第183話 タネと仕掛け
その後、予定通りカトレアとレヴィンの模擬戦が行なわれ、カトレアが圧勝した。
この一戦では疑似竜は使われなかったが、これはカトレアが手加減したというわけではない。疑似竜として
港湾都市アルベニセを拠点とする狩猟者として、カトレアは魔法『珀晶生成』の凶悪さをよく理解している。即時かつ静謐。なにより、極めて強固。その身に内包する生命力の作用もあり、遠隔強化に至るほど円熟した琥珀豹の珀晶障壁は狩猟者たちの斬撃を真正面から弾き返すという。
事実、レヴィンがどれだけ大きな珀晶を生成しても、
ややムキになったレヴィンが前のめりで魔法を乱発したところに、渦勁を応用した急加速で間合いを詰められ近接格闘に強制移行。最後は真正面からの力比べで完膚なきまでに押し潰されての敗北である。
単純な力により仰向けにされ腹を撫でられるという屈辱。
全身の筋肉を振り絞っても全く対抗できないという絶望。
言い訳のしようもない完敗の果てに、レヴィンはカトレアに心を開いた。
謝罪と好意を込めて、首筋をカトレアに
レヴィンはまだ若く、積み上げた経験も狭く浅い。今日に至るまで
それが実際に組み合ってみれば、ヴィンダヴルすらも遥かに上回る馬鹿力である。
レヴィンは筋肉信奉者。
「お、うおぅ。なんだいなんだい」
ぶちのめした途端に態度が軟化したレヴィンに頬擦りをされ、カトレアは表情を微妙に強張らせた。
矮躯の
もちろん、そんなことをされるとはカトレアも思っていないだろうが、本能的な恐怖が滲んでくるのはどうしても避けられない。
「んふふ。その子、力が強いヒトが好きなんです」
鞘に納めていた〈永雪〉を引き抜きつつ、シルティが歩み寄った。
随分と興奮しているようで、両目は
革鎧や肌に少々の血汚れが残っているが、模擬戦で負った負傷は既に再生済み。消耗した生命力もその辺の草と土を食べてたっぷりと補給した。すぐにでも次の一戦を始められる状態だ。
「次は私とやりましょう! 今度は勝ちますよ!」
「元気だなぁ……。僕、ちょっと休憩したいかも」
「む……。そうですか。じゃ、レヴィンやろっか」
ヴォゥン。
唸り声を上げつつ、レヴィンが白牙を見せた。
◆
組み合わせを交換しつつ、模擬戦に明け暮れる。
シルティ対カトレア。
意思が完璧に統一された疑似竜を多数展開されてしまうと、対多数を好むシルティであっても警戒に隙間が生まれてしまい、カトレアのやたらと巧みな不意打ちで殺される。
だが一対四までならばシルティに分があった。シルティの足は
つまりこの二人の模擬戦は、シルティがカトレアの懐まで踏み込めばシルティの勝ち、何らかの手段で疑似竜を展開する時間を稼げばカトレアの勝ち。
時間稼ぎの手段にも限りがあり、全てが有効というわけではなく、しかも一度使った手は警戒されていく。必然、回数を重ねるごとにカトレアが不利になり、最終的にはシルティの勝ち越しという結果に終わった。
レヴィン対カトレア。
初戦でレヴィンが生成する珀晶の硬さを把握したカトレアは、これならば疑似竜でも壊せると判断し、二戦目以降は遠慮なく
……はずだったのだが、なんと最後の一戦はレヴィンの勝利だった。
開始と同時に
やられた、と敗北を認めるカトレアは、なぜか妙に嬉しそうだった。
シルティ対レヴィン。
この組み合わせは、今のところシルティの全勝である。
既に純粋な筋力ではレヴィンの方が上だ。しかし、お互いの速度差からレヴィンの攻撃が姉を捉えることはなく、シルティの愛する〈永雪〉は『珀晶生成』による障壁を容易く切断する。その上、魔法を攻撃や拘束に使おうとすればシルティは悉くそれを鋭敏に察知し、不発に終わらせることができた。
妹の
幼少期から繰り返される臨死体験によりいつの間にか芽生えた、致死の匂いを認識する感覚。説明も証明も言語化もできないこの感覚をシルティは心底信頼しており、自らの命を預けることに躊躇しない。
加えてシルティはレヴィンのことを知り尽くしているため、この『勘』はまさしく百発百中の精度を誇っていた。
妹が姉を超える日はもう少し先のことになりそうだ。
◆
昼過ぎまで適度な運動を
シルティの奢りで個室を取り、共に入浴する。
ご、る、る、る、る、る、る、る。
レヴィンの喉慣らしが止まらない。湯舟に浸かりながら奏でているので、震動が伝わって細かな波紋が生じていた。
大好きな姉や、随一の馬鹿力を持つカトレアとの
うっとりとした表情で溶けている琥珀豹のすぐ隣で、
「竜も凄かったけど、カトレアの不意打ちも凄かったですね。私、目には自信あるんですけど、何回も見失っちゃいました」
「はっはっは。あれ、実はタネと仕掛けがあるんだよね」
「タネ?」
「うん」
なお、カトレアが
ほっそりとした白い肉体。全体的に筋肉はあまり付いておらず、手足も華奢。
「これがその
カトレアが自らの後頭部から髪留めをバチンと取り外し、シルティに差し出しながらそう言った。
「ふむん? 魔道具ですか?」
シルティはそれを受け取り、
大きな宝石で飾られたバレッタのようだ。宝石はレヴィンのアクアマリンと同じく、楕円形のオーバルカット。一見すると様々な色の混ざった不透明な石のように思えたのだが、よくよく見るとそれは、無色透明なガラス質に十数枚の羽根が小さく丸められた状態で内包されたものだった。羽根の色は、青、赤、白、黒、緑、黄……その他、様々。底部の方にある羽根の色は定かではない。
なんとなくだが、幾何学的な配置になっているような気もする。適当に丸めて詰め込んだというわけではなさそうだ。表面を指でなぞると、楕円形の円周部にいくつか小さな穴が開いているのがわかった。
生命力の導通補助装置である
「んーむ。作るのめちゃくちゃ大変そうですね」
大きい宝石と言っても親指の先ほどしかない。この空間に十数枚の羽根を正しく収めるとなれば相当な技術が必要になる。まず間違いなく
「まーねー。高かったよ」
シルティは慎重な手付きでバレッタを返却すると、カトレアは慣れた様子で後頭部に戻す。
そのまま
非常に
一瞬後、違和感を覚えなかったことに違和感を覚え、そして気付く。
「あっ!
「はっはっは」
うねうねと身体をくねらせる
その体表は明るい赤橙色とは程遠い暗褐色を呈しており、また、背中と脇腹には黄色の縦縞が一定の幅で走っていた。
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