剣川朔月、繊なる月
「急に散歩するぞって言われてもな〜……」
「この散歩が俺の最終試験ってことだよね?」
「そういうこと。予算は無限だから好きな物を買っていいわよ?」
「そう言われてもむしろ使い辛いですよ……」
私たちは朔月の『最終試験』で星空区の中でサクラが管轄している地域である夜桜荘を散歩することになっていた。
正直、何を試す試験で何をすればいいのか私にはさっぱり分からないんだけど、朔月は検討ついてるんだろうか?
「う〜ん……じゃあ服でも買おうかな」
「いいわね、私が似合う服を選んであげるわよ?」
「いや俺に似合う服は俺が1番分かってるから」
「エッ……」
お金を出してくれるサクラを一蹴するバカ男。こいつ、下手したら自分の命に影響する言動かもしれないのによくそんなこと言えるな。
しょんぼりするサクラをサマザーがフォローしている間に、朔月はどんどん先へ進んでいく。
「俺、ちょうど冬服が欲しかったんだよね〜」
「着る機会は一生ないかもだけどな」
今の季節はそろそろ冬本番といったところ。確かに最近は朝も夜も足先が冷えがちだ。私も便乗してあったかいパジャマでも買おうかな。
暫くしてアパレルショップに到着した私たち。いざ目の前に立つとなかなか入りにくく感じる……が、朔月は颯爽と入店していった。サマザーとサクラにも置いていかれかけた私は、慌てて後に続く。
「なに買おっかな〜?アヴィ、これどう思う?」
「あー……良いんじゃないか?」
「え〜そうかなあ? 絶対ないよこれは」
「お前、私をバカにしてるな?」
私は記憶喪失だけど、多分絶対こういうお店でちゃんと考えて服を買ったことはなかったんだろうな。私の本能が全身で自分が場違いだと悲鳴を上げている。サマザーも同じ気持ちを感じているようで、普段より一回り小さく見える程に縮こまっていた。
そんな時、朔月が黒いロングスカートを手に持ちながらこちらへ向かってくると、喜びの声を上げた。
「ねえこれ探してたやつだ!絶対似合うと思ってさ!」
「え、わ、私にってコト……!?」
「は?俺に」
「お前ぶち殺すぞ」
何で私は一瞬この変態に期待したんだろうか。
そういえば、これは軟禁中に知ったことだが、こいつは自分のことを世界で1番かっこよくてかわいいと感じているナルシシストなんだった。
この前こいつの女装癖を知ったときはドン引きしたが、いざ実際にその姿を見てみると悔しいくらいにかわいい。メイクも自分でするらしい。
「これに何を合わせよっかな〜! まあ俺なら何でも似合うだろうけど……」
この変態曰く、「自分がその日で最もしたい格好をすることで、俺は最高にかっこかわいくなる」んだとか。外見が100点でもこの気持ち悪さでマイナス100万点したい。
そろそろこいつを放っておいてサクラたちの方へ行こうか迷っていると、目の前にずいっとハンガーが差し出された。
「アヴィ、これ絶対似合うから着てみて!」
朔月から受け取った服を見てみると……それは赤と青のメイド服だった。
「……これお前の趣味だろ、変態」
「いやっ、それは……それもあるけど、絶対似合うから! 俺が言うんだから間違いないって!」
コスプレ用の安いやつじゃなくてちゃんとしたのだから大丈夫! と叫びながら、奴は私を試着室に押し込んだ。
星素が人体に影響を与えはじめてから時が経ち、人々の髪や瞳の色は昔より格段にカラフルになったらしい。それに伴って服装もより多種多様なものになったとかなんとか。私の髪は特に鮮やかな青だし、赤いツノも生えてるけど、流石にコレは……恥ずかしい。
いや、素直に着るのがそもそも間違いなんじゃないか?性悪の朔月のことだ。私を笑いものにする算段かもしれない。
「どう?着れた?」
「……着た、笑ったら殺す」
