第185話 衝撃原動
「さて、お互いの
カトレアは伸ばした触手の先を浴槽の
特徴的な
尻尾の動きに釣られてレヴィンの顔が小さく左右に動き、湯舟に周期的な波紋が広がった。
「
「うん。二人とも、魔法も知らないよね?」
「はい」
昨日まで名前すら知らなかったのだから当然だが、シルティは
「だよね」
カトレアが嬉しそうに唇を緩めた。
六肢動物を語りたくて堪らないといったご様子。こうしていると本当に、
「
「んん、っと。それはつまり、
「そうそうっ! よく知ってるね! まさにそんな感じだ!」
魔法『呑雷』は
それと同じような魔法というならば、もしかして
蛮族も負傷を友とし痛みを糧とする動物だが、さすがに殴られてお腹が膨れるようにはできていない。シルティとしては実に羨ましい魔法だ。……いや、衝撃自体を生命力に変換するということは、そもそも痛みすら感じないということなのだろうか。
(それはちょっと物足りなさそう……)
と、シルティは思った。
訓練にせよ殺し合いにせよ、痛ければ痛いほど何かを乗り越えている感じがして好きなのだ。
物心ついた頃からそういう傾向はあったのだが、耳に朱璃を注いだり喉に〈玄耀〉形の珀晶を突き刺したりして霊覚器を構築した、あれをやっていなかったら死んでいた、という成功経験を積んでしまったため、今のシルティは以前に輪をかけて痛みを
「まー、
「ふんふん。草食なんですね」
「うん。でも、でっかい身体してるくせに超小食なんだよね。地面を踏んだ時の反動も生命力に変換してるんじゃないかって言われてる」
「もしかして、恒常魔法ですかね?」
「多分ね」
シルティがにやーっと笑った。
「それ、めちゃくちゃずるくないです?」
カトレアもにやーっと笑った。
「そりゃもう、めちゃくちゃずるいよ!」
ずるいずるいと楽しそうに言い合う二人の娘。
自身に加えられた衝撃を生命力に変換するということはつまり、変換効率によっては物質的な攻撃をほぼ完全に無効化するということだ。しかもそれが無意識に効果を発揮する恒常魔法ならば、寝込みを完璧に襲ったとしても無駄である。率直に言って自然界では無敵に近い。
レヴィンがァォゥと小さく鳴きながら首を傾げた。
戦闘経験が狭く浅いレヴィンには、
「んーとね。恒常魔法には不意打ちが効かないんだよ。アルベニセに着く前、私が
ヴォゥ。肯定の唸り声。
当時のレヴィンはおそらく生後三か月半ほどだったが、しっかり覚えているようだ。
「
それで納得したのか、レヴィンは興奮したようにヴァフーッと音を立てて鼻息を吐き出した。湯面が吐息に勢いよく撫でられ、方向性を帯びた
身体がでかくなって肺活量も随分増えてきたなー、とシルティは妹の成長を内心で喜びつつ、腕を伸ばして太い鼻面を
「んン」
琥珀豹のこんな無邪気な姿を見る日が来るとはと地味に感動していたカトレアが、気を取り直すように咳払いを挟んでから言葉を続ける。
「本当は僕一人で挑戦したかったんだけど、どーにも魔法を突破できそうになくてさ」
「あー。
打撲や挫滅は対魔物戦闘において効果的な攻撃手段とは言えないのだが、人類種の中でも特に持久力に優れる
しかし残念ながら、
カトレアがどれだけ
「でも」
カトレアが言葉を切り、挑発的な笑みを浮かべた。
「きみなら斬れるだろ?」
極限に研ぎ澄まされた斬術は、
「んふっ。嬉しいこと言ってくれますねー。ふふふふっ」
シルティは物を斬る行為がとにかく好きだ。
毎日、毎日、誠心誠意、なにかを斬って生きてきた。
積み上げた実績とそれに伴う狂信が晴れて世界に認められ、ついには形相切断にまで至った。
彼女が全身全霊で
「もちろんです。斬ります」
自分ならば魔法『衝撃原動』の反応を
「はっは。良い答えだなぁ。頼りにさせてもらうよ」
「はい!」
カトレアが満足そうに頷く。
「まー白状すると、シルティが形相切断できるって聞いてたから、
「きみ、
「んぇ。よ、よく知ってますね?」
「
「あ。そういえばそうでした」
ローザイス王国(港湾都市アルベニセが属する国家)では魔術の研究結果の共有が推奨されており、報告者には少なくない報奨金が支払われる。また、それが『発明』と見做されれば十年間の排他的権利、いわゆる特許が付与され、使用料を受け取ることができた。ただし、個人の技能や技量を前提とするものは基本的に発明とは見做されない。
もう八か月ほど前になるが、魔術研究者エアルリンはシルティの了承を得て『鷲蜂女王個体の採取法』を
こういった特許ではない『発見』の情報も行政には蓄積されており、アルベニセではそれなりの手数料を支払えば誰でも参照することができる。勤勉な狩猟者や魔術研究者は定期的にこの情報を閲覧し、自身の知識に加えているのだ。シルティもレヴィンと一緒に何度か利用したことがある。
「さて、ざっくりとだけど作戦を決めておこう。
「ですね」
「まずは僕が囮になる。獲物を誘うのは得意なんだ。レヴィンは遠くから魔法で援護を頼むよ。二人で何とかして
ヴォゥン。レヴィンが了承の唸り声を上げた。
「で、
「異論なしです!」
「一撃で仕留められなかったらあとは臨機応変になるけど、僕たちが殴ると回復されちゃうからね。最後は絶対にきみに頼ることになる」
「ふふふっ。美味しいところ貰っちゃうみたいで悪いですね!」
比喩ではなく、
「それと、撤退の決定権は全員が持つこと。誰か一人でもやばいと判断したら遠慮なく言うこと。そして、その判断には文句言わずに無拍子で従うこと。逃げるときは全力で。
撤退戦闘において最も危険なのが
「んむ……」
シルティは片目を閉じて唸り声を上げた。
レヴィンはほんの少し鼻面に皺を寄せた。
危険な殿を務めること。蛮族の文化ではもちろん誉れである。
竜に殺されること。今更言うまでもなく、無上の誉れである。
つまるところ彼女たちにとって、『対竜戦の殿』はお金を払ってでも自分が担いたい役目なのだ。
しかし、シルティは既に
「……わかりました」
五拍ほど経ち、蛮族姉妹は
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