第238話 ファーヴ
ひたすらに生命力の補給と再生の促進を進め、翌日、昼過ぎ。
大海原にぽつんと存在する絶海の孤島、随分と砂の減ってしまった浜の上で、シルティは身体を
右腕を頭上に、左手で右肘を保持し、身体を左へ倒す。同様に右手で左肘を保持し、身体を右に倒す。腕を真っ直ぐ前に伸ばし、逆側の腕で伸ばした腕を首元へ引き寄せる。
脚を左右に広げ、左右の爪先と膝頭が全て一直線に位置する見事な開脚。息を大きく吐き出しながら身体を前に倒し、〈
足の爪先から手の指先まで、全身の関節を入念に広げたあと、胡座の体勢に戻った。
脱いで乾かしていた半長靴に足をするりと納め、紐を締めてしっかりと密着させる。足首をくりくりと回して具合を確認。革職人ジョエル・ハインドマンの仕事は実に素晴らしい。使い込むほどに馴染む足応えに頬が緩む。
同じく乾かしていた革鎧をしっかり装着する。かつて纏っていた
装備を整えたシルティはすっくと立ち上がると、上体を左右に大きく
左手を鞘に添え、右手で
上段に構え、真っ直ぐに降ろす唐竹割り。間髪入れず左逆袈裟に移行し、一歩踏み込んで逆胴、水平、突き。低い後跳と共に引き胴。流れるような斬撃の連なり。
合計三十七の剣閃を披露して満足したシルティは、最後に〈永雪〉をひゅるんと回して血振りを行なった。
時が止まったかのような
「すー……、ふぅー……。ふふっ」
疑いようのない確信が全身を漏れなく満たす。
これまでの生涯で、今が一番、絶好調だ。
視線を右方へ。
「お待たせしました」
〝うん。待った〟
二足歩行により自由になった前肢。右手側で握り締めるのはこれまた巨大な太刀。〈虹石火〉や〈永雪〉も
しかし、
形状はシルティの〈永雪〉をそのまま八倍にしたようなもの。刃渡りも身幅も八倍だが、唯一、
だというのに、
超常的な比強度を誇る
淡い
その特徴は、超常的な強度。単純明快にとにかく硬い。
正真正銘世界最強の物質、それが
人類種の一般的には『不滅』として知られる超常金属だが、学者たちはこれを剛体と呼ぶらしい。
尋常な手段でこれを破壊することは不可能、超常的手段に関してもほとんどを弾く。竜たちの『咆光』ですらこれを消滅させるには少々の時間を要する、らしい。
冷静に考えて、実際に『咆光』を
ちなみに、
ノスブラ大陸ベルガリア王国における戴冠式では『
なお、味は『腐った汚泥に数年間漬け込んだ炭を思わせる絶望的なもの』と記録されている。
「その太刀、銘は付けないんですか?」
〝銘。ああ。人類種はそういうの好きだよね。昔、
「銘があると一層愛着が湧きますよ! ちなみに、これは〈永雪〉で、それは〈虹石火〉と言います! 良いでしょ!」
〝ふーん〟
〝じゃあ、これは、素質殺しと呼ぼうかな〟
「〈素質殺し〉、ですか? えーと、……! ふふっ。光栄です!!」
なにから取った銘なのか一拍ほど悩んだシルティだったが、すぐに思い至り、満面の笑みを浮かべた。
彼女の名前である『シルティ』は、ノスブラ大陸の
つまり
蛮族として冥利に尽きると言ったところである。
素敵。もしこの
〝というか、お前さ〟
「はい?」
〝剣の名前は気になるくせに、俺の名前は気にならないの〟
「おんっ……と。すみません、あまり気になりませんでした……。では、改めまして自己紹介を」
んンッ、と咳払いを一つ零す。
「私は戦士シルティ・フェリス。斬る生き物です。偉大な
〝俺はファーヴ。古きイオルムンの息子にして
「はー、ファーヴさんっていうんですね……」
魔法『真意真言』がシルティに強制的に理解させる。ファーヴとは、『抱擁』を意味する名だ。海底で〈虹石火〉を抱いていたのは偶然だろうか。
「あ、ちなみに私のお父さんはヤレックといいます。兄や姉はいませんが、レヴィンという琥珀豹の妹がいます」
〝お前の家族はどうでもいいかな。俺の家族は凄いから名乗る意味はあるけど〟
「む。レヴィンだって凄いですよ。一歳半ぐらいの時に私と一緒に
〝ふーん。まー四肢竜なら〟
「むうっ。そのうち六肢竜だって殺しますから! あと、私のお父さんは
〝えっまじかよそれはすごい〟
「でっしょぉ!」
にんまりと誇らしげな笑みを浮かべながら、シルティは〈永雪〉を中段に構え、切先を
刀身から殺意を射出するような気持ちで、愛を囁く。
「私は、
〝お前、本当に生意気だな〟
ファーヴは嬉しそうに笑った。
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