第126話 背乗燕と雷竜
シルティは手の内の剥製を改めて観察した。
「〈雷避け〉……。初めて見ましたけど、この子たちはどんな魔物なんですか?」
「うん。シルティ、
「! はい、知ってます! でっかくてめちゃくちゃ大人しい竜ですよね!」
「そうそう、それそれ」
笑ってしまうほど長大な頸部と尾部を持つ、見上げるように巨大な六肢動物の一種だ。アルベニセよりもずっと北方に生息する
最強生物である竜としては頭抜けて温厚なのんびりとした性質で知られており、他の動物が近寄って来てもほとんど気にすることはない。
また、数匹の群れを作るというのも、竜としてはかなり珍しい生態だと言えるだろう。
彼らがその身に宿す魔法は三種。竜共通の破壊魔法『
つまり彼らは、
一説によると、雷雲を生み出すあるいは呼び寄せるような効果もあるとかないとか。これについては検証方法がないので事実かどうかは不明だが、
雷を浴びる際は、前肢を持ち上げて中肢と後肢のみで立ち上がり、長い頸部を垂直に伸ばして雷を呼び込む。頭頂部が
もう一つの魔法『投雷』は、『呑雷』とは逆に生命力を雷に変換する魔法だ。
外敵に対する攻撃としても凶悪だが、最強生物たる彼らは基本的に無敵である。自衛手段としてはほとんど使われず、仲間に向けてぶっ放すことの方が遥かに多いらしい。なおこれは攻撃ではなく、獣たちの
ちなみに、同族同士でなんらかの争いが起きた場合は、首の長さを競って決着をつけるとか。
なにからなにまで平和な竜である。
テーブルの上の小鳥を指先でつつきながら、マルリルは説明を続けた。
「この鳥は
「えっ、竜の背中にですか? そんなの、すぐに落ちちゃいそうですけど……」
「ふふ。ちょっと待ってね」
マルリルは魔法『
「おおっ! もしかしてこれ、
「そうよ。見たのは初めて?」
「はい。話には聞いてたけど、首と尻尾、ほんとに
シルティは身を乗り出して顔を近付け、じいっと観察を始めた。
マルリルはクスクスと笑いながら、伸ばした指で模型の
「見て。ここ、
私も直接見たことはないんだけれどね、とマルリルは締めくくった。
「へえぇ……。こんなにちっちゃいのに、なかなかやりますね」
シルティは愉快そうに笑いながらテーブルの上の剥製たちを見る。
「肝心の背乗燕の魔法は、『
「んむん。それで、〈雷避け〉の魔道具になるわけですか」
シルティは浮かべていた笑みを消し、代わりに尊敬の目で剥製たちを見た。
九歳の頃に雷に打たれた経験のあるシルティは、雷の
まさかこんなちっちゃい身体で、あの凄まじい熱量と破壊力を
「……でもなんだか、随分と
「うーん……。まあ、他の魔物もさすがに
マルリルは伸ばした人差し指を自らの
「というより。
「あー、なるほど」
シルティは指で剥製の頭を撫でながら、眉間に
「……ってことは。この七個の剥製を持ってたら、雷を
「ええ。その〈雷避け〉は周囲から雷を遠ざける……というか弱める魔道具なの。くっ付いていればレヴィンも守れるでしょう」
「……んん」
「……どうしたの?」
「雷って避けなきゃダメですか?」
「え。……あなたまさか」
マルリルが目尻を吊り上げる。どうやら怒っているようだ。しかし残念ながらマルリルは垂れ目なので、迫力は全くない。優しそうな怒り顔である。
「痛いからまた雷を浴びたい、なんて言うんじゃないでしょうね?」
「もちろん、浴びたい気持ち
「もちろん、じゃないわよ。やめなさい」
「あ、いえその、今回は浴びるつもりはないんですよ? ただ……」
シルティは渇望を孕んだ目でにたにたと笑った。
テーブルに立てかけてあった〈永雪〉を愛おしそうに撫でる。
「前から、雷を斬ってみたかったんですよね」
「
マルリルは顔を盛大に引き攣らせた。
「いや、あなたね」
「難しいのはわかってます。でも、絶好の機会ですし! 斬り損ねても耐えてみせます! 今の私なら、一発くらいなら、多分余裕です!」
気炎を吐くシルティとは対照的に、マルリルは盛大な溜め息を吐く。
「シルティ、少し冷静になって? 雷を斬るって……
「天雷がどれだけ速いと思ってるの?」
魔雷にせよ天雷にせよ瞬間の現象なのだが、生物の意思が根底に存在する前者は、純粋な自然現象である後者よりも遥かに遅く、また威力の面でも劣ると言われていた。事実、一流と呼ばれる狩猟者たちは魔雷を
マルリルも、
だが、天雷は速すぎる。
あれはもう、光ると同時に命中しているようにしか思えない。
マルリルの認識では、空と大地を一瞬で繋ぐ天災に追いつくというのは『至難の業』ではなく、はっきりと『不可能』なのだ。
「え、でも……
一方、シルティの認識では、雷の切開は『至難』の範疇に収まっていた。
形相切断により天雷を斬ったという逸話は大陸を問わず広く散見される。わかりやすく派手なので、いろいろと
実際に斬った者がいるのだから、自分に斬れないわけはない。必ず斬ってみせる。シルティはそう決意していた。
しかし。
「そんなの全部嘘よ」
マルリルはぴしゃりと言い切った。
彼女は、天雷を斬ったというような話は全て、自らへの箔付けを狙った虚偽妄言あるいは己を追い込むための大言壮語だと思っている。
確かに、形相切断に至った者が、天雷は柔らかいのだと心底確信し、刃を合わせることが叶うならば、これを切開することは可能だろう。
だがそれはあくまで理屈の上での話。ただ単に天雷の経路と刃が重なるだけではもちろん駄目だ。これを実現するためには、天雷の動きを克明に
どれだけ目が良くても、どれほど主観時間を引き延ばしても、人類種が天雷の動きを視認するのは不可能だ。マルリルはそう考えていた。
「確かに見栄張っちゃったヒトもいるかもしれませんけど……」
マルリルの言葉を受け、シルティは唇を小さく尖らせる。
「でも私は、全部が全部嘘ってわけじゃないと思います」
およそ
あんなイカれたことを軽々と
「うーん……そうかしら……だって、アレよ? 雷よ? ピシャン、ゴロロロロ、のアレなのよ?」
「ほら、ヴィンダヴルさんとかなら絶対斬れますよ!」
「あー……んんー……ヴィンダヴルさんね……どうかしら……」
マルリルとヴィンダヴルとの間に面識はない。マルリルは港湾都市アルベニセでかれこれ八年弱ほど狩猟者をやっているが、ヴィンダヴルはもう二十年ほど前に引退しているので、活動時期が全く被っていないのだ。
だが、かつてアルベニセの狩猟者の中では最上位に位置していた
彼が凄腕だったという話も、様々な相手から聞いている。
他ならぬシルティの言うことだから、信じてあげたいという気持ちもある。
だが。しかし。
人類種が。
天雷を。
斬る。
(いやー……無理でしょ……)
マルリルにはどうしても信じられなかった。
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