赤と青、黒と白

「俺は恒星教団直属治安維持部隊所属、髪の毛座の剣川朔月。そこのツノ生えた青い髪の子……正直結構かわいいし、多分こないだの脱走者だから持って帰るね」


 ……私を持って帰る? 気持ち悪ッ! 何だコイツ!? あまりのキモさに勝手に顔を歪める私の表情筋。キモッ! 気持ち悪すぎる!

 その上、私が脱走者ってことも知ってるらしい。捕まったら絶対ロクなことにならないのは分かる。何が何でもこのロン毛をブチのめすしかない。

 そんな決意を固めていると、サクラがキモロン毛に話しかける。


「あなた、何者?」

「えぇ? 言ったばっかじゃん。治安維持部隊の剣川朔月だよサクラさん。『さっくん』って呼んでもいいよ?」

「そうじゃなくて」


 こんな状況で変態の相手をしているとはいえ、いつも落ち着いてるサクラの態度が刺々しい。焦って、苛立っているような印象だ。


「教団の外部組織に所属している星座をその人物まで完全に把握しているなんて有り得ないでしょう?たかが治安維持部隊の一隊員ごときが」

「……あー」

「それに、あなたがたった今殺したその男。左腕の骨折以外の怪我はしていない状態だったのだけど、『どうせ近々死ぬ』ってどういう意味?」

「はいはい、分かった分かった」


 回りくどいの嫌いなんだよねー、キモロン毛が前髪を掻き上げながらぼやく。


「それはのお姉ちゃんが俺に色々教えてくれるからだよ。どこに何座の誰がいるとか、教団の本当の目的とかをね」


 ……前にサクラから聞いたことがある。黄道十二星座とは、強力な能力を持つ者だけが就けるという、恒星教団の最高幹部のことだ。


「適当な幹部様ね……世界が滅んでないってことは、まだ十二星座に空席が幾つかあるのね?」

「俺がそれ教える義務ある? そろそろお喋りも飽きてきたからさ、やろうよ」


 突然、奴の軽薄だった雰囲気が無機質な殺意となる。周りの空気すら重みを持ったようで、息をするのが辛くなる。


「アヴィちゃん、サマちゃん」


 サクラが私たちに小声で指示を出す。


「あの男の子は私たち3人が協力しても敵わないかもしれない格上。油断も、遠慮もしないでね」

「こ、殺すってことですか……!?」

「出来ればそうしたくないけど、その気で戦わないとこっちが全滅するから本気でお願い……大丈夫、即死じゃなければ大抵の負傷は私が治せるから」


 サクラが振り返って、私とサマザーの手を握る。

 本気で戦って、無事に帰ったら、またドーナツでも食べましょうね。サクラはそう言って再び朔月に銃を構える。


「話終わった〜? じゃあ早速……」


 朔月が言い終える前に、サクラが発砲する。

 軽く体勢を傾けるだけで銃弾を避けた朔月の真横、既にサマザーが拳を構えていた。


「はああっ!」

「うおっ、速っ」


 次々に繰り出される拳、脚技。しかしどれも掠るのみで朔月を捉えられない。


「だったら……!」


 サマザーは壁を足場にして跳躍した。背中の羽根を形成する星素がライトグリーンに発光する。星座の能力で空中で更に加速して放つ跳び蹴り。


「危なっ!」


 ――は、フェイクだ。

 本命は私の巨大化&竜化した右腕による全力パンチ。跳び蹴りを回避して体勢が崩れた朔月に打ち込む。

 確実に決まったと思った。その時、朔月と目が合う。

 まさか、読まれていた……?