脳内で右ストレートを奴の顔面に叩き込むシーンをイメージしながら、試着室のカーテンを勢いよく開けた。
「ああ、やっぱり最高だ……アヴィ、最高にかわいいよ」
「は、はあ……!?」
「うわ、めっちゃ良い、最高だな……俺のセンス」
今日も幾度も耳にした、いつも通りの自画自賛が始まる。この1ヶ月間、何回聞いただろうか。
でも、今は、何故か朔月の顔を見れなかった。
「ふふ、アヴィちゃん、よく似合ってるわよ」
「サ、サクラ……ありがとう」
別行動をしてたサクラたちも合流してきた。私は朔月から逃げるようにサクラに視線を向けた。
「流石に派手すぎませんか……?」
「そう?私はサマちゃんもああいうの似合うと思うけど」
「断固として着ませんッ!」
その後のことはよく覚えていない。気付けば、私は朔月が選んだメイド服を持って退店していた。
「いや〜いい買い物したなあ」
「サクラさん、僕は絶対に着ませんからね」
「サマちゃんは着てくれるでしょ?私のお金で買ったのに無碍にするなんてしないわよね」
「か、勘弁してください……」
時刻は夕方となっていた。星素灯が点灯するまでの間、街は少しの間暗くなる。
「あ、サマちゃんの通ってる学校が見えるわね。明日はこのフリフリスカートで登校してね?」
「舌噛み切って死にます」
「うそうそ、着たいときに私だけに見せて?」
学校か……。私も学校に通っていてもおかしくない年頃だと思うと、ちょっとだけ気になる。それとなく朔月に聞いてみる。
「なあ朔月、学校ってどんな感じなんだ?」
「学校? うーん、俺も普通じゃないからなあ。サマちゃんの方が詳しいんじゃない?」
「そうだね、説明するとなると難しいけど……主に勉強とか、あとは部活動とかを楽しむ場所かな」
勉強はそんなに好きじゃないけど、部活動は気になる。私は自分の置かれている状況もあり、他人と交流する機会が少ない。
「部活動って学校の他の人と遊ぶみたいなやつだろ? どんなのがあるんだ?」
「うーん、遊ぶっていうか、真面目に遊ぶみたいな……僕は前の学校では陸上部っていう走る部活に入ってたよ」
「へえ、面白そうだな。他にはどんなのがあるんだ?」
「楽器を演奏する吹奏楽部とか、文化祭で舞台上で演劇する演劇部とか……後は、弓道部とか?」
キュードー? 聞き慣れない単語が出てきた。一体何をする部活なんだろう。
「それって――」
「さっくん、レーズンとは仲良く出来た?」
「……俺あの人嫌い」
「えっ、そうなの? 結構優しそうな人だなって僕は思ったけど」
私も驚いた。聞き間違いか? 漫画雑誌で毎回グラビアばかり繰り返し見てる朔月が綺麗な女の人を嫌いなんてことあるんだ。
「私も面識なかったけど、レーズンってそんなに悪い奴には見えなかったけどな」
「……明るいことばかり語るんだよ」
未来なんてないのに。
朔月はそう呟いた。
◇
俺が3歳の頃。両親が死んだ。殺された。生活が立ち行かなくなった浮浪者が、幸せな家族を壊すことで社会に復讐しようとしたらしい。
俺はまだ小さくて、死ぬということがよく分からなかった。でも、いつも笑ってて優しかったお姉ちゃんが、両親が殺されてからずっと泣いていて、それが悲しくて俺も泣いていた。
身寄りがいなかった俺たちは、恒星教団が運営する孤児院で暮らすことになった。
お姉ちゃんは優しいけれど、裏を返せばそれは気弱で引っ込み思案で、いじめのターゲットになるまでにそう長くはかからなかった。
お姉ちゃんは相変わらず毎日泣いていて、俺も同様だった。
ある日、全てが変わった。
いじめっ子が全員真っ二つになって死んだ。
それから、角が生えた女の人が孤児院にやって来て、俺たちにこう言った。
「君たち姉弟は、新しい世界へと渡る権利を手に入れたのさ」
その女性は、恒星教団の教祖だった。
「人間は増えすぎた。そして醜くなった」
