夜桜荘、殺し合いのお勉強

『夜桜荘』、サクラさんの計らいで、僕とアヴィちゃんが先週から暮らし始めた場所だ。夜桜荘の敷地内には住居そのものだけでなく、ショッピングモールやら学校やら、果てには何に使われているかすら分からない建物まである。巨大な複合施設――いや、もはや1つの町と表現しても過言ではないかもしれない。


「よいしょっと」


 流石は恒星教団と密接な関わりがある製薬会社の管理区域だな、なんてことを考えながら、僕は自室を整理していた。


「サクラさん……」


 その大きな製薬会社の社長のご令嬢であるサクラさんも普段はかなり忙しいらしく、あの日以来会えていない。世界平和に貢献しているはずの教団の目的を聞いた、あの日。


「教団の最終目的は星素の適合率が低い人類の絶滅なの」


 俄かには信じ難い言葉だった。今も、心のどこかでは信じきれていないかもしれない。

 だが、今日はこれから予定が入っている。サクラさんや、色々な検査を受けていたらしいアヴィちゃんと会う予定。


『15:00に星素適合者用戦闘訓練ビル入口』


 一般人には秘匿されている、使、そのうちの1つであるその建造物の名称が、そこで僕たちが行うことを明確に伝えていた。


    ◇


「サマちゃん、久しぶり! 新生活には慣れてきたかしら?」

「お久しぶりです。お陰様で段々慣れてきました」


 待ち合わせの時間の5分前に件のビルに到着した僕は、時間ぴったりに現れたサクラさんたちと合流した。アヴィちゃんも検査三昧でやや疲れてはいそうなものの、元気そうで安心した。

 そして、2人の他にもう1人、灰色の髪を短めのポニーテールにしている初対面の女性が同行していた。鋭い眼光に、凛とした佇まい。腰には……種類は詳しくないけど大きめの銃を携帯している。

 ちょっと怖そうな人で少し緊張するけど、まずは挨拶だ。第一印象が大切。


「あ、あの、初めまして。僕は――」

「私はフュンゼ・ヴォルフィン。狼座の能力者。サマザーとアヴィ、本日お前たちの戦闘訓練を担当する。着いてこい」


 と、取り付く島もない……。早歩きで移動し始めるフュンゼさんに、僕とアヴィちゃんは慌てて駆け足で着いていく。サクラさんは僕たちの後ろで「頑張ってね~」と手を振っている。ここからは別行動のようだ……。不安だ。

 ふと、アヴィちゃんが僕の肩をちょんちょんと突いての合図。そして、小声で耳打ちしてきた。


「フュンゼ、めっちゃ厳しくて怖いらしいぞ……」


 そうですよね~! ふ、不安だ……。


    ◇


 やがて僕らは戦闘訓練を行うフロアに辿り着いた。何の変哲もない打ちっぱなしのコンクリートの大部屋に見えるが、星座適合者の戦闘に耐えうる耐久性を持っているらしい。恐らく星素を利用して? もしくは――。


 突如、乾いた破裂音。耳が破裂したかと錯覚するほどの。

 少し遅れて何か金属製のものが床に落ちる音。


 心臓と肺が一気に激しく動き始める。音の正体は……銃。発砲音。

 フュンゼさんが、僕に、銃口を向けていた。


「えぁ、えっ……!?」

「お前! サマザーに何するんだよ!?」


 掴み掛かろうとするアヴィちゃんを片手で制したフュンゼさんが喋り始める。


「このように、星素適合者、特に星座入りの対象に通常兵器は効果がない。ダイラタンシー現象に酷似した星素の現象によってその速度と威力を殺されるのが第1の理由」


 加えて、という単語が聞こえたかと思うと、眼前からフュンゼさんの姿が消える。

「ひっ」というアヴィちゃんの小さな悲鳴が左から聞こえて、振り向く。

 彼女の首筋には、サバイバルナイフが突き立てられていた。


「第2に、星座入りの肉体は通常の生物のそれより遥かに丈夫だ」


 ――ナイフが突き立てられていたのではない。本気で、刺そうとしていた。ナイフを持つフュンゼさんの左手は、今もアヴィちゃんの首の皮膚を貫こうと力が込められており、小刻みに震えている。


