第189話 赤い閃光
宙を舞っていた
見事な回転跳躍により成し遂げた破滅的掃射は世界を円盤状に削り取り、広大な草原に不毛地帯を作り出した。直後、空が落ちたと錯覚するような凄まじい
さすがは最強の誇る最凶の魔法、もはや余波だけで小規模な天災である。
遥かな高みから狙撃に勤しんでいたレヴィンはもちろん『咆光』を浴びることはなかったが、下降気流の影響は上空にまで及んだ。生命力の消耗を抑えるため足場の面積を最小限としていたのが裏目に出る。冗談のような乱気流にバランスを崩され、敢え無く落下した。
背骨を屈曲しつつ四肢や尾を伸ばし、適切な部位を適切なだけ捻る。精密な連動によりレヴィンは速やかに体勢を立て直した。空中立位反射は琥珀豹という魔物に刻まれた本能だ。特に意識せずとも自然と完了される。
あとは冷静に足場を生成し直すだけ、だったのだが、そこでレヴィンは思わず硬直してしまった。
無理もない。眼下を
一瞬後、我に返ったレヴィンは即座に主観時間を延長した。
なにより先に脳裏に浮かんだのは最愛の姉の安否である。カトレアと自分が獲物の隙を作り出す手筈になっていた。そして姉はその瞬間を逃さず肉薄できるよう、
空中で静止したような感覚の中、視界を広く取る。円形に広がる不毛の地が不自然に欠けていた。注視。愛刀〈永雪〉を振り抜いたあとのような低い姿勢のシルティを発見。
形相切断で『咆光』の掃射を切開し、そのまま暴風を潜り抜けたのだろう。あれなら問題なし。角度的に表情は見えないが、きっと嬉しそうに笑っているに違いない。目に浮かぶ。
安堵したレヴィンは改めて足場を生成し、空中に腰を落ち着けた。
続いて、臨時の仲間であるカトレアを捜索する。
綺麗に
使い手を喪った
おそらく咄嗟に地面を削って潜り、光線を回避したのだろう。彼女とは道中も含め数十回も模擬戦をしたのだ、
カトレアはあの赤い水溜まりの下、とレヴィンは判断した。無傷かどうかはわからないが、
内部に包まれていたカトレアの姿を見て、レヴィンはぴくんと
左腕が
カトレアは傷口を空気に晒したまま、
単に上腕を
レヴィンは躊躇なく魔法を行使した。
収斂した陽光が華奢な腕の断面を照らす。
突然の灼熱に襲われたカトレアは弾かれたように身を躱したが、すぐにこれがレヴィンの
ジウジウという焦熱音と共にうっすらと灰色の煙が立ち、
無論、レヴィンもカトレアも
その間の
先ほどまでは
六肢動物は生まれながらに形相切断に至っているが、
白い牙を剥き出しにし、レヴィンは笑った。
上空からちまちまと焼くだけのレヴィンは、
だがシルティは、竜から警戒に値する敵対生物と見做されている。
それが、自分のことのように誇らしかった。
しかし、喜んでばかりではいられない。
竜の注意をこちらに誘引しなければ。
さらに気合を入れて嫌がらせに
自分、姉、カトレア、
素早く息を吸い、止める。
単一な素材で作った単純な凸レンズの焦点距離は球面の曲率半径に依存する。
そして、珀晶製レンズの焦点距離と曲率半径の
絶対の自信を持って魔法『珀晶生成』を行使。生成された巨大なレンズが陽光を収斂させ、竜の体表に炉と称すべき灼熱の光点を生み出した。
あんなに頑丈そうな装甲を纏っているくせに、
当然、生命力の消耗は激しい。
疾走、転身、跳躍。
レヴィンは視線を忙しなく上下に動かし、自分が待機している高さよりも遥かに上空にレンズを生成して
焦点距離が長ければ長いほどレンズの厚みは薄くなるので生命力を節約できる。例えば直径七歩ほどのレンズを作る場合、二十歩の位置に生成するのと四十歩の位置に生成するのでは体積が半分以下になるのだ。可能な限り遠方から狙撃し、生命力を節約しなければ。
しかし、焦点距離が長くなればなるほど高精度なレンズが求められる。太陽に対する角度が僅かにズレるだけで焦点は大きく移動してしまうし、曲率半径が大きくなってくると球面は平面に近付いていく。巨大な真球の
僅かな誤差が失敗に直結する、自分の仕事が姉とカトレアを殺すかもしれない、そんな
心に刻まれる痛みもまた、蛮族にとっては
今もなお姉に注がれ続ける視線を引き剥がすべく魔法を行使。ひと呼吸の間に十五も放たれた焦熱が
竜の
目に見える死の予感。レヴィンは即座に空中を奔った。
一拍の差で光線が天空へと登り、尾の先で空気が消滅する。流れ込む大気が黄金色の被毛を揺らす。だが、死の予感は消えない。
行く先を狙われている気がする。足場を追加して鋭角に方向転換――と、視界の下端で赤橙色の影が動いた。
カトレアだ。
直後、竜が反撃に動く。
後肢で地面を粉砕して加速、胸郭を軸として豪快に回転、全身の筋力を集結させた
重厚な金属音と共にカトレアが吹き飛び、赤い液体が塊となって飛び散る。
ぐちゃぐちゃに千切れることで衝撃を吸収分散した
力なく慣性のままに地面を転がり、我が身を襲った竜の暴力に恍惚としつつ、明確な殺意を以て遠隔強化。
飛び散った
雑魚を一匹を仕留めたと思ったら雑魚が増え、死んだように動きを止める。完全に想定外の展開だったのだろう。
だが、レヴィンとカトレアにとっては
焦熱狙撃を考案してからここまでの道中、示し合わせる時間はたっぷりあったのだ。
獲物の頭部を取り囲むように点在する赤橙色の疑似竜。それらを認めた瞬間、レヴィンはその身に宿した魔法を全速で行使した。
空中に設置される巨大なレンズ。数は
集束された七条の光線は狙い違わず
竜にすら不快感を与える光量が疑似
苦痛の色を感じさせる唸り声が響く。
多少拡散されたとはいえ、焦熱狙撃の七倍近い光量を真正面から浴びたのだ。竜の五感は鋭敏である。だからこそよく効くだろう。竜の回復力の前にはほんの一瞬かもしれないが、それでも視覚を殺したはず。
「くふっ」
それを見逃すシルティではない。
体重を軽く。足場は強く。殺意を両脚に溶け込ませる。
今度は寸止めの必要はない。
全身全霊で初見殺す。
シルティは踏み込んだ。
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