第162話 着色の可能性
「レヴィン、お願い」
シルティの要請を受け、レヴィンが魔法を行使した。
生成されたのは、高さがシルティの身長の二倍半ほどもある直立した巨大フラスコ瓶。蒸留の際に原料を入れて熱する方のフラスコ瓶で、専門的な用語では『ククルビット』と呼ばれるものだ。細い首の根本には給水用の口が開いており、そこに辿り着けるよう側面からは
全てが一体型で生成されているので体積は充分だ。これならきっと
さらに、アランビックの先端に凝縮室となる受け瓶を生成し、その受け瓶を冷やすための冷却槽を追加で生成すれば、巨大な蒸留器の完成である。
「おお。凄い」
魔法『珀晶生成』を見た経験に乏しいシグリドゥルが感嘆の声を漏らした。
「……というか、少しずるい」
直後、
ちなみに、本日のシグリドゥルは
羨望の眼差しを受けたレヴィンは
巨大な
かつて鍛冶屋『髭面の孫』で披露されたシグリドゥルのコレクションが次々と再現され、空中に展示される。
「ぃひっ」
その途端、シルティが戦闘中のようなキレを発揮してうきうきと刃物の群れに突入していった。まるで灯りに誘引される
しかし、シグリドゥルは不満そうに目を細めた。
「違う。全然ダメ」
予想外の言葉を聞き、レヴィンの動きが止まる。
シグリドゥルはまず、鉱山斧の〈スリアヴ〉を指し示した。
「レヴィンの〈スリアヴ〉は斧頭が小さいし、なにより
続いて、短柄のハルバードに指先を向ける。
「〈ゴッヴォ〉は
バックソード。
「〈スペイシュ〉の
タルワール、プルワー。
「〈ガーラィ〉は刃先の方のシルエットが少し下品。撫で斬りした時に抜けにくいから手首に負担がかかる。〈ピナー〉は身幅はぴったりなのに紙二枚分くらい薄い。そのせいで刃角が狂ってる」
ククリナイフ、ツヴァイヘンダー、風火輪。
「〈メァファン〉は私の遊び心でチョーを
容赦のない長々とした批評が叩き付けられた。
言われても常人にはほとんど理解できないような些細な点だが、
シルティは周囲に展開されたそれぞれの刃物に目を向け、腕を組みながらうんうんと頷きながら「さすがシグちゃん」などと呟いていた。周知の通り、彼女は刃物に関しては全く常人ではない。
自信のあった精密模造に落第点を付けられたレヴィンは、虚を突かれたように目を真ん丸に見開いたあと、低く唸り声を上げ、前肢を揃えて姿勢を正す。
力量不足を指摘された際、
レヴィンは刃物を模した珀晶をすぐに全て消去した。シルティががっくりと肩を落としたが、今はそれどころではない。
ダメ出しされた点を当
「うん。よくなった。でもまだ違う。〈スリアヴ〉は筋力で使うための刃物。斧刃はもう少し
◆
シグリドゥルの細かな修正を受けながら再生成すること七回目。
ようやく納得のいく出来栄えになったらしい、
「ばっちり。いい勘してる」
レヴィンもまた満足げに喉を鳴らし、シグリドゥルの髭や髪に感謝を込めて
同じ刃物狂いの愛の
シグリドゥルが微笑み浮かべながらレヴィンの
「これからももっといろんな刃物を覚えて。そうすればきっと、自分で刃物が作れるようになる。刃物造りは死ぬほど楽しい。早く
どこか粘性を感じさせる声音で、シグリドゥルは己が
レヴィンは
珀晶で複雑な構造を模倣したり、状況に適した形状を考えたりするのは間違いなく好きなのだが、刃物に関してシグリドゥルほどの領域に至りたいかと問われると、それはちょっと遠慮したい、というような表情である。
「……そういえば」
不意に何かを思い出したのか、シグリドゥルはシルティの方へ振り返った。
「お爺ちゃんに聞いたことがある。
「ほうほう! 初めて聞く名前!」
予想外の情報に、シルティが顔を輝かせて食い付く。
レヴィンにとっても興味深い内容だったのか、倒していた耳介をプルンと震わせながら立てた。
「空気の色だって変えられるって言ってたから、上手く魔道具にしてレヴィンが使えば、珀晶の色を変えられるかも」
「んんん。いいなあそれ。すっごい欲しい」
珀晶は基本的に黄色かつ透明であり、内部構造を工夫しても半透明が限度。これに手軽な着色が可能となれば造形の幅は一気に広がる。魔法で様々なものを模造するのはレヴィンの趣味の一つなので、これは是非ともプレゼントしたい。同じく趣味の一つである天体観測にも役立つはず。
レヴィンの趣味を抜きにしても、単純に狩猟用途でも有用そうだ。臨機応変な迷彩というのは非常に凶悪な暴力。岩石や倒木などの自然物を模した珀晶の中に潜んで獲物の接近を待ち、シルティが珀晶ごとぶった斬れば、視覚的にはほぼ完璧な不意打ちとなるだろう。
「その塗染孔雀って、アルベニセには居ないの?」
「生息しているのは、カラキザドニアよりもっと先」
「んあ。遠いなあ……」
「お爺ちゃん、若い頃はそっちに住んでたんだって」
カラキザドニアはシルティが本来到着する予定だった港街の名で、アルベニセの隣の隣の隣の隣の都市である。さらにもっと先に生息しているという話だから、現在地から見ると相当に遠い。塗染孔雀の魔道具を手に入れられるのは家宝〈虹石火〉を引き上げたあとになりそうだ。
レヴィンが姉を上目遣いに見つめながら、小さく
「ふふ。いいよ。そのうち買おっか」
シルティが約束すると、レヴィンはまだ完治していない尻尾をまっすぐに立ててのしのしと歩み寄り、姉の胸元にズンと頭突きを見舞った。そのまま側頭部を荒々しく
シルティは身体能力を増強してそれを受け止めながら、シグリドゥルに輝かんばかりの笑顔を向けた。
「ありがとシグちゃん。ノスブラに帰る前に、絶対、また来るから」
シルティが遍歴の旅の途中だということはシグリドゥルも知っている。
「その時はレヴィンにサウレド大陸中の刃物を再現して貰って、一緒に鑑賞会しようね! ちゃんと色付きで!」
「うん。私も新しいの作るから。楽しみにしてて」
「楽しみっ!」
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