第186話 誘惑
八日後、昼過ぎ。
港湾都市アルベニセから東南東、
ここはシルティたちが
身体を小さくして地面の起伏に隠れているのは
「うっひょぉ……」
上空に浮かぶ珀晶に乗るシルティは、足場に右膝を付いて体勢を低く保ちつつ、無邪気に目を輝かせていた。
「いやー、やっぱかっこいいなぁ……」
シルティの膝の遥か下を
俯瞰視点から観察すると、鼻先から尾の先まで背面が楕円形の装甲で
全体的な色合いはは僅かに緑を帯びた褐色だが、吻部や尾の先は黒みを増す。体表面に模様はないが、装甲の色が濃いため
上下に潰れた樽型胴体を支える四肢はどれも屈強かつ短めだが、前肢に比べると後肢がやや長いため、肩よりも腰の位置が高い。必然的に頭部は低く位置し、無理なく食事を行なえる姿勢を保てるようになっている。
肩幅も腰幅も広く、左右の
低重心を保つ骨格に馬鹿げた体重。腹面に装甲はないらしいが、生きた
尻尾は緩やかな円錐形で、頭胴長の八割程度の長さ。先端には名前の由来にもなっている
「んふふ……」
霊覚器などなくとも感じ取れる太陽のような生命力。カトレアが何度も模型を作って見せてくれたが、やはり本物は威圧感が違った。
熱量ではカトレアのような真正の愛好家には及ばないかもしれないが、竜を敬愛するのは蛮族も同じ。世界最強種を目の当たりにすれば高揚してしまうのは当然だ。シルティの隣に待機するレヴィンも興奮した様子で
「思ってたよりずっと早く見つかったなぁ。レヴィンのおかげだね」
シルティが折り曲げた五指で妹の頸部を掻き撫でると、レヴィンは頭を大きく傾け、姉の
フェリス姉妹とカトレア・オルカダイレスが草原の外縁部に辿り着いたのは三日前のこと。アルベニセから徒歩で七日ほどの距離だが、優れた狩猟者たちが脚力を存分に発揮すれば数日短縮することは容易い。
その後は奥へ奥へと向かいつつ
何千回もの魔法の行使がレヴィンの生命力を大幅に削ってしまったので、現在は
かなりの距離を空けてはいるが、フェリス姉妹が空中にいることは
しかし、幸いにも
「……にしても」
妹の頭部を愛撫しつつ、シルティは
肩甲骨が変形したものだろうか、優美な弧を描く
「いい色……。あれで太刀作ったら綺麗だろうなぁ……」
骨髄の除去などのいくつかの防腐処理は必要になるが、ほとんどの竜の骨は死後も鋼を凌駕する強度を保っている。また、自己延長感覚の確立が比較的容易で、しかも
似たような素材でも竜の牙ではこのような傾向は見られないことから、これはおそらく、骨内部に張り巡らされた微細な血管のおかげだと言われていた。
サウレド大陸の北東端では
まぁ、シルティは大抵の刃物であれば何度か素振りをするだけで武具強化の対象にできる
シルティの故郷にも、
とはいえ、既にシルティの腰は〈
シルティの体格では太刀を二振も腰に吊るすのは難しいので、将来的には〈虹石火〉と〈永雪〉をその日の気分で使い分け、片方は〈冬眠胃袋〉と一緒に背負うことになるだろう。三本目となれば、レヴィンにも背負って貰わなければならなくなる。
旅の身空でこれ以上刃物を増やすわけにはいかないのはわかっているのだ。
わかっているのだが、でも欲しい。
先っちょだけでいいから、せめてナイフくらいは作りたい。
「はぁぁ……」
湿気を帯びた吐息を漏らしつつ、シルティは灼熱の欲望を持て余す……と、その時。
「おっ」
眼下に存在する疎林から、もう一匹の
既存の
「うーん。上から見てると、まだちょっとぎこちないね」
ヴォゥン。レヴィンが同意の唸り声を上げた。
言わずもがな、これはカトレアが作り出した疑似竜である。
いかに
今朝の時点でカトレアが産み出せる模擬竜は、
ちなみに、カトレアが
「さて、
カトレア曰く、現在は
そして、カトレアはオスに比べてメスの方が肩の棘や
もちろん、疑似
そこを突いてレヴィンが最高強度の珀晶で拘束し、カトレアも残った
本物の
小刻みに動く頭部。疑似
これは上手く行くのでは、と思った瞬間、シルティの霊覚器が虹光に
「あっ」
間抜けな声を上げた時にはもう遅かった。
全てを消滅させる極太の光線が、疑似
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