第114話 燦紅鈥



 その後、シルティはシグリドゥルが製作したいくつかの刃物を披露され、心ゆくまでで倒すことになった。


 ヴェルグールの得物よりも更に巨大な斧頭を備えた鉱山斧。格好いい。

 矮躯の人類種のために作られたと思しき短柄のハルバード。格好いい。

 分厚く頑丈な峰を持ち切先のみが諸刃となるバックソード。格好いい。

 同じく切先諸刃だが、緩やかに湾曲する刀身のタルワール。格好いい。

 タルワールよりも更に大きく湾曲した刀身を持つプルワー。格好いい。

 逆に、湾曲した刀身の内側に刃を持つ大型のククリナイフ。格好いい。

 刃渡りがシルティの身長を超える異様なツヴァイヘンダー。格好いい。

 天峰銅オリハルコンの触手での操作を前提とするらしき七枚組の風火輪。格好いい。


 そして最後、シグリドゥルが満を持して自信満々で見せてきた打刀うちがたな、そのを見て、シルティは大きく目を見開いた。


「こッ……これは……もしかして、燦紅鈥カランリルですか!?」


 シルティの言葉を聞き、シグリドゥルもまた大きく目を見開いた。


「へえ。マイナーな素材なのに、よく知ってる。そう、これは燦紅鈥カランリル


 燦紅鈥カランリル

 鈥峰天蚕かほうテンサンと呼ばれる蛾の魔物のまゆから採れる超常金属の一種だ。

 外見は上質なルビーを思わせる鮮やかな赤色。武具用途にも充分に耐える強靭さを持ち、また、衝撃が与えられると間髪入れず、というわかりやすく派手な特性を持っている。


 超常金属に分類される物質は数多くあるが、宵闇鷲よいやみワシが身に纏う宵天鎂ドゥーメネルをシルティが知らなかったように、全てが全て有名だというわけではない。超常金属は魔法を存在の起源とするため、生産者である魔物が生息していない地域では絶対に採れないうえ、大抵の場合はその生産量も極少量。必然的に、超常金属の知名度というものは地域に限定されがちだ。

 情報が海を越えるほどに有名な超常金属ともなると、四大超常金属(鉱人ドワーフ真銀ミスリル森人エルフ輝黒鉄ガルヴォルン岑人フロレス天峰銅オリハルコン真竜エウロス至金アダマンタイト)を除けば、本当に数えるほどしかないのである。


 燦紅鈥カランリルについても、主張の激しい外観や特性とは裏腹に、さほど一般に知られた金属ではないだろう。

 というのもこの燦紅鈥カランリル、どうにも使い勝手が悪いのだ。

 衝撃に反応して火を噴くという特性は、日用器具の素材とするにはあまりに不向きである。火打石などの替わりとしても使いにくい。なにせ火力が凄まじいうえにやたらと敏感なので、難燃生地で包み、緩衝材で保護していてもなお、たびたび火事が起きるのだ。鞄や馬車で持ち運ぶのは怖すぎる。炉やかまどに据え置かれる固定式の火種として使うのがせいぜいだった。

 他の特徴としては、目の覚めるような美しいルビー色の外見が挙げられるが、しかし装身具アクセサリーの材料としてもやはり使えない。燦紅鈥カランリルのネックレスを身に着けた状態で愛しい人を強く抱き締めでもした場合、恋心からではなく物理的に胸が燃えてしまう。


 では、武具類の素材としてはどうか。

 これで刃物を作って戦闘に用いる場合、単純でなめらかな斬り傷ではなく、断面が焼き潰された斬り傷を相手に与えることになる。焼灼止血しょうしゃくしけつが施されたような状態になるため、出血量自体は少なくなるのだが、火傷やけどは多くの魔物にとって厄介な傷だ。

 かつて雷銀熊らいぎんグマにちょっかいを出して爆破されたとき、シルティは左半身や気道に火傷を負わされたが、あの程度の軽い火傷ですら再生には二日弱もの時間がかかった。シンプルな傷に比べ、ただれた傷の再生にはどうしても時間がかかるのである。


 というと、燦紅鈥カランリルの噴火する特性は素晴らしい暴力のように思えるが、残念ながら狩猟者用の武具としての実用性も乏しいと言うほかない。

 単純な殺傷能力という観点では確かに優れているのだが、狩猟者は基本的に魔物の死骸を売るために狩りを行なうのだから、肉体をぐずぐずに焼き潰してしまうような得物では困るのだ。防具として使うにしても反撃的に獲物を焼いてしまうのは同様。また、環境への影響も馬鹿にならない。仮に猩猩の森でこんな武具を使っていたら、飛び散った炎塊により森林火災待ったなしである。


 さらに言えば、燦紅鈥カランリルは加工性も最悪だった。金槌かなづちで叩いてももちろん噴火するので、叩くたびに凄まじい熱量が鍛冶師の身体を焼き炙る。性能のいい耐火耐熱装備がなければ軽い鍛造すら不可能なのだ。

