第113話 同類



「じゃあ、どんなのがいい?」

「はい! レヴィン、〈紫月しづき〉を作ってくれる?」


 シルティが頭を撫でると、レヴィンが尻尾をくねらせながら魔法『珀晶生成』を行使した。半透明な黄金色の太刀が音もなく空中に出現する。今は亡き〈紫月〉を精密にかたどった完璧な模型だ。レヴィンは魔法の訓練で〈玄耀〉や〈紫月〉を数え切れないほど模してきたので、これらを珀晶で再現するのは朝飯前である。

 唐突に表れた太刀に、シグリドゥルはビクリと肩を跳ねさせ、目を見開いた。


「……凄い。これが噂の琥珀豹の魔法……」

「これ、私が前に使ってた大好きな太刀なんです。同じような刃渡りでお願いします。装飾は要りません」

「ふうん。どれどれ」


 シグリドゥルがこの上なくうきうきとした様子で珀晶太刀のつかを握り、動かそうとして、動かせずに止まる。


「ん? 動かない」

「珀晶は作った場所から動かせないんです」

「……。そう言えばそうだった」

「レヴィン、角度変えて何個か作ってくれる?」


 すぐさま追加で四本の太刀が生成され、空中に展示された。シグリドゥルは足と頭部を忙しなく動かして〈紫月〉の形状を把握。親指と人差し指を使って各種の寸法を測定した。

 鉱人ドワーフの動作は完璧だ。彼らが自らの身体を用いる測定には塵芥ちりあくたの狂いも存在しない。


「綺麗な太刀。少し先反りで癖があるけど、これがいい?」

「はい。先重心のほうが使い易いので」

「ふうん。……つかがかなり長め……ん? 目釘めくぎがない?」

「あ、これ刀身と柄が一体物いったいものなんです」

「ふうん? 共金造ともがねづくりか。もしかして、森人エルフが製作に関わってる?」


 マルリルが対人で愛用する長い短剣バゼラードがそうであるように、森人エルフが即興で作り出す霧白鉄ニフレジス製の武器は基本的に一体成型品である。つまり、〈紫月〉や〈玄耀〉と同じく、つかなかごが分かれていない構造だ。シグリドゥルが〈紫月〉に森人エルフの関与を予想したのはそういう理由からだった。


「あー。ふふ。森人エルフの武器って一体成型で格好いいですよね」

「わかる」


 ちなみに、かつて朋獣認定試験の際にマルリルが身に着けていたように、森人エルフは戦闘に際して両手に頑丈なグローブを着用することが多い。これは、一体成型武器を握る際の衝撃緩和、そして滑り止めを目的としたものである。

 もちろん、表面に滑り止め加工を施した状態で創出することも可能だ。しかし、魔法『光耀焼結』で創出する霧白鉄ニフレジスは単純であればあるだけ早く創出を完了できる。戦闘中は可能な限りの迅速さが求められるため、森人エルフの戦装束にはグローブが含まれるのだ。


「でも、これは違います。〈紫月〉は私が鋸折紫檀を削り出して作った木製の太刀です」

もくせ……え、これが? 木製? これを? あなたが削り出した?」

「はい。さすがになかごつかを作る余裕はなくて……」

「ふうん?」


 シルティの受け答えのなにかが琴線に触れたのか、シグリドゥルはやけに嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「じゃあ、今回も、真銀ミスリルの一体型がいい? やろうと思えば、できなくはない」

「いえ、つかもお願いします」

「わかった。ちょっと、そこに立って」


 要請に従って起立したシルティに、シグリドゥルは機嫌よく鼻唄交じりに近寄り、周囲をぐるぐると回りながら全身をじろじろと眺めた。


(う。……へ、変じゃないかな?)


