開戦
E.F.S.F
理想の戦いとは?
こちらは傷ひとつつかずに、相手を一方的に蹂躙、殲滅すること。
とにかく、より離れた位置で相手を見つけ、気づかれないうちに素早く攻撃して仕留める。
先手必勝、見敵必滅。
高感度な超長距離レーダーで捉え、精密誘導兵器で叩くのが近代戦の基本。
が、
§ § §
地球連邦宇宙軍・月周回軌道艦隊所属、ヘンドリックス級ミサイル巡洋艦タンバハリ。旧世紀の洋上艦を模したフォルムは、宇宙と言う名の海を進むに似つかわしい。
艦長のオデル・ベッカム大佐は、この戦争はあっけなく終わるだろうと信じていた。
――確かに宇宙生活圏は安定し、地球に頼らなくとも自分たちだけでやっていける力を得ている。
もうハッキリ『国』と呼んで差し支えないだろう。
だが、軍事に関してはそうではない。
連中の保有している戦闘艦は、一部の奇妙な新造艦を除けば、全て連邦宇宙軍からの払い下げ。
それも戦闘力の劣る旧式のフリゲートばかりで、数も半分以下。
対してこちらは配備されている艦艇は新型に切り替わったばかり。規模も倍以上だ。
大人と子供。ケンカにもなるまい。
月周回軌道という、最前線に立つ自分たちが一蹴すれば終わる――
ベッカム艦長はそう考えていた。
程よい緊張感に包まれたタンバハリのブリッジ。
戦闘態勢の中、各クルーが己が仕事を黙々とこなしている。
「旗艦ブラッドショーから入電。先行の
「よぉし、目標テータ入力、艦首ミサイル発射管一番から四番までミサイル発射用意っ、続けて五番から八番」
オペレーターの声に応え、ベッカムが指示を送る。
「データ入力完了っ」
タンバハリ艦首両舷に四門ずつ、計八門ある発射管が全て開かれ、装てん済みのミサイルが発射の時を今かと待ちわびる。
ベッカムは索敵モニター上に標された
「黙って付き従っていればよかったものを……愚か者どもが」
誰にも聞かれぬよう小さく吐き捨て、軍人の顔で発射命令を飛ばそうとしたその瞬間、艦が激しく揺れけたたましい勢いで警報が鳴り響いた。
「な、何事か―っ?」
艦長席から振り落とされそうになりながらも、何とか堪え状況確認のためベッカムが叫ぶ。
「右舷後部に被弾っ。後続の『ハイタワー』からの砲撃と確認っ」
「なんだとぉっ?」
僚艦からの攻撃という報告に、ベッカムが驚きの声を上げると同時に、
「
「ミサイルの座標データが書き換えられていますっ。も、目標は――旗艦ブラッドショー!」
警報が耳障りな音を鳴らし続ける中、火器管制オペレーターたちの悲鳴にも似た声が上がる。
「FCSを落とせっ、ミサイル発射管との接続を切れぇっ」
「信号拒絶っ」
「――ダメです、ミサイル発射されましたぁ!」
ベッカムの怒号にオペレーターの悲痛な声が重なる。
全門発射されたミサイル、索敵モニター上で点滅する航跡を目で追うブリッジクルー。
ブリッジ前面に据え付けられた巨大な外部映像スクリーンには、月周回軌道艦隊の艦艇たちが、互いに向かって火器を撃ち合っている様子が映し出されていた。
迫りくるミサイル群をブラッドショーの近接防御システムが迎え撃つさまが見える。どうやら旗艦の火器管制は無事らしい。
が、ミサイルを放ったのはタンバハリだけではなく僚艦全てからで、その攻撃総数はブラッドショーの防衛能力をはるかに超えており、弾幕を掻い潜った数十発が旗艦に致命的な打撃を与えていった。
堅固な外殻を誇るブラッドショーであったが、機関部へ決定的な一発を受け爆散、轟沈。
旗艦の壮絶な最期に言葉を失うタンバハリのブリッジクルーたちとは対照的に、鳴り続ける警報、各部署から入ってくる状況の報告の中、それらに負けぬ音量で索敵手の絶望的な叫び声が響く。
「ミ、ミサイル多方向から接近っ。回避、迎撃、間に合いませーんっ」
「……ジーザス」
艦長席で腰を浮かしたままこぼしたそれが、ベッカム最後の言葉となる。
直後、命中したミサイルがタンバハリのブリッジを炎に包んだ。
戦艦・一、巡洋艦・六、駆逐艦・十、航宙機運用艦・二を擁する連邦宇宙軍月周回軌道艦隊は、同士討ちで瓦解。大半の艦艇と乗員を失うこととなった。
かろうじて撃沈を免れた艦艇は、逃げおおせた者たちを回収、体勢を立て直すべく撤退。
別宙域で行われた戦闘も同様の結果であったことは、言うまでもない。
開戦初戦は連邦の惨敗、S.L.A.Tの完勝で終わる。
§ § §
「……帰投できた艦のデータログから、各種システム暴走の原因が、やはり外部からの介入であることが証明されました」
地球の某所にある連邦軍本部、中央会議室において宇宙軍幹部たちが、情報分析担当官から先の敗戦の詳細報告を受けていた。
