを困らせてみろ。私がお前をぶん殴ってやる」

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