 正装鎧姿ならば自信を持って胸を張れるが、今は着慣れない普段着だ。どうしても気恥ずかしさを覚えてしまうシルティである。


「少し、身体に触らせて」

「はい」


 シグリドゥルがシルティの右腕を取った。両手で前腕と上腕をぎゅむぎゅむと握り、指を一本一本検めている。筋肉の付き方や骨格を把握しているのだろう。

 腕を持ち上げ、手首をくりくりとね回し、関節の可動域を確認。

 両肩を掴んでゴリゴリと揺り動かし、さらに首筋を大きな手のひらで包むように撫でた。

 背後に回って背骨を二本の指で挟むようになぞり、それから肩甲骨のふちに沿って指先をめり込ませる。

 脇の下を保持してぐいと持ち上げ、体重を測定、肋骨の柔らかさも調査。

 腰回り、腹直筋や外腹斜筋を指圧して体幹を掌握。

 お尻と太腿、膝とふくらはぎを鷲掴みにし、執拗に揉む。

 最後には半長靴と靴下を脱がせて座らせ、足首はもちろん、足指の間まで、入念にチェック。


「なるほど。速そうな身体」

「んへへ。わかります?」

「触ればわかる」


 自慢げに頷くシグリドゥルの脳裏には、今は存在しない左腕を含む、シルティの精密な全身筋骨模型が出来上がっていた。

 さらにシグリドゥルは、脳裏に構築した筋骨模型にレヴィンが生成した黄金色の太刀を持たせ、想像上のシルティに様々な演武を披露させる。そうして、想像上のシルティの肉体が動きやすいように、想像上のシルティの肉体が喜ぶように、黄金色の太刀をリアルタイムで微調整していった。

 脳内だけで入念な調整を終え、シグリドゥルは髭をもさもさと揉みながら満足げに頷く。


「うん。よし。わかった。……そう言えば、しづきって、この黄金色の太刀の銘?」

「あ、はい。そうです」


 シグリドゥルが柔らかく笑った。


「いい響き」

「……へへ」


 シルティは照れた。





 新たに真銀ミスリルを製錬する必要が生じた際のため、ある程度人口の多い都市で暮らす鉱人ドワーフの間にはある種の情報網が構築されるのが自然だ。これはサウレド大陸に限った話ではなく、シルティの故郷であるノスブラ大陸でもほぼ同様だった。

 真銀ミスリル作るから集まってくれ、対価はこんなもんだ、と募集をかけると、条件を良しと判断した鉱人ドワーフたちが集合するのである。数十人の鉱人ドワーフが夜に集まって月の光を浴び、仄かに銀煌ぎんこうを帯びた髭を剃り落とす光景はなかなかに壮観だ。


 鉱人ドワーフの鍛冶師シグリドゥルの見立てでは、シルティの太刀が出来上がるまで最短で二十日ほどとのこと。

 まずは鉱人ドワーフたちに募集をかけて髭を集め、真銀ミスリルを製錬して地金インゴットを作る。これは夜の天気にも左右されるが、早ければ三日。地金を手に入れたら鍛刀に移り、十日ほど。研ぎに一日。こしらえに六日である。

 つまり、眼球や腕を再生できたとしても狩猟はしばらくお預けということだ。


「出来上がった頃に、また来て」

「はい! ……あの、待ち切れずに覗きにきたら、ご迷惑ですか?」

「鍛冶に興味があるの?」

「はい。私、刃物が大好きなんです。愛してるんです。だから、生まれるところも見ておきたいなって」


 シルティがそう言うと、シグリドゥルは目を細めて笑顔を作った。

 豊かな髭に隠れているが、よくよく見ると、口元も盛大に緩んでいる。


「気が合う。私も刃物が大好き。愛してる」

「おっ。マジですか」

「マジマジ。綺麗な刃物を見てると、凄く興奮する」

わかりますッ!!」

「いい刃物が作れると、気をりそうになる」

「私も、いい刃物で生き物のお肉を斬ると、頭がぼーっとしちゃいます!」

「なんで好きなのって聞かれると、困るけど」

「理屈じゃないですよね、愛って」

「そう。好きなものは好き」


 シグリドゥルとシルティは顔を見合わせ、にんまりと笑い合い、どちらからともなくガッシリと力強い握手を交わした。

 病的なまでの刃物愛好家。

 鉱人ドワーフの爺ヴィンダヴルが、孫であるシグルドゥルをシルティの『同類』と称した理由である。

 使う方に傾倒した変態がシルティだとすると、シグリドゥルは作る方に傾倒した変態だった。

 そんな二人を、レヴィンは少し離れた位置から胡乱うろんげな視線で見つめている。

 レヴィンは姉の趣味嗜好刃物愛好について、そういうものなのだと理解はしているが……共感は、あまりできていない。


「いつでも見に来て」

「ありがとうございます!!」

「よかったら、私の刃物コレクション、見てく?」


 基本的にシグリドゥルが打つのは受注生産品であるため、完成すれば手元親元を離れて行ってしまうのだが、商売抜きで完全に趣味として打ったものがいくつかあるという。

 シルティは飛び上がって喜んだ。


是非ぜひ! お願いしますッ!!」


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