第125話 骨董品の小鳥
ヴィンダヴルとの珠玉の模擬戦を終えてから、およそ
レヴィンは珀晶で
港湾都市アルベニセでも有数の富豪である
ちなみに、先日斬った
レヴィンはこれが随分と気に入ったようで、後肢で立ち上がってジョエルに抱き着き、感謝を示すように首筋を舐め回していた。
……今思えば、ジョエルの屈強な
閑話休題。
シルティは柔らかいリビングチェアに腰を落ち着け、唇をぴったりと
「先生。マルリル先生」
初めて声帯を切開してから六十日弱。
毎晩のように喉を
今は最終確認として、口を開かずに発声できるかを見ているところである。
物理的に存在する肉体と切り離し、感覚と生命力だけで個別に動かせなければ、精霊の喉が本当の意味で完成しているとは言えない。
「どうでしょうか。聞こえます?」
「……うん。いいわね。ばっちりよ」
にっこりと笑ったマルリルが合格認定を告げる。
「やったっ!」
シルティは閉じていた唇を開いて歓声を上げた。
既にシルティは
精霊術という超常の技術にシルティの指先がかかった。
あとはずぶりと爪を食い込ませ、逃がさないように握り締めるだけ。
「マルリル先生、本当にありがとうございますっ!!」
「どういたしまして。と言っても、なんだかあんまり大変だった気がしないわ。あなた、霊覚器が揃うの早すぎるんだもの」
喜びを噛み締める生徒を微笑ましく眺めつつ、マルリルは透き通った緑色の
マルリルは精霊の耳を構築するだけで四年かかっている。その後、目と喉の構築を平行して進め、目は五か月後に、喉はさらにその八か月後に完成した。
最初の耳の構築に関しては、
「初めて耳に朱璃を注いだのが……いつぐらいだったかしら」
「えっと……。四か月、半? くらい前ですね!」
「……。改めて聞くと、本ッ当に早すぎるわね」
「ふふ。我ながら、精霊術に向いてたのかもしれません」
「間違いなく向いてるわよ。正直、異常なくらいだわ」
「んふふふふ……。照れます」
「私なんか、喉に一年以上かかったのよ?」
マルリルは苦笑交じりに溜め息を吐いた。
要した年数の差は、やる気の差だろうか。
マルリルはマルリルで、真剣にモテたかったのだが。
「喉はほら、やっぱり、お風呂で刺しながらやったのが良かったんですよ! 先生もまた精霊術を教える機会があれば、ぜひ!」
「うッん……それは……いや……どうなのかしらね……」
明るく
ほんの数日前、マルリルはフェリス姉妹と共に公衆浴場を利用し、蛮族式の精霊の喉構築法を目の当たりにしていたのだが……全裸のうら若い乙女がほっそりとした喉に刃物を突き刺し、身体の前面を真っ赤に汚しつつ、恍惚としながら精霊言語を延々と唱える光景は、めちゃくちゃ
今後、マルリルが精霊術の生徒を新しく取るとしても、できればやらせたくない。怖すぎる。
「んンッ。それで、この後だけれど」
咳払いをし、マルリルが話題を切り替えた。
「次は
「はい! よろしくお願いします!」
「ええ。万が一
「そしたら次は
これまでほどの頻度ではなくなるが、今後も引き続きマルリル宅で言語学習を進める予定だ。
以前宣言したように、シルティの将来的な目標は四大精霊の制覇。実現のためには
マルリルとしても中途半端に終わらせるつもりはない。いずれは素敵な男性との出会いを求めてノスブラ大陸へと渡るつもりだが、少なくともシルティが家宝〈虹石火〉を引き上げるその日までは協力するつもりである。
三百歳までにはなんとか結婚したいと思っているので、その辺りが期限と言えるかもしれないが、あと五十年弱はあるのだ。可愛い生徒のためなら、五年や十年くらいここに留まっても後悔はない。
「んふふっ。早く撃てるようになりたいです、
「あっ!」
シルティが気炎を吐いた瞬間、マルリルが声を上げて立ち上がった。あまりの勢いに、テーブルの上の茶器がカチンと硬い音を鳴らす。
「うおっ。びっくりしました……」
「ご、ごめんなさい」
「どうしたんですか……?」
「思い出せてよかった。
「え、あ、はい」
マルリルが慌ただしく席を外し、なにやら別室でしばらくゴソゴソと音を立て、戻ってきた。腕の中に小さな鳥を七羽も抱きかかえている。
小鳥たちはぴくりとも動かない。死骸……いや、
「あなたにこれを貸してあげる。七個全部必要だから、忘れずに持って行ってね」
「えっと? 鳥の剥製ですか? ……触っても?」
「もちろん」
テーブルの上に七つの小鳥をそっと乗せ、マルリルは再び席に着く。シルティは七羽のうちの一羽を掴み上げ、手のひらの上で観察した。
握った瞬間、違和感を覚える。剥製にしては妙に柔らかい。
尾羽を除けばシルティの拳ほどの大きさの小鳥だ。腹は白く、額と喉が赤い。それ以外は青みがかった黒色。小ぢんまりとした
しばらく剥製を観察していたシルティは、
生命力の導通補助装置、
シルティは目を見開き、動きを止めた。
「おわっ。魔道具だったんですか」
「そうよ? この状況でただの剥製を出すわけないじゃない」
「それは……そうですね。すみません。剥製型の魔道具って初めて見たので」
生前の姿をそのまま模した剥製型の魔道具は、魔道具の中でも最も原始的なものである。
シルティがこれまで手に入れてきた魔道具は、どれも使い易い形状に落とし込める段階にまで魔術研究が進んでいたので、小鳥の剥製にしか見えないこれが魔道具であるとは思わなかったのだ。
「というか、こんな高いもの、七個も借りられませんよ……」
「大丈夫よ。それ、私が前に使ってたものなの。もう古すぎて値段なんか付かないから」
「古すぎて、って……」
シルティは少し笑いそうになってしまった。
長寿を誇る
「もちろん、壊れてはいないわよ?」
「でも、やっぱり七個は多いですよ。私、なんというか……
「残念。この魔道具、効果が弱くてね。複数揃えないとまともに使えないの」
「んんぅ……」
「もちろん朱璃は交換済み。あなたが優秀だから、集めた朱璃が余っちゃって。今すぐにでも血縁結べるわよ」
「……わか、り、ました。必要なんですね。お借りします。ありがとうございます」
マルリルがこう言っているのだから、おそらく、
シルティはありがたく貸して貰うことにした。
「それで、これはどんな魔道具なんですか?」
「雷避けの魔道具よ」
「雷避け、ですか?」
「ええ。大きな雲の中に行くのだから、雷の対策は必須でしょう?」
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