黄道十二星座、空間を統べる天秤座
「
鱗に覆われた強靭な腕……
「今のように私と君との間にある空間を遮断すれば、君は決して壊せない壁を殴る間抜けと化すし……」
「クソっ!」
後ろに跳んだ彼女の掌が赤と青に輝いた。星素は瞬く間に弓と矢を形成した。成る程、これが彼女の射手座の能力か。
乙女座の話からして、私でも当たれば只では済まないだろう。ましてや、ここで矢に込められた莫大な星素のエネルギーが爆発したら事だ。私は、彼女が狙いを外さぬように敢えて棒立ちになる。
「私の目の前に新しい空間を創り出せば」
真紅の矢がなかなかの速度で飛んで来る。矢は、一見すると何もない空間に吸い込まれ、そのまま消滅した。
「君のご自慢の弓矢も無意味だ」
射手座の素質を有するとはいえ、やはりまだ完成はしていないようだ。仮に彼女が
「おや、終わりかい? 私に手も足も出ないままで」
「黙れぇっ!」
無我夢中で突進してくる竜骨座。成長しきる前に叩けてよかった。弱いもの虐めは趣味ではないが……我々にも譲れない目的がある。
私は彼女との間の空間を縮めて文字通りの瞬間移動を行い、そのまま彼女の顔面に掌底を打ち込む。
防御するどころか攻撃されることすら予測していなかったであろう竜骨座は派手に吹き飛び、最初と同じように再び壁に激突すると、ぐったりと項垂れた。
さて、蝿座は既に心が折れたのか、椅子から動くことすら出来ていない。スコーディアと髪の毛座の方はどうなっただろうか?
◇
「変ですね、朔月様」
「何がかな?俺かっこよすぎちゃってる?」
「ご教示は致しませんが、妙です」
妙なのはお互い様なんだよね。蠍座のメイドさん……スコーディアさんは確かに強い。でも、十二星座はこんなものじゃないことを俺は知っている。
その上、太刀筋もセンスは感じられるけど未熟というか、付け焼き刃というか。その差を星素のスペック差でゴリ押しされている印象だ。これで姉ちゃんと同格は無理がある。
「ちょっと試させてもらうね」
「はい?」
俺は左のツインテを切り取ると刀に変換させる。前から所持していた
消耗上等でギアを上げる。予想通り、スコーディアさんは俺の刀を捌ききれなくなっていく。
「刀の素材は玉鋼ではなく、毛髪でしたか」
「当たり! 俺は髪の毛座だからね」
刀で受けざるを得ない首への
「んで、スコーディアさん達は何がしたい訳?」
「髪が白くて私は痛い人の服です、ご主人様」
「はい?」
何かを呟きながら彼女はゆらりと起き上がると、刀を構えて星素を込めた。
「白い人が私に意地悪するの!」
「なんっ……!?」
さっきまでとは別人のように速い!そのまま刀を振るう目の前の女性。俺の両の刀は、一刀で切断された。
「先程までは貴方の刀の素材を玉鋼だと考えていたので私の毒で斬れませんでした。髪の毛と分かれば、毒の生成方法を、変更し……」
そこまで言って、スコーディアさんはばたりと倒れ込んだ。
「え、何――」
何が起きたか理解する暇もなく、頭部に強い衝撃を受けた。この感じは、まずい。
「スコーディアをここまで追い込んだか。流石は剣川満月の弟、想定が甘かったようだ」
「て、天秤座……」
揺らぐ視界を元通りに出来ないまま、俺は意識を失った。
◇
「終わったようだよ、サクラさん。君たちの負けだ」
朔月くんが天秤座の人に運ばれてきて、彼が数分前まで座っていた椅子に降ろされた。意識はないようだ。アヴィちゃんも同様、意識のないまま椅子に座らされている。2人とも、十二星座相手に単身で、ボロボロになるまで戦って。
僕はその間、何も出来なかった。いや、それでも何かすべきだったのに、何もしなかった。
「ライブラリの目的は君たちと同じ、恒星教団を打倒しての世界平和だ。ただ、やり方が少し違う」
マイクの向こうのサクラさんは何も言わない。
「君はなるべく犠牲が出ないようにしたいけど、僕たちはそれでは間に合わないことを知っている」
君も薄々勘付いている筈だ。羽場切さんはそう言いながら、僕に……いや、サクラさんと話すために近付いてきた。
「ライブラリが夜桜荘の人・物・金……リソースを十全に使えれば、最悪の事態は避けられる。頼む、サクラさん。僕に協力してほしい」
「……羽場切さん、私たち夜桜荘は――」
僕はインカムを外すと右手で握り潰した。
そのまま拳を固く握って目の前の顔を思い切り殴る。拳は彼には届かずに、その前の空間でひしゃげた。
僕は、サクラさんが何を選択するのか、理解してしまった。
「すまない、翔。インカムは間に合わなかった」
「いや、いいんだ。ストライブ、ありがとう」
ぐちゃぐちゃになった指や、折れた骨が飛び出た右肘を暫くぼんやりと眺めていると、背後で扉が開く音がした。
「サマちゃんっ……!」
駆け込んできたサクラさんが僕の右手を見て、息を呑む。
「サマちゃん、この手は私の
「ライブラリの傘下に降ったらッ!!」
左手でサクラさんの襟元を掴む。自分でも驚く程の声量が出る。
「そうしたら、僕は……サクラさんを、許しませんからっ……!」
痛い。涙が止まらない。怒り、悲しみ、憎しみ、失望、絶望、無力感、諦観、全てない混ぜになって。
「……羽場切さん、ごめんなさい。今すぐに答えは出せないわ。今日は持ち帰らせていただきます」