そして火器管制へ侵入、プログラムを改ざん、攻撃する目標を書き換え、味方同士で撃ち合うように仕向けたのである。
「彼我の距離が遠くなればなるほど、システムに忍び込まれる率も高くなるようです。超長距離の索敵による誘導攻撃の信頼性はほぼ無くなったと言わざるを得ません」
分析官はそこで一度言葉を切り、
「就役した新造艦が全て月面都市で造られていたことも、要因のひとつと思われます」
その言葉に幹部のひとりが、
「……製造段階でいろいろと仕込まれていたと?」
「SLAにとって独立は悲願です。何十年も前から計画されていたのであれば、まず間違いなく」
「ハッ、信用できるのはメイド・イン・アースだけということか」
苦々しげに上がった声に、賛同するかのように苦笑の輪が広がる。
「モノもそうだが、厄介なのは "人" だな。連邦全軍にも多くのSLA出身者が入隊しておる。内から牙をむく者がどれだけ居ることやら……」
いかつい顔をした幹部がため息交じりに口にする。
「諜報部は開戦前から動いておる。危険分子は絞り出して、すでに多くが拘束済みだ」
細身で鋭い印象持つ将軍のひとりがそれに答え、
「――ま、向こうも向こうで似たようなことをやっておるだろうがな」
続けた言葉の冷ややかな空気が、場を一瞬支配した。
「それはそれとしてだ。要するにこれまでの戦術は通用しなくなった、という訳だな?」
話を戻した幹部の言葉に、分析官は軽くうなづいて肯定を示し、
「……限定的ではありますが」
機器やシステムソフト類を取り換え、多重の電子防壁を展開することで電波探査の類は近距離のみ有効、目視重視になるだろうことを告げた。
「――つまり、旧世紀の有視界戦闘時代に逆戻りということか」
将軍の階級章付けたひとりが深いため息をついて、こぼす。
「やってくれましたなぁ……」
「奇襲は一度成功すればいい。受けた側はどうしても次があるかもと考えざるを得ませんからな」
「事実、我々はこうやって対策をどうするべきかと話し合っている」
言葉そのものは深刻そうではあったが、発言したどの顔も薄く笑みを浮かべていた。
まるで、そんなことは大した問題でもないとでも言うように。
「同じ戦術はこちらからも仕掛けられる。……弓を封じ合って連中はどうするつもりなのか?」
誰かの言葉に、禿頭ででっぷりと太った将軍のひとりがニヤニヤ顔で答える。
「……例の
その言葉にざわつく一同。
「――耳にはしておりましたが……まさか?」
「人型の、それも巨大ロボットなど、あまりにも絵空事すぎる」
「……宇宙人どもの考えることは、我々
嘲笑交じりの声がいくつも上がる。
「去年、一昨年と、月の裏でパトロール艇が数隻未帰還になったのは、それの戦闘力テストだとか?」
「
笑い話にしながらも、笑えない話を交わし合う上級将校たちである。
「ま、実戦配備したところで、航宙機に手足が生えた程度の代物でしょう? 脅威と言うほどでは……」
「"手足が生えた" は、言いえて妙ですな」
「いやまったく、上手いことを仰る」
再び大きく笑いが上がる会議室。
「幸いというには口惜しいですが、宇宙人どもは再度の独立交渉のために一時休戦を提言してきております。この機に艦隊の再編成と戦術の練り直しを――」
「よろしいですな」
「案外向こうも、編成のやり直しをしているのかも知れませんなぁ」
「ロボットの使い方の、ですかな?」
余裕のある笑いが起き、緊張感の欠けたまま会議は幕を閉じる。
§ § §
開戦から一週間後の一月二十二日、SLAが連邦へ求めた独立交渉は席を設けること もなく決裂。
一時休戦は即時解除され、休戦期間中に再編成を終えていた両軍は再び激突することに。
戦術の立て直しを終えた連邦は、彼我の戦力差から自軍の勝利を疑うことはなかった。
緒戦の轍は踏まずと近接戦闘用の装備を固め、足の速い小型艦を多数配置、直衛の航宙機を飛ばす。
超長距離戦闘を捨てた、合理的な近接戦闘態勢を整える。
絶体防衛線、軌道エレベーター・オービタルリング外縁沖宙域戦。
決着はそこで着くだろうと連邦艦隊の誰しもが思っていた。次こそは勝利を得、宇宙人どもを一掃できると。
長距離誘導兵器が頼りにならなくなった戦場に、S.L.A.Tは前代未聞の新兵器を投入。
General-purpose Humanoid Mobile Weapons. 汎用人型機動兵器。
『ガルガンチュア』 と呼称される全長十八メートルあまりのロボット。
低重力と真空が有効にした、この冗談のような兵器が戦いを変えることとなる。
――次回へ続く――
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