「だから私は、人間の定義を変えたんだ。君たちのような心優しい人間が、もう誰も傷付かないようにね」
教祖様の言う人間の定義。
それは、星素適合率の高さでの足切りだった。
「星素には素晴らしい力があってね、人それぞれが特別な能力を
それがあれば、人々は助け合って生活できる。
何より、旧人類が絶滅すれば、そもそもの争いも減るし、教祖様が管理しやすくなる。
もう、お姉ちゃんも泣かないで済む。
「満月ちゃん、朔月くん。私の――家族になってくれるかい?」
俺たちに与えられた家事は、殺戮だった。
争いを生む旧人類の悪人どもを、殺して殺して殺し尽くす。
旧人類にも善人はいる。その人たちが、最後の最期まで安らかに暮らせるように。
そして何より、俺たち
辛くもなかったし、罪悪感もなかった。
――あの女が俺の前に現れるまでは。
「おっ、君が朔月くん?いいねぇかわいいねぇ!長い監禁生活になるかもだけど、お姉さんと一緒に頑張ろ!」
レーズン・ルミエール。星素非適合者。旧人類。新世界には不要な人物。
……そして、幼い頃に両親が殺され、暗い性格ゆえにいじめを受けた過去があった。
「朔月くんはさ、どんな食べ物が好き?お姉さんが持ってきて進ぜよう!」
そんな過去を持つ人間は、このご時世探せばそれなりに見つかる。
「さっくん、私もあのゲーム買ってきたよ!一緒にやろ?」
姉とこの人の違いは、星素適合率。
「うん、知ってるよ。君たちの計画が上手くいけば、私は死ぬ」
彼女は、教団の基準値に、数値で言えば0.2満たない。
「黙って従ってれば生き残れるのにバカだよね〜サクラも……バカ真面目だから、見て見ぬふり出来ないんだよ」
以前の俺なら何も感じなかった。どれが俺を変質させた? 彼女の生い立ちか? 性格か?
「それでも私を、家族だって言ってくれた人だからさ、最期は想いを伝えて死にたいの、なんて……秘密だからね!?」
――それとも、本当は最初から迷ってたのか?
「そりゃ気付くよね。そう、私とさっくんのお姉さんの生い立ちが似てるってサクラに報告して、一緒にいる時間を増やしてもらったんだ」
サクラは真面目だからさ、全部知った上で、君自身に選んでほしいんだよ。どっちへ行きたいか。
明日の試験の結果がどうあれ、サクラは君を自由にするよ。親友の私が約束する。
◇
「おかえり、さっくん」
「……ただいま」
「お出迎えありがとう。レーズン、ヴェルト」
時刻は21時。あの後も散々4人で遊んでから、ここに帰ってきた。
「サクラ、今日のって……試験とかじゃなくて、思い出作りのつもりだったの?」
「……まあ、ね。どうなろうと、後悔しないように」
日は沈み切って、曇り夜には星1つ見えない。
「じゃあ、さっくん、1つだけ質問するわね」
あなたは、どうしたい?
サクラにそう問いかけられた。
俺は、何を言うか考えて、少ししてからそれを止め、思うがままに言葉を紡いだ。
「俺は……分からない。でも、教団も、サクラたちも、間違ってない気がする」
これは、正誤のある問いじゃない。
俺が、どうしたいかを話すだけだ。
「だから、もう少し……夜桜荘に居たい。そしたら、何か分かるかもしれないから」
俺は、俺が感じたままのことを言った。
1ヶ月ここで暮らして、人類も旧人類も違いがないことを確認した。教団が目的を達成してもしなくても、この世界で無実の善人が大勢死ぬだろう。
ならば、サクラと教祖様――両者で何が違うのか?それを見極めたいと思った。
「……ありがとう。ヴェルト、判定は?」
「危険性は感じられません」
「そう、じゃあ……さっくん。改めて、ようこそ、夜桜荘へ」
薄い雲の隙間から、繊月が覗いていた。
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