お散歩しましょう、夜桜荘にて

 髪の毛座、剣川朔月との戦いからおよそ1ヶ月が過ぎた。

 僕は、無力なことに途中で四肢を切断されて……そのまま意識を失った。その後はアヴィちゃんが単身であの少年を倒したらしい。

 そして、その剣川朔月は……。


「あー無理だ俺! アヴィ頑張れ!」

「うわ〜死んだ! 相手強っ! ズルだろこれ!」


 夜桜荘うちにいた。アヴィちゃんと凄く仲良くなっている。


    ◇


 1ヶ月前……彼を倒した後、教団にアヴィちゃんのことが知られてはまずいからと、夜桜荘に軟禁することとなった。

 朔月くんの位置情報は、彼のお姉さんがこまめにチェックしているらしい。教団幹部の彼女に疑念を持たれると危険なので、彼には僕らの監視下で最低限の連絡のみを行わせた。

 彼の側には必ずアヴィちゃんか僕かフュンゼさんが着いて、星座の能力を使われないように髪の毛をこまめに散髪した。髪は能力の影響か、異常に早く伸びる。その上で、足首を錠で固定した。

 ちょっと可哀想だけど、僕たちの命がかかっている。背に腹は代えられない。

 そして、彼の軟禁生活が始まった。


「ねえ、お腹すいたんだけど〜! カップ麺食べたい! 辛いやつ!」

「お前自分の立場分かってるのか? 土下座して頼め」

「辛いカップ麺食べたいです! お願いします!」

「よし。用意してやるから着いてこい、元キモロン毛……犬の真似しながらな」

「ワン!」


 ……この子、結構図太いな。まあ、楽しそうだからいいや。

 アヴィちゃんもアヴィちゃんで、散々やられた仕返しをしているらしい。むしろ仲良く見えるけども。

 僕はまだ朔月くんが少し怖くて、見張りをしつつも距離を置き続けた。


「サマザーさん、そんなに俺が怖いの?」


 軟禁初日に彼に言われた言葉。

 彼はいつでも明るく振る舞っているけれど、時々、全てを見透かしているかのように笑う。

 冷酷に、残酷に、人間を殺す。

 それが剣川朔月の本性だと、僕の心の奥底は警鐘を鳴らし続けていた。


 それから、2週間ほど経った頃だろうか?見張りの交代のためアヴィちゃんの部屋に行った時のことだ。僕は部屋のドアをノックした。


「アヴィちゃん、そろそろ見張り交代するよ」

「えっ、もう……!? ちょ、ちょっと待って!」


 部屋からドタバタと慌ただしい音がする。何をしているんだろう、大丈夫かな……? 1分近く経ってからようやく出てきたアヴィちゃんと朔月くんは、息を切らしていた。


「な、何してたの……?」

「いや、アヴィが足――」

「おいバカ!言うなよ!」

「あ、ごめん」


 よく見ると2人とも同じゲーム機を持っている。画面に映ってるゲームも同じだし、これ一緒にゲームしてたな……?


「ア、アヴィちゃん?ちゃんと見張りしないと危ないよ?」

「ごめん、サマザーもサクラもこのゲーム一緒にやってくれないから、つい」

「いやサマちゃん、俺がアヴィにゲームしたいってわがまま言ったせいだから、怒らないであげて」

「サマちゃ……いや、うん、分かった。暴れたり逃げたりしないなら僕も許すけど、一応サクラさんには報告するからね?」


 確かに、僕はあまり据え置きのゲームはやらないし、サクラさんがゲームやってるのも見たことない。フュンゼさんは……考えるまでもないだろう。

 だから、記憶がないアヴィちゃんにとっては、初めての歳が近くて一緒に遊べる友達が朔月くんなのかもしれない。そう考えると、あまり責める気持ちも起こらない。


「まあ、とりあえず交代するよ。朔月くん、僕と来て」

「あっ、サマザー、これ朔月の足錠」

「足錠つけてないの!?」


 ……という顛末をサクラさんに報告した。

 サクラさんはにこにこ笑って、「いいことじゃない?」と答えた。この人らには緊張感というものがないのか!?


