第二章

星の運び屋、ライブラリ

「えっ、記憶が戻ったの?」


 リビングにて、僕はアヴィちゃんの突然の告白に驚きつつ、新しいウエハースの袋を開封した。


「んん、ちょっとだけな……サマザー、これもハズレだ」


 アヴィちゃんからウエハース付属特典のカードを受け取り、また少しだけ重くなるお腹と心。


「前に学校の横を通ったろ? その時に弓道について聞いたけど、そこから思い出したんだ」

「アヴィは弓道部だったんだってさ……ねえサマちゃん、これってど〜しても食わなきゃいけない?」


 なるほど、だから朔月くんが乙女座にやられかけた時に弓矢という選択肢を選んだのか……。それにしても、あれは物凄い威力だった。それまで全く歯が立たなかった乙女座に傷を付けた。

 僕はウエハースを齧りながら、少しだけ悲しい気持ちになる。

 最初はアヴィちゃんと僕、2人で一緒に特訓してたのにな。置き去りにされた感覚と、申し訳ない気持ち。


「サマちゃ〜ん? 聞いてる?」

「黙って食べろよ、サマザーの作戦のお陰で私たちは助かったんだから恩返ししろ」

「アヴィとサマちゃん合わせた数より多く食べてるの俺は!」


 頑張ればいつかは世界は平和になる。そう心の中で思っていた。「いつか」が遥か遠くなのは覚悟していたけれど、最近の僕は、「いつか」が本当に来るのかさえ懐疑的になっていた。

 理由の1つは、乙女座との強さの差。想像を遥かに超えていた。今回はたまたま朔月くんのお姉さん、満月さんだったから助かっただけだ。あの人と同等の能力を持った人が他に11人存在し……無論、それ以外の星座に確実に勝てるなんて道理もない。


「てか俺の姉ちゃんだから助かったんだよ?俺が1番の功労者じゃん?」

「ハァ? 私が射らなかったらお前もあそこで即死だったろ?お前が最下位だよ」

「あ〜そうだったそうだった! アヴィが俺にどうしても死んでほしくなくて泣きながら弓矢を射ってくれたんだったっけ! ごめんごめん!」

「おまっ、泣いてないし! ぶっ殺すぞ!」


 理由のもう1つは、星素を利用した武器で武装した集団「デブリ」の増加だ。倒して保護して、場合によっては逮捕して。それなのに減るどころか増えている。

 再犯率も増加傾向だけど、最大の懸念は武装の質の著しい向上だ。僕は彼らに対して、段々と手加減出来る余裕がなくなっている。この前、僕の不意を突いて顔面をナイフで切り裂いてきた人がいたけれど、彼は焦った僕が反射的に繰り出した拳をまともに受け、今も目覚めていない。


「……あ」


 ふと我に帰ると、自分がキラキラと光るカードを握っていることに気が付いた。


「これ――」

「サマザー! これだろ最後の1枚のレアカード! 私当てたぞ!」

「ウエハース俺に食わせたけどね」


 私にカードを手渡してニコニコと笑うアヴィちゃんと、それを見て満足そうな朔月くん。

 よく見ると、先程から私が握っていた方のカードは、10分くらい前に朔月くんが引き当てた既出のものだった。


「ありがとう、2人とも」

「いいって。私たちがサマザーの役に立ちたかっただけだし」

「うん、嬉しいよ……凄く」


 受け取ったカードに対して大袈裟にキスをして2人を笑わせた後、ゴミを捨てて自室へと戻った。

 整頓された机の上に、ウエハースのカードを無造作に放る。


「だめだなあ、僕……」


 明かりのない室内でベッドの布団に包まる。机上に目をやっても、どれが光っていたものなのか、今の僕には分からなかった。


    ◇


 翌日、僕ら3人はサクラさんに呼び出された。重要な案件だと聞いて緊張しながら彼女のオフィスに出向いたが、サクラさんは特に改まった様子もなく僕らを迎え入れた。


「3人とも、来てくれてありがとう。最近はデブリ対処も大変なのに、ごめんなさいね」

「気にするなって。余裕だよあんなの」

「そうそう」


 僕は、ただ黙って立っていた。すると、アヴィちゃんが僕の方をちらりと見て言った。


「ああ、でもサマザーは大変かもな」

「は……?」

「サマザーはずっと相手に怪我させないようにしてるんだよ。優しすぎるって」


 ……僕は今、どんな顔でアヴィちゃんを見ていたのだろうか。みんな自然に会話してるってことは、僕の醜い部分は見えていなかったのか?

