第181話 疑似竜群
見覚えのある疾走を披露している
前方から滑るように接近して来る
四肢を羽ばたかせ空中を泳ぎ回る
竜を模す八つの
例えば
(
シルティは寝かせた〈永雪〉の
見たところ最も足が速いのは
移動によって
しかし、せっかくの機会なのだ。
どうせなら一気に襲って貰おう。
シルティは意図的に理性を手放し、自らの趣味嗜好に身を委ねることにした。
一拍待ち、いざ接敵。
ここまで近付けば煙幕の中でも視認できる。赤橙色の疑似竜たち。体表の鱗すら細かく再現されており、ざらざらした見た目で、色以外は全く違和感がない。執念すら感じるこだわりっぷりである。知識のない者がこれを見せられ、こういう色合いの竜ですと言われたならば、きっと一も二もなく信じてしまうことだろう。
カトレアさんはレヴィンと気が合いそうだなぁ、とシルティは少し和んだ。
二匹の疑似
相手は変幻自在の
初撃を躱された
だがしかし、どれほど精巧に作られていても
(……
なんとなく。言語化できない曖昧な予感が見事に的中した。左右に散開する
魔術『
(やっぱり、
実物を殺したシルティだからこそわかる。この疑似
ゆえに、なんとなくだが、動きが読めてしまう。もちろん、それを
シルティは更に前へ。敢えて
容赦なく振るわれる
随所に挟まれる
自慢の広い視野で全てを把握し、丁寧に
「くふっ」
超楽しい。
幸せなじゃれ合いを楽しんでいると、徐々に土煙が晴れてきた。視界が拡がったことでシルティの動きはなおのこと冴え渡る。
すると、ようやく上空の
さらにカトレアが動いた。身体を支えていた触手がぐにゃりと崩れると同時に、カトレア本人も小ぢんまりとした体勢に移行する。赤橙色の
二足歩行、四足歩行、飛行、そして
四者四様、選り取り見取りの捕食者たちが襲ってくる。
「くひッ」
超嬉しい。
二匹の
小刻みな足運びで一瞬の後退を刻み、直後に前後に開脚。急激な沈身で
体勢が崩れた獲物を
回避の流れで身体を小さく丸め、数度の横転。慣性を掬い上げて跳ね起き、後跳し――シルティの視界に突如カトレアが映った。
(おあっ)
初速度から想定したよりずっと近い。僅かに目を離した隙に急加速したのか。
太く長い
殴って来るつもりだ。あのぶっとい
防御できずに受ければ死ぬ。防御してもぶっ飛ばされれば必死に陥る。
ならば、まともに受け止めるしかない。
魔術『
肘を畳み、〈永雪〉を正中線に構え、瞬間的に息を吸う。
全生物が恐れるべき
巨大な
「ゴボぇッ」
腕越しに肺腑が潰され、盛大に漏れ出した息が気泡の混じったような音を鳴らした。
両足が地面を抉り、平行な
いやはや、なんという馬鹿力か。魔術という
だが、受け止めた。受け止めてやった。唾液混じりの血で濡れたシルティの唇が満足げに弧を描く。
対するカトレアの目は驚愕に見開かれ、硬直していた。それだけ自信のある一撃だったのだろう。
本来は膂力の差で成立し難い武器の交差を無理やりに実現した。そして、相手は茫然としている。
この上ない好機。
シルティは左手を
だが、硬い感触と共に、再びの金属音。
こればっかりは仕方がない。奇襲の失敗を認識したシルティは即座に後退しつつ、左手をさらに一閃した。
左逆袈裟に掻き斬る動きで鴛鴦鉞を弾き上げ、不完全な
単純な膂力で敵うはずもなし。この状況では得物の交差を介する手癖の悪さでも及ばない。シルティは身体ごと退がり、刀身を鴛鴦鉞の
だが、これは見え見えすぎたようだ。シルティが退いた分だけカトレアが踏み込み、得物の拘束を維持。さらに別の触手を振るった。鞭のように弧を描き、シルティの背中を狙う
シルティは頭を振り視線を背後に飛ばした。瞬時に触手の軌跡を予測。魔術『
並行して、シルティはカトレアに前蹴りを放っていた。貫くような蹴撃が
「ぐギッ」
瞬間、シルティは地震や火山噴火にも似た雄大な衝撃を体内に感じた。
同時に、右足全体に悍ましいほどの激痛が生じる。
さもありなん。
だが、そのおかげでシルティは後方へ吹き飛べる。拘束された〈永雪〉を身体ごと引き抜いて救出しつつ、飛鱗を使って生み出した安全圏に転がり込んだ。
呼吸を入れる暇などない。襲い掛かるは空の四肢竜。彼我の間合いはわずか一歩。狙いは首か。忙しい。
咄嗟に
(んっ)
刃を切り返し、低空の左袈裟。
(なん)
身体を反転、振り向きざまの左逆袈裟。
これもまた、
「はっ?」
茫然とするシルティの左頬から、勢いよく鮮血が噴き出す。
四翼一尾の羽ばたきが生み出す鋭角な方向転換。確かに
それが、シルティの斬撃を三度も躱し、しかも、擦れ違いざまに翼角の鉤爪でシルティの頬をざっくりと斬り裂いていった。
まるで飛鱗を足場にして空中を跳び回るどこぞの蛮族のようだ。
(……いや、凄すぎでは?)
引き延ばされた視界の中、四肢を羽ばたかせて急速に上昇していく
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