 瞬間、右腕に激痛が走る。巨大化した腕の半分程度がべちゃりと音を立てて床に落下し、断面からは骨が覗いていた。

 私は、右腕を肘まで二分されていた。


「ぅぐっ、ああぁっ……!!」


 ゆらりと姿勢を下げる朔月。追撃が来る。下から斬り上げられる。やけにゆっくりと奴の挙動が分かるのに、私は動けなかった。


「アヴィちゃんっ!」


 2発の銃声、2回の金属音、柔らかい肌の感触、右腕の痛みは段々と和らぎ、いつの間にかスローモーションの世界は終わっていた。

 サクラが近くまで来て、私を治癒してくれていた。


「サクラ、ごめん、私」

「大丈夫、アヴィちゃんは腕を治すのに専念して。あなたならすぐ治る……それまで私とサマちゃんで何とかする」


    ◇


 サマザーは部屋に置いてあったデスクやコンクリートの柱を利用しながら、ギリギリのところで朔月の刀から逃れていた。

 それでも追いつかれそうな時には、サクラが的確に狙撃し少しの隙を作る。追いつかれれば死ぬ、命懸けの鬼ごっこが行われていた。サマザーの攻撃とサクラの狙撃を警戒せざるを得ない朔月は、アヴィに止めを刺せないでいた。


「くっ……ごめんなさいっ!」


 サマザーが床の死体を掴んで投げつける。思うように戦えず苛立っている朔月は黙ってそれを両断する。

 上半身と下半身に綺麗に分かれた人体。ステージの幕が開いたようなその間からサマザーの蹴りが炸裂した。


「ぐっ……」


 苛立ちで注意力が散漫になったか、予想していなかった一撃を食らって吹っ飛ぶ朔月。ゴロゴロと床を転がり、髪や服を自らが殺害した者たちの血で汚した。


「……ハァ」


 顔に着いた血を袖で拭い、それを一瞥した後、朔月は大きく溜め息を吐いた。

 そして、刀を構え直した――直後、彼の手から刀が消えた。それは宙を回転しながら弧を描き、やがて遠くに落下した。


「は?」


 朔月を蹴った後、サマザーは壁から壁へと連続で飛び移り、フロアの中で加速し続けていた。『命懸けの鬼ごっこ』の際に朔月によって障害物が斬り倒され、フロアを広く使えるようになった。それが、彼女の加速を後押しする。その結果、目視できないまでの速さに到達したサマザーが朔月の刀を払い落とした。


(よし、このスピードなら行ける……!)


 敵の腕を軽く叩いただけで得物を失わせることに成功したサマザーは、自身が標的を倒すのに十分なパワーとスピードを得たことを確信した。


(悪いけど、手加減は出来ない!)


 朔月の真後ろの壁を蹴り、最後の加速を行う。

 サマザーの十八番、跳び蹴りが命中する直前、その刹那。

 彼女は、朔月の邪悪な笑みを見た。


    ◇


「ふっ、フフフ……アッハハハハ!」

「い、痛ッ……あああああッッッ!!」


 絶叫が響く。つい今まで優位に立っていたように見えたサマザーが、倒れ伏していて――彼女の右脚と右腕が近くに転がっていた。

 誰がどう見ても、致命傷だ。


「サマちゃんッ……!」

「どんなに速くてもさあ、一定の間隔で壁蹴ってたらいつ攻撃されるかなんて簡単に分かるでしょ」


 私は殆ど傷が癒えた自分ではなく、サマザーの治療を優先するようにサクラに促す。サクラは逡巡するが、サマザーに向かって駆け出す。

 深傷を負わせた当の本人は、未だ得意気にペラペラと喋っている。


「刀を弾き飛ばしたから勝ったと思った? 何で俺が髪の毛座なのかちょっとでも考えなかったわけ?」


 朔月の長い白髪は、先程とは違い風に靡くことはなく、まるで写真に収められた世界のように、一定の形を保ったまま静止していた。

 ……髪だ。髪の毛を刀のように硬質化させて斬ったんだ。武器を手放したのも、サマザーの速さに着いていけなかったのも、カウンターで切断するための罠だった。

 朔月は悠々と元の武器である刀を拾い、サクラとサマザーに切先を向ける。


「俺が本気出したら治す隙なくてみんな死ぬと思うけど、どうするサクラさん? 裸で土下座して俺のペットになってくれるなら許してやらなくも――」

「オマエ、いい加減にしろよッ!」


 朔月の人を舐め腐った態度に怒りが爆発した私は、堪らず奴に突っ込んでいった。コイツは絶対に、絶対に許さない。ぶん殴ってやらないと気が済まない。両手を竜化させて、全力で攻撃に移る。


「君も攻め方が一辺倒だよね、はい斬っ……」


 ガキン。


(あれ?)