羽場切さんは残念そうに肩を竦めて、ぽりぽりと頭を掻く。
「まあ、この子がこれじゃそうなるか。ストライブ、4人を夜桜荘まで送ってあげて」
「……ああ、そうしよう」
「ではご機嫌よう。良い答えを待ってるよ」
天秤座が手を上げると、周囲の空間が歪んでいく。
僕はそれ以上何も目に入れたくなくて、ずっと下を向いていた。
◇
「全員招集しました。いつでも開始可能です」
「ありがとう、ヴェルト。昨日は1人にしてごめんなさいね」
「いえ、サマザーさんは一刻も早い処置が必要でしたでしょうから」
私は会議室に向かって歩き出す。
サマちゃんの手術は無事に終わっていた。
アヴィちゃんもさっくんも、怪我自体は大したものではなかった。特にアヴィちゃんは、意識を取り戻す頃には既に完治していた……問題なのは身体ではなく、精神だけど。
夜桜荘から3名を交渉人として送るようにライブラリに要求されたのは、こちらが有する最大戦力に実力の差を知らしめて、従属を促すためだったのだろう。そして、私が付近で待機することも想定されていた。あの場で私が彼らの脅迫とも言える提案に同意して、夜桜荘をライブラリの支配下に置けるように。
「ライブラリの傘下に降ったらッ!! そうしたら、僕は……サクラさんを、許しませんからっ……!」
頭の中でサマちゃんの言葉が響く。結局、私はあの時に答えを出さなかった。既に、決まっているのに。
「僕、昔からヒーローに憧れてて……あんな風に目の前の誰かを助けることが出来たらなってずっと思ってたんです。だから、ありがとうございます」
私がサマちゃんを私の身勝手な戦いに巻き込んだ次の日、彼女に言われた言葉を思い出す。
「それにサクラさんも……きっと、正しいことをしてると思います」
私は自嘲する。そんなことは思ってもないくせに、嬉しくなって、この言葉を否定しなかった。
正しく見せたかった。優しいふりをしたかった。あの子たちに嫌われたくなかった。全部やめよう。こんな馬鹿みたいなこと。
私は足を止めて、深呼吸をする。心臓の鼓動を少しだけ落ち着けてから、ドアを開く。会議室には、夜桜荘にいる星座入り全員と、その他数人の重要人物を集めていた。
「みんな、集まってくれてありがとう。今日は……夜桜荘の運営に関する、重要事項を伝えたくて、ここに招集しました」
重苦しい雰囲気が室内を包んでいる。冬の雨の音だけが、部屋の中で木霊していた。
「まず、夜桜荘は、黄道十二星座が2人所属している運び屋である『ライブラリ』の傘下となります」
「オイ、ふざけるなっ……!」
「いいよ。黙って聞こう、アヴィちゃん」
叫んだのはアヴィちゃん。それを制したのはサマちゃんだった。私は、何も聞こえなかったかのように話の続きをする。
「ライブラリ所属の天秤座のディグスノア=ストライブが恒星教団内の反乱分子であることは、剣川朔月くんの姉である乙女座の剣川満月さん他、複数の情報を総合した結果、ほぼ確実だと思われます」
さっくんは頬杖をついて、目を瞑っていた。私は、天秤座が私たち4人を夜桜荘に送り届けた後、彼女が私に明かした情報を付け加える。
「さらに――天秤座は『誰かは言えないが、十二星座の中にもう1人協力者がいる』と明かしました」
これで反教団派の十二星座は
「私は頭数に入れないんだな、あっけなく負けたからか」
「……違います」
アヴィちゃんがぶっきらぼうに言う。心臓の鼓動がより一層強くなる。決意とは裏腹に溜め息が漏れ出す。私は、努めて平坦に返答する。
「アヴィ、サマザー、朔月の3名は……私が今から話す内容を聞いてから、この先も戦うかどうか判断してもらいます」
アヴィちゃんが怪訝な顔を浮かべる。サマちゃんもちらりとこちらの様子を伺った。さっくんは相変わらず頬杖をついて、部屋の隅を見つめている。
怖い。言いたくない。嫌われたくない。目尻に涙が溜まる。
これは罰だ。信念を求めておいて、それを折り曲げたエゴイストの私への罰。
いや、どうだろうか?楽になりたいだけなのかもしれない。いずれにせよ私は、何処までも自己中心的で、性根の腐った畜生だ。それが、穢らわしい真実を吐き出す。
「私はこれまで、あなたたち3人のことを、洗脳して戦わせていました」
「サクラ!? 違うっ……違うでしょ!」
真っ先に反応したのは、私を庇い立てようとするレーズンだった。
「
「発動方法は相手の両手を握ること。私の周囲の星素が反応して、相手の心を捻じ曲げられる」
私はレーズンを無視して説明を続ける。心は重くなっているのか、軽くなっているのか。くらくらと目眩がするので、会議室の大きめなテーブルの上に両手を置いて、身体を支えざるを得なくなる。
「相手の背中を押すくらいしか出来ないでしょ!?」
「私は崖の上から3人の背中を押したの!!」
この期に及んでまだ私を守ってくれる人がいることに救われて、そしてそんな醜い感情がある自責の念に駆られて、耐えきれずに叫ぶ。それと同時に、色々なものが抱えきれなくなる。テーブルの上に突っ伏すと、袖が濡れた。顔を上げられない。微かに、会議室のドアが開き、そして閉じる音が聞こえた。
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