第77話 コンラッドとルジェア
今回の狩猟において、シルティは荷運び業者を手配していた。
赤罅山の麓には小規模な集落がいくつかあり、港湾都市アルベニセの南門とは道路で繋がっている。土が剥き出しの未舗装道路で、人の行き来が少ないらしく凸凹した路面には草がいくつも芽吹いているが、馬車がギリギリ通れる程度の道幅は確保されているのだ。
長引けば足が出る可能性はあるが、おそらく充分な儲けを得られるはずだ。
「よろしくお願いします」
「おう、よろしくな」
シルティと握手しているのはコンラッド・フィンチ。
大きな〈冬眠胃袋〉を個人で五つ所有しており、これに
コンラッドはかつて狩猟者として活躍していたが、年齢的に長期の狩猟が億劫になり引退、荷運び業者を営むようになった。元狩猟者なので狩猟者の知り合いが多く、今回のように持ちきれない狩猟の成果を冷蔵運搬してくれ、というのは良くある依頼内容だとか。
ちなみに、シルティがコンラッドを知った経緯は、マルリルからの紹介だ。
コンラッドは艶やかな
馬はその身に魔法を宿していないので魔物には含まれず、生命力も(魔物に比べれば)やや乏しい。だが走行能力に特化した肉体は凄まじい筋肉を備えるうえ、乏しい生命力ながらも身体能力を自然と強化するため、とりわけ脚力においては魔物にも匹敵するほどの出力を誇った。
ルジェアならば、たとえ蒼猩猩を五匹乗せた馬車でも軽々と牽引できるだろう。蒼猩猩よりも体重の軽い削磨狐ならばなおのこと楽勝だ。
「事前の取り決め通り、赤罅山で削磨狐を六匹、でいいな?」
「はい、それでお願いします。滞在中の費用は、一日当たり……」
◆
荷運びの契約内容の最終確認を行なうシルティを余所に、レヴィンは馬車に繋がれた状態のルジェアをじっと観察していた。
都市内や入門待ち時間など、レヴィンはこれまで何度も馬を見ていたのだが、この距離でまじまじと観察できるのは初めてなのだ。しかもルジェアは重種馬でも稀に見る大きさで、見た目のインパクトが凄まじい。
レヴィンのウィスカーパッド(※猫の口元のコレ→ω)がぷくっと膨らみ、
一方、ルジェアは
ルジェアが大人しくしているのを良いことに、レヴィンは
(※
首をにゅっと伸ばし、ルジェアの胴体や首元の匂いを無遠慮にふすふすと嗅ぐ。
ルジェアは小さく
執拗に匂いを嗅ぎながら、なぜかルジェアの上腕三頭筋をれろんれろんと舐め、どぅるぐぐぐ、と満足げに喉を唸らせるレヴィン。
ルジェアは目を閉じたまま口をもぐもぐと動かし、舌をゆっくり出し入れしている。もう好きにしなさいな、とでも言いたげな様子だ。
「こぉらレヴィン。悪戯しないの」
レヴィンの行為に気付いたシルティが、尻尾の付け根をぼすぼすと軽く叩いて
ヴルルゥーッと長く強く唸ってから、レヴィンが
かなり不服そうだ。一体全体、ルジェアの身体のなにがそこまでレヴィンの琴線に触れたのか。
……食欲由来の興味ではないと思いたい。
「ごめんね、ルジェアちゃん。平気?」
ルジェアがこちらを振り向いたので、シルティは左の手の甲を差し出した。ルジェアが首を伸ばし、シルティの手の甲の匂いを嗅ぎ、続いて唇の先だけを使ってはみはみと甘噛みする。
感謝、あるいは親愛を示しているようだ。
シルティはルジェアの頭部を柔らかく抱き締め、
艶やかで健康的な美しい毛並だ。コンラッドの愛情をたっぷり受けていることがわかる。
「今日からしばらくよろしくね」
返事をするように、ルジェアが小さくブルヒンと
やっぱ馬もかわいいよなー、とシルティは思った。
◆
港湾都市アルベニセを出発して三日後の夕暮れ時。
シルティたちは
集落で宿を取り、一夜明けた早朝。
本日よりシルティとレヴィンは赤罅山に登り、
残念ながらこの集落には娯楽施設などはないので、二人はかなり時間を持て余すことになるだろう。
「では。なるべく早く済ませますので」
「いつものことだから気にすんな。俺としちゃ、寝てても金が手に入るんだから、遅くなって貰いてえぐらいだからよ」
カカカ、と悪ぶった声で笑うコンラッド。
「食っちゃ
コンラッドが声を掛けながら小ぶりな
林檎はこの集落で収穫される数少ない特産品であり、ちょうど今頃が旬なのだ。シルティも昨夜食べたが、甘酸っぱく、とても美味しかった。アルベニセに戻る際には知人たちへのお土産として、林檎のジャムなどを買って帰るつもりだ。
ちなみにレヴィンも果汁をちろっと舐めていたが、可もなく不可もなくといった反応だった。甘いものより、しょっぱいものや辛いものの方がレヴィンの好みのようである。
「ま、慌てんな。気ぃ付けて、しっかりやれ。まだ若えんだから、つまんねえ死に方すんなよ」
「はい!」
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