 何にせよ、僕は今、全く見当違いの怒りをアヴィちゃんに感じていた。ほんの一瞬でも、その事実は消えない。


「俺みたいに普通に斬っちゃえばいいのに」

「それサクラが悲しむこと考えてないだろ、この殺し屋」

「そうだよ?俺プロの殺し屋だからどこまでなら相手が死なないか分かってるんだよ、プロだから――」

「2回も言うなウザい」


 サクラさんは苦笑しつつ手をポンと叩き、僕らに本題に入ることを伝えた。


「最近のデブリが強力になっているのには理由があって……それが『運び屋』の存在なの」

「運び屋?」


 サクラさん曰く、デブリに対して星素強化銃やその銃弾、果てはパワードスーツなんて代物を輸送している勢力があるとか。


「そして近頃、どんな妨害があろうと確実に荷物を届ける運び屋が現れたの」

「まさか! このご時世そんなのいるわけないよ。しかも武器でしょ? デブリ同士で奪い合うに決まってる」

「さっくん、それが存在してるから困ってるのよ」


 その運び屋に対しては、フュンゼさんの狙撃も意味を為さない――というか、そもそも狙ったポイントに現れないらしい。


「それは、星空区全域を知り尽くしているとか、何かの星座能力者とか、ってことですか?」

「どうかしらね……とにかく、3人にはその運び屋に出向いて、夜桜荘の代表として交渉してきてほしいの」

「僕たちが?」


 それは正直言って、かなり不安だ。交渉なんて経験がないし、相手は得体の知れない営利企業だ。どうして僕たちを遣わせるんだろうか。


「私たち3人ってことは、サクラは来ないのか?」

「別行動するけど、その近くにいるわ。インカムで指示も出す。私も直接行きたいのは勿論なのだけど……その場で襲撃された場合の生存率を考えた時、近接戦闘能力が高いあなたたちがベストなの」


「俺たちは夜桜荘トップ3だからね」とはしゃぐ朔月くんと自慢気に同意するアヴィちゃんを見て、僕も少し笑顔になる。サクラさんに僕は頼られている。期待には応えたい。


「サクラさん、分かりました。交渉は、僕らの年齢で考えると僕が重立って行うことになると思います」

「ええ、お願いするわ。それじゃあ運び屋の場所と交渉日時だけど――」


    ◇


 それから数日が経ち、サマザー、アヴィちゃん、朔月くんで件の運び屋である「ライブラリ」へと赴く時が来た。

 場所は夜桜荘ではなくてその隣の地域で、建物の見た目は大豪邸といった感じらしい。


 夜桜荘の治安は――僕自身は引っ越してきた初日に暴漢に襲われはしたものの――かなり良い方だ。裏を返せば、他はより悪い。出来る限り安全な時間に事を済ませられるよう、僕らは早朝に出発した。


 体力と星素を温存するために公共交通機関を使い、目的地へと向かう。アヴィちゃんと朔月くんは見慣れない景色を楽しんでいたが、僕は来たる交渉の場面を何度も何度も頭の中でシミュレートしていた。

 ライブラリに到着したのは、お昼少し前だった。


「うお、でっか……」

「本当にお屋敷って感じだな」


 朔月くんとアヴィちゃんが感嘆の声を上げる。緊張で声が出なかったけれど、僕も全く同じ感想だった。


「よし、じゃあ……行くよ」


 そう声に出して、決意を固める。まず、インターホンを鳴らして――。


「おや、来たね。待っていたよ、夜桜荘の皆さん」


 鳴らす前に、ドアが開いて、歓迎された。

 そこに立っていたのは、左目にモノクルをつけ、白衣を纏った、茶髪の青年だった。


「僕はライブラリの主人である羽場切はばきりしょう。長く電車に揺られて疲れてるでしょ? 客間は暖かくしてるから、入って入って」

「え、お、お邪魔させていただきます……」


 急かされるまま、促されるままに屋敷の中へと入る。


「……まだ私たち名乗ってすらないよな」

「うーん。まあアポはサクラが取ってるから俺たちを知っててもおかしくはない、のかな?」


 僕の後ろでひそひそと話す2人。僕も違和感を拭えずにいたが、これから行うのは商談。相手のペースに呑まれるのは、良い状況とは言えないだろう。僕は動揺を表に出さないように心がけた。


「さあ3人とも、座って座って」


 しばらく廊下を歩いて突き当たった部屋に、僕たちは通された。目につくカーペットやカーテンはどれも高価そうなもので、少し落ち着かない。


「失礼します」

「し、失礼します」


 僕に倣ってアヴィちゃん達が椅子に座る。それと同時に、部屋の奥の扉が開き、紫色の髪を長いポニーテールにした女性が入室してきた。


「失礼いたします。初めまして、夜桜荘の皆様。私は翔様の従者であるスコーディアで御座います」


 そう言いながら女性はお辞儀をする。気品溢れるその動作には、華麗さすら覚える。スコーディアさんに対して、こちらも頭を下げる。


「すげえ……本物のメイドさんだ! 可愛い……!」

「朔月、真面目にやらないと殴るぞ」

「本日はようこそお越しくださいました。宜しければ、こちらをお召し上がりください」


 スコーディアさんはお盆の上からテーブルの上へと、何かを移動させていく。朔月くんの前にはお饅頭と湯気の立つ緑茶が、アヴィちゃんの前には幾つかのカルパスと氷が入ったグラスに注がれたコーラが配膳された。