 さらにさらに厄介なことに、つかに収めるなかごについては燦紅鈥カランリル以外の金属で作る必要があった。総身そうしん燦紅鈥カランリルで作られた武器は、攻撃の反動を呼び水として柄の内部で噴火してしまうのだ。最悪の場合、使用者の手首より先が消し炭である。

 それを防ぐために、鍔元の辺りで燦紅鈥カランリルと異種の金属――大抵は真銀ミスリル――を鍛接たんせつするという方法が考案されているのだが、充分な強度を得るためには幾万と叩かねばならない。丁寧に丁寧に、ひたすらに、接合面から噴出する焦熱に耐えながら。灼熱という言葉ではまるで足りない臨死の作業となる。

 シグリドゥルが持つ燦紅鈥カランリルの打刀も、完成するまでには相当な苦労があったことだろう。


 以上、諸々の理由により、燦紅鈥カランリルは産地においてすら使い道の限られる冴えない金属として扱われていた。

 一家に一欠片ひとかけら二欠片ふたかけらあると便利だが、三つ以上はいらない。というか危ない。そんな金属である。

 需要がないので交易品としても出回らない。流通しなければその情報も広まらない。超常金属のなかでも相当にマニアックな素材と言えるだろう。シルティが知っていることにシグリドゥルが驚いたのも無理はない。


 では、そんなマニアックな素材をノスブラ大陸出身のシルティが何故知っているのかというと。

 シルティの故郷に、この燦紅鈥カランリルで作られた直剣つるぎが一振り存在していたからだ。


「んふふふ。私の知り合いが燦紅鈥カランリルの剣を持ってるんですよ。それで」


 その赤い直剣の銘は〈紅乙女くれないおとめ〉。持ち主はバイロン・ヘイズ。今年で五十四歳となる熟練の戦士である。

 シルティ同様、十二歳の頃に技量優秀者として認められ、晴れて遍歴の旅に出発したバイロンは、やはり同様にサウレド大陸へ渡ることを決意し、やがて燦紅鈥カランリルの存在を知った。

 すぐにその特性の殺意の高さに惚れ込み、鍛冶師を口説き落として打ってもらったのがこの〈紅乙女〉だ。

 曰く、『〈紅乙女〉はよ、綺麗に斬んのはまぁ下手くそだが、でいいなら最高なんだぜ』とのことである。

 事実、バイロンはこの〈紅乙女〉を携えて竜狩りに参加し、幾度となく戦果を上げていた。燦紅鈥カランリルの火炎は、時として竜の鱗すらも焦がすのだ。


「へえ。いい趣味してる」

「すっごく綺麗な剣でした。でも、貸してって頼んでも絶対貸してくれなくて……」

「まあ、燦紅鈥カランリルは危ないから。しょうがない」

「それはそうなんですけどね……」


 バイロンは幼くも優秀な後進であったシルティのことを大変可愛がってくれていたが、愛剣〈紅乙女〉には決して触れさせてくれなかった。意地悪や不寛容さから遠ざけていたわけではない。幼少の頃のシルティは、綺麗な刃物を見ると自分の身体で切れ味を試すというアホ丸出しの癖があったためだ。

 これが単なる刃物であればバイロンも快く許していただろう。蛮族にとって負傷は強さの糧であるがゆえ。

 しかし、燦紅鈥カランリルの刃は、さすがにちょっと洒落にならない。まだ生命力の乏しい幼女では特に傷の再生が遅れてしまうし、最悪の場合、それを自然な状態と認識して傷跡が残ってしまうかもしれないのだ。いかに傷を友とする蛮族とはいえ、他所様よそさまの娘さんに渡すには過ぎた玩具である。


 さすがに八歳になる頃にはこの癖も矯正されていたのだが、過去のさまざまなからシルティのことを信頼し切れなかったバイロンは、ついぞ〈紅乙女〉を握ることを許さなかった。

 故郷に帰ったら絶対に握らせて貰おうと、シルティは固く決意している。


「……シ、シグリドゥルさん。あの、ちょ、ちょっとだけ、この子、持たせて貰ってもいいですか……?」

「うん。気を付けて」

「ふおぉおぉ……! ありがとうございます!!」


 燦紅鈥カランリルの打刀を握る。

 素振りをひとつ。感触を掴む。

 生命力を注ぐ。刀身が虹色に揺らめく。

 衝撃を与えたわけでもないのに、何かが焦げたような匂いがする、ような気がする。


「んぁあぁ……綺麗……。斬りたい……生きたお肉を斬りたい……」

「わかる」


 ちなみに、シルティは食べたことはないが、燦紅鈥カランリルの味は妙に脂っぽくて甘味があり、なんとなく豚肉風味で美味しいらしい。


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