「心配しないで、無策じゃないし……いざとなったら非情な決断をする覚悟もあるわ」


 最終試験、それを2週間後に行うから。


    ◇


 それで、その『最終試験』とやらの日がやって来たんだけど……。


「ヤバい、先生やられちゃったよ!?」

「味方を洗脳して戦わせるとか卑怯だろ!」


 僕らは3人で、僕の好きなヒーロー番組を見ていた。

 ……最終試験って、いつ何が始まるんだろう?もう始まっているのか?全く集中できない。今週の回は見直すこと確定だ。気付けば次回予告が流れ、番組が終わっていた。

 はしゃいでた2人のテンションがひと段落し、朔月くんが口を開いた。


「そういや、今日って俺の最終試験だっけ?」

「あー、そうだったな。じゃあ今日がお前の命日じゃん」


 どうやら朔月くんもアヴィちゃんも試験について知っていたらしい。当人より僕の方が緊張しているのは何でだろうか。


「いやいや、君らに俺は殺せないよ?教団にバレたら終わりだから。試験とやらが落第でもせいぜい今の生活が続くだけでしょ」

「ウザい犬の介護が終わると思ったのに残念だな」

「またまたぁ〜! 俺がいないと寂しいくせに!」

「キモっ! 死ね!」


 確かにそうだ。朔月くんを逃しても……殺しても、彼のお姉さんや教団はいずれ彼から僕たちに辿り着く。それに、位置情報がバレている以上、彼をここに軟禁し続けてもいつかは同じ結果になるだろう。サクラさんは、何を試すつもりなんだろうか?

 考えても答えが出ないうちに、サクラさんがやって来た。後ろに2人の女性が同行している。初めて見る顔だ。


「いよぅ少年、今日もイケメンだな〜よしよしなでなで!」

「……触るな」

「ヒドーイ! サクラぁ、さっくんが反抗期だよぅ」

「あ、あの、早く試験を始めた方が」

「その前に、アヴィちゃんとサマちゃんは2人と初対面だから自己紹介してね」


 サクラさんがそう言うや否や、薄緑色の髪のパンクな格好をした女性が前に元気よく出てくる。うわぁ…多分苦手なタイプだな……。


「レーズンです!イェイ!能力ナシのパンピーで、サクラのご学友でーす!」

「昔はお淑やかだったんだけどねえ……」


 サクラさんは所謂お嬢様学校に通っていたって本人から聞いてたけど、この人はどうしてこうなっちゃったんだろう……? しかし、背景を想像する暇もなく、もう1人の方も自己紹介を始め出した。


「あの、ヴェルトヴィーク・グレイテストコードです。長いのでヴェルトと呼んでください。あの、スケジュール2、3分押してます。皆さん急いでください」


 これまた一緒にいると疲れそうな人だな、という感想と同時に、何か引っかかる感覚。


「あの、兎座です」

「あ、そうか。あー、すみません……」


 そう、朔月くんが戦った時に言っていた、夜桜荘に所属する星座の人だ。オドオドしている態度とは裏腹に、時間に異様に厳しい。なんだかちぐはぐな性格だな……。


「ヴェルト、今日はスケジュール管理はいいから、チェックだけお願いするわね」

「あ……はい、サクラさん、了承しました……。皆さん……失礼、いたしました……。私……昔から、焦ると……あの、こんな感じに、なっちゃって……あの、本当に……ごめんなさい……」


 極端だな……倍速か0.5倍速でしか喋れないみたいだ、という言葉を頭の中だけで留めておく。


「なんか、倍速か0.5倍速でしか喋れないみたいだな」

「アヴィ、流石に失礼だよ……」


 言っちゃった……。分かりやすくシュンと落ち込んだヴェルトさんは、そそくさとサクラさんの後ろに下がった。レーズンさんが頭を撫でて慰めている。


「じゃあそろそろ試験を始めるけど、最後に……さっくん」

「何?サクラさん」


 サクラさんは朔月くんの手を、彼女の両の手で優しく包み込んで、こう言った。


「あなたが何を選んでも、私たちは何も言わない。でも、これだけは約束して?あなたが、あなた自身が行きたい方を選んで」


 朔月くんは、暫くサクラさんを見つめていたが、やがて、こくりと頷いた。それを見て、サクラさんは満足そうに微笑む。


「では、最終試験を始めます……アヴィちゃん、サマちゃん、さっくん、私とお散歩しましょう」

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