 刀を左腕で受け止めて、右ストレートを奴の顔面目掛けて放つ。そのままクリーンヒットしたパンチの威力で朔月は地面と平行に飛んでいき、大きな音を立てて壁に激突する。

 奴はすぐに立ち上がってきたが、額から流血していた。


「何が『はい斬った』だよバーカ。オマエの額がキレてるじゃん」

(……何が起きた?確実に斬ったはずなのに、何で?)

「泣いて土下座するの、オマエの方だからな」


 両腕に力を込める。赤と青の星素が輝く。

 1発殴って分かったけど、1発殴るだけじゃ私は満足出来ない。


「なんて星素の質と量……! そうか、そりゃ実験施設にいた星座だもんね」

「ゴチャゴチャ喋るなカス!」


 再度距離を詰める。コイツの刀では私は斬れない。ボコボコにしてやる。地面を蹴ると、一瞬で奴の眼前まで辿り着いた。


「オラァ!」

「危なっ……! どうなってんの君はマジで!」


 刀でパンチをガードされる。攻撃の手を緩めることはしない。そのまま連撃で畳み掛ける。やがて、パキンと小気味いい音を立てて奴の刀が真っ二つに折れ――同時に、私の腹部に鋭い痛みが走る。


「ハァ、ハァ……油断した?」


 朔月は、さっきまでツインテールだった部分の髪の毛を切り取って、それを束ねて新たな二振りの刀を作成していた。剣先となった毛先からポタポタと赤い血が垂れている。


「確かに君の潜在能力ポテンシャルは凄いけど、実践経験が足りてない。意識が両手に行きすぎてて他の防御が疎かだよ?」

「……ご丁寧にどーも」


 じくじくと痛む腹部の傷。体力と星素を使いすぎたせいか、私の再生能力も本来の力を発揮しない。早く決着を着けないとまずい。

 目の前の元ロン毛のアドバイス通り、お腹の辺りに星素を集めるイメージをする。


「ふふっ、素直で可愛いね」

「その減らず口を利けなくしてやるよ、セクハラ野郎」


 もう十分だろう。もう一度両手に星素を集めて強化する。次のやり取りでコイツを倒す。


「やってみろよッ!」


 朔月が向かってくる。相変わらずの速さだが、さっきほどじゃない。コイツもバテてきてるんだ。

 それでも、そのスタミナ切れをカバーするための二刀流なのか、私が攻撃に転じる隙を与えないように素早く2本の刀を振るってくる。

 斬撃の1つが私の首筋を狙う。私は左手で防御する――が、刃が竜化した鱗を貫き、骨まで到達する。


「〜ッ……!」

「アハハ! そろそろ逝かせてあげようか!?」


 朔月はもう片方の刀で再び私の腹部を狙う。塞がった傷を開こうという魂胆だろう。


(この女の子、凄い性能スペックだけどやっぱり素人だ。また星素でのお腹の守りが疎かになってる!)


 横一文字に私の脇腹を斬り裂かんとする刀は。

 私の身体に触れた瞬間、砕けた。


「は――」

「バーカ」


 今の斬撃で裂けた衣装の一部がひらひらと舞う。

 衣装の下は……硬い竜の鱗だ。

 私は自分の腹部を硬い鱗に変化させた後、あえてその部分の星素での守りを薄くした。

 左手も同様だ。途中まで刃が通ったのは、もう体力がないと見せかけるために星素での守りをわざと手抜きした。


 そして、余力を全て右腕に集中させている。

 巨大化した右手で朔月の頭部を鷲掴みにする。


「ちょ、ちょっと待っ――」

「オマエが逝けえッ!」


 全身全霊で朔月を地面に叩きつける。

 フロアの床には細かな亀裂が入り、奴はぴくりとも動かなくなった。

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