「裏を返せば、星素を込めさえすれば」


 ぶじゅ。ぽたぽた。赤い液体が垂れる。

 フュンゼさんは左手のナイフで自分の右の手のひらを――。


「……サマザー、起きたか? その、大丈夫か?」


 寒気がする。ふと気が付くと、アヴィちゃんに介抱されていた。


「ごめん、気を失っちゃってた、のかな?」

「ああ、5分くらい寝てたぞ」


 僕の意識にとっては数秒前の、フュンゼさんの正気とは思えない行動を思い出す。強制的に脳裏に焼き付けられたみたいだ。

 そうだ、フュンゼさんは……? 顔を上げると、彼女の眼光がこちらを見下ろしている。


「サマザー、アヴィ」

「……はい」

「何だよ……」

「すまないッ」


 謝罪するや否や、フュンゼさんは僕たちに土下座した。僕もアヴィちゃんも、彼女の突飛な行動に再び思考を置いていかれる。


「サクラから戦闘の演習を担当するように頼まれた時、一度は断ったんだ。私は不愛想で相手に無駄な威圧感を与えるし、説明も下手だからだ。可能な限りお前たちが理解しやすいように説明しようとしたんだが、結果はこれだ。申し訳ない」


 以上を一息で言い終わると、彼女は更に深く頭を下げた。地面と頭が激突するゴンという音が聞こえた。


「あっ、星座入りは再生能力も大幅に向上する。多少の負傷は直ぐに治る」


 彼女は態勢を正座に移行させ、自傷した右手を見せつける。確かに傷は塞がっている。いるんだけど……。


「はい……」

「よ、よく分かった。あー、フュンゼは説明上手だと私は思うぞ」


 僕たちは正直、フュンゼさんに完全にドン引きしていた。

 まあでも、悪い人ではないんだろうな、とも理解した。間違いなく悪い人ではない。


「そうか、理解してくれたか。ごほん、では次に基礎的な体術の訓練を始める。実戦形式だ。お前たちは身体能力こそ人間のそれではないが戦闘技術や肉体の使い方に関しては完全に素人だ。星座入りの相手との戦闘時に勝敗を決するのは敵の能力の見極めの次に如何に素早く身体を――」


 うん、今日はとっても長くて辛い一日になりそうだ……。


    ◇


「よし、一先ず本日の訓練は終了だ。初日なので3時間にしておく」


 つかれた。本当に疲れた。今までの人生の疲労をすべて合算しても今日の疲れに届かないんじゃなかろうか? 頭に入ってくる情報の多さも、目や耳で捉えなければならない動作の数々も、とてつもないものだった。終盤は最早無我の境地に達したかと思えるほど、身体が勝手に動いていた、気がする。


「2人とも筋が良いな。サクラが期待する訳だ」


 フュンゼさんがニコリと笑う。初めて見た表情だ。意外と爽やかな笑み。ほんの少し嬉しくなった僕の口角が自動的に上がるが、相変わらず疲労困憊の頭は、「この人も笑うって感情あるんだ」なんて頓珍漢なことをボーっと考えていた。


「特にアヴィ、星素を使用した打撃の威力が凄まじいな」

「あー、何か実験?とかされてたから、多分それのせいじゃないか?」


 凄いなアヴィちゃん、この濃密極まる3時間の後に普通に会話できるくらいの体力が残ってるんだ……。でもそれも、重すぎる代償を払ってのことなんだろうな。やっぱり、教団のしていることは許せない。僕ももっと頑張らなきゃ。


「……そうだったな。すまない、嫌なことを言わせた」

「別に、何も覚えてないし気にするなって」


 固く決意し直したものの未だ大の字で倒れている僕は、アヴィちゃんとフュンゼさんの会話から何か学べないかと、聞き耳を立てていた。頭も呼吸も、だいぶ落ち着いてきていた。


「強いて言えば、私と同じように燃費が悪いな。体力が切れては幾ら威力の高い攻撃を繰り出せようが意味がないので、気を配れ」

「そ、そういえば……フュンゼさんの……狼座の、能力って……何なんですか……?」

「……サマザー、無理をするな。まだ黙って休め。言われてみれば説明を行っていなかったので説明する」


 ここでは実演に向かないのだがな。そう言ってフュンゼさんは銃を遠くの壁に向かって構える。


「私の能力は少々特殊で、例外的に……飛び道具に星素の威力を反映できる」


 ドン!

 大砲でも放ったかのような爆音とともに、星素強化コンクリートの壁が幾枚も砕け散る。少量の紅い星素が、銃弾の軌跡を描いていた。

 ……凄い威力だ。今の僕とは、次元が違う。


「まあ、この銃ではこんなものだ。スナイパーライフルなら幾重にも重なったあの壁の層を全て貫通していただろうが」

「……フュンゼ、あの壁って壊してもいいやつなのか?」

「ああ、駄目だ。後でサクラに土下座する」

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