第188話 遅延行為
その相貌は、羞恥により真っ赤に染まっていた。
(あああかっこ悪いぃ……!)
率直に言って、カトレアは自信満々だったのだ。
自分の造形模倣能力ならば
だが、現実はこの有様だ。恥ずかしすぎる。
よりにもよってシルティ・フェリスの目前で醜態を晒してしまうとは。
彼女とは
なんとしても挽回しなければ。
愛する竜を視界の中央へ据える。
(ぅっ)
その瞬間、カトレアの脳内を
地と天を繋ぐ光線、竜の破壊魔法『咆光』。本当に綺麗すぎる。
竜を追い求めるカトレアであってもこれを見た経験は両手で数え切れる程度しかなかった。それが今、こんなに頻繁に。狩猟者をやっていてよかったと思える瞬間だ。常人であれば一度も見ずに生涯を終えることもあるらしい。実に勿体ない。
死ぬときは竜に殺されようと決めている。食べられるのもいいが、できれば『咆光』で消滅させられたい。
フェリス姉妹さえ逃がせるならば、それは別に今日でもいいのだ。
改めて装備を確認。
身に付けた
カトレアは体内に収納しているうちの五枚を
莫大な回転数を与えられた鴛鴦鉞が可聴域を超える音を響かせながら空を裂き、
五枚の飛刃は狙い違わず
どれほどの運動量を与えようとも、尋常な投擲物で魔物の身体を傷付けることは難しい。重要なのは相手の身体強化を上回ること。
増してや今日の相手は無敵の
今のカトレアの攻撃は
求愛の場合は
こちらから殴った場合は音まで吸収されてしまうのに、自分が発した唸り声は吸収されないんだな。
公衆浴場で打ち合わせをした段階では、
となれば、囮役と拘束役はカトレア単独で担わなければならなくなった。
身体に
ここまで急激に大きくなる動物に出会ったのはさすがに初めてだったのか、
竜にドン引きされるという貴重な経験。普通に悲しい。しかし、悲しんでいる暇はない。
伸ばした二本の触手の先で鴛鴦鉞を掴み、
その身に宿す恒常魔法により、
いかに無敵の竜といえど、陸上動物が聴覚を完全に持たないというのは考えにくい。先ほどから唸り声を上げているように発声器官は持っているようだし、なにより頭部には
回転する金属片が互いを削り合う耳障りな音が丸皿型の放物面で反射され、明確な指向性を持って投射される。まともに聞けば聴覚機能に異常を来すのではないか、と思えるほどの凄まじい音量だ。これならどんな動物が聞いても喧嘩を売っているとわかるだろう。
人工的な咆哮を浴びた
「は」
赤みがかった褐色の虹彩。ぞくぞくする。世界で一番綺麗だ。
ともかく、やはり音は聞こえているらしい。耳の中は『衝撃原動』の発動条件から除外されているのだろう。あるいは、
直後、動きが止まった
カトレアはますます恍惚とした。
鈍重にも見える巨躯が瞬間移動にも等しい動きを披露するのだ。常人であれば自分の眼球を疑うような光景である。
草食でありながらほぼ無敵な彼らは俊足である必要がない。だというのに、シルティにも匹敵するような速度を発揮できる。本当に、なんて素晴らしい生物なのだろうか。
体内に蓄えていた渦勁を消費することで俊足の
嫌がらせに徹した遅延行為。
もちろん、これで
それでも、
馬鹿げた巨躯が、自身の体高の二倍ほどにまで軽々と浮き上がる。
「おおっ」
思わず見惚れるカトレア。
「あ」
一瞬後、我に返る。
骨盤を中心とした、旋回跳びだった。
カトレアの頭上でくるくると水平に回転する巨大な竜。
その顎が大きく開かれ、そして。
破滅の光線が草原を広々と薙ぎ払った。
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