「え……あれ?」

「な、何でだ?」


 これは……僕らは再び動揺する。そんな僕らを他所に、テーブルの反対側の椅子に腰掛けた羽場切さんが口を開く。


「君たちの好物、すぐ用意出来るものでよかったよ。僕とサマザーさんが商談している間、2人は暇だろうと思ってね」


 流石に変だ。2人は自分が好きな食べ物なんて一切話していない。そして更に奇妙なのは、置かれた品物が実際にアヴィちゃんと朔月くんの好物だということ。

 おずおずとカルパスに手を伸ばすアヴィちゃん。朔月くんはこれではむしろ警戒を解けないといった様子で辺りを観察しながら、羽場切さんの従者に尋ねる。


「あれ、スコーディアさん? サマちゃんにはお茶とかないの? いや、図々しいんだけどさ」

「はい。ご主人様からはこれしか指示されておりません」

「サマザーさんは僕との商談に集中したいかなって。トイレも近くなるから飲み物は控えたいよね」


 ……正解だ。僕の脳内の答えと一致している。羽場切さんは喋ることを止めない。


「温かい紅茶を出されたとして、商談中に飲むのはどうなのか? うっかり溢したら? お話が終わった後に冷めた紅茶を一気に飲み干すのもそれはそれで憚られる……そもそも毒とか入ってたりして? とにかく、君は沢山のことを気にしている。違うかな?」

「……いえ、合ってます」

「それは良かった。あ、そっちのコーラと緑茶にも毒とかは入ってないから安心してね」


 じゃあ、商談を始めようか。

 そう言った羽場切さんに操られるように、僕は鞄から資料を出す。出そうとして、掴み損ねて、床に落とす。手の震えが止まらなかった。

 大丈夫、大丈夫だ。サクラさんもサポートしてくれる。サクラさんが僕に任せてくれたんだ。絶対に上手くやってみせる。


    ◇


「……な、なので、夜桜荘は星素強化銃とその弾薬を、現在の価格の15%増しで全て買い取ります」

「うん」

「そして、あの、夜桜荘地域の配達もライブラリ様にご担当いただきたく考えており」

「うん」

「そうなれば、現在よりも安定した基盤を、えー、双方が手に入れることが可能です……いかがでしょうか?」


 ……よし、終わった。とりあえず、要件は話し終わった。頭が真っ白のまま、何分間喋っていたのか。あまり今のことを思い出せない。目を閉じて、浅くなっていた呼吸を少しずつ通常の状態へ近付けながら、恐る恐る羽場切さんに視線を戻す。


「説明ありがとう、

「え――」

「ライブラリは今の長々とした無駄な提案を全て却下する」


 アヴィちゃんが、僕の横で立ち上がる音がした。座っていた椅子の倒れる音も。


「お前っ、サマザーを馬鹿にしてるのか!?」

「そして、ライブラリは夜桜荘に要求する。我々の傘下になってほしい」

「ふざけるのもいい加減に――」


 交渉決裂だね。その言葉が聞こえた瞬間に、アヴィちゃんが何かに吹き飛ばされる。テーブルの上にあった皿とグラスが砕け散り、アヴィちゃんは背後の壁に背中を強打する。


「がっ……!」


 突如、何もなかったはずの空間から着物の女性が現れた。倒れ込んだアヴィちゃんを、何も言わずに見下ろしている。


「アヴィっ!!」


 アヴィちゃんの元に駆けつけようとする朔月くんの前にも、どこからともなく人影が現れて妨害する。


「……メイドさん、俺の邪魔しないでもらえる?」

「いいえ。ご主人様の命ですから」


「ハァッ、何なんだよ、お前は……!」

「ああ、想定より随分弱いと思ってね。いや、今のは所属と名前を明かせ、という意味か」


 1人は、紫髪のポニーテールを揺らしながら名乗る。

 もう1人は、天色の髪を弄りながら答える。


「私は恒星教団幹部『黄道十二星座・蠍座』、フィルポイス=スコーディア」

「私は恒星教団幹部『黄道十二星座・天秤座』、ディグスノア=ストライブ」

「聞こえてるかな、サクラさん。かなり絶望的な戦力差だと思うけど……僕らに従ってくれるかい?」

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