第71話 発注
翌日。
シルティはレヴィンと共に、『ハインドマン革工房』を訪れた。
マルリルより鎧の調達を仰せつかったが、元々、シルティは革職人ジョエル・ハインドマンに鎧を注文する予定だったのだ。予定通りと言えば予定通りである。
鎧の発注費用は
今日はジョエルへのレヴィンの顔見せも兼ねて発注を済ませ、費用のうち何割かを前払い。完成を待つ間に狩りに行く予定だ。
ジョエルの手により、シルティの全身の採寸、筋肉の付き方の確認が行なわれ、最終の打ち合わせに入った。
レヴィンはシルティから離れ、工房に展示されている数々の革製品を興味深そうに眺めている。認定証を取り付けた首輪と同様のものだとわかるのだろうか。
「じゃあ、素材は
「はい! よろしくお願いします!」
彼らがその身に宿す魔法は『
シルティは殺し合いの最中、これを『獲物を
そしてこの鱗には、
つまり鬣鱗猪は、自らが操作する鱗付近の匂いを、離れていながら即時的に認識できるのだ。
食性は草食傾向の強い雑食で、夏季になると水分の多い果実を特に好むようになる。彼らはあまり目が良くないうえ、木に登ることも全くできないのだが、飛鱗に備わった超常の嗅覚を利用して樹上から果実を探し出すことができた。
もちろん、襲いかかったシルティにそうしたように、捕食者に対する防衛手段としてもこの鱗は使われる。超常金属ではないが充分に硬質であり、そのままでも刃物として通用するほど
高速で回転させることで切断力を増す、というのは、どうやら本能的に行なっているらしい。
意識的に物体を操作できる魔法というのは、それだけでとても汎用性がある。操作する対象が頑丈かつ鋭利ともなれば尚更だ。
もしやと思い、シルティは蒼猩猩を売却するついでに魔術研究者に確認したことがある。すると、鬣鱗猪の魔術研究は進んでおり、『操鱗聞香』を再現しつつ鎧に組み込むことは不可能ではない、との回答を得ることができた。
ちなみに、鬣鱗猪から作られる魔道具で最も有名なのは〈
シルティはこれまでの人生で二つ、魔道具の鎧を購入したことがある。
一つは遭難時に身に纏っていた
魔法『
もう一つは、その前に装備していた
魔法『
どちらも、特殊な
動きのキレと速さを身上とするシルティは、こういった足捌きの選択肢を増やせる装備を好むのだ。
鬣鱗猪の魔法『操鱗聞香』も、使いようによっては空中での足場とすることが可能だろう。事実、シルティが鬣鱗猪と殺し合った際は襲い来る飛鱗を空中で蹴り、反動を利用して跳んでいる。角度が悪くて左足の指を落としてしまったが、次はもっと上手くやれる自信があった。
飛鱗を足場とする場合の懸念は、空中での
少なくとも純粋な足場としての使い勝手は、
だがシルティは、全く躊躇することなく、この鬣鱗猪を鎧の材料とすることに決めた。
最悪、足場としては使えなくともいい。
なにせ、
超最高である。
想像するだけで興奮してしまうシルティだった。
にまにまと口元を緩めるシルティに、ジョエルは更なる追加説明を行なう。
「鬣鱗猪の鱗は個体と紐付けされてる。別個体の鱗では代用できないってことだね。生きている鬣鱗猪なら生え変わるけど、魔道具の場合、紛失したらどうにもならない。
「気を付けます。……これって、完全な消耗品でしょうか?」
「いや、ある程度の欠けなら修繕できる。お客さんは身体の再生を促進できるだろう?」
意識的な再生の促進は、武具強化と並ぶ戦士の必須技能だ。
「はい。集中すればなんとか」
「なら大丈夫だ。補修材で埋めて皮膚を再生する要領でやれば、鱗が再生できる。補修材は、鬣鱗猪の脂から作った
「よかった……」
傷付くことこそが鎧の仕事だとはいえ、決して安くはない買い物である。できるだけ長く使いたいので、補修の手段があるのはありがたい。
「その補修材って、ハインドマンさんに注文したらいいですか?」
「僕でもいいけど、ヴィンダヴルに注文した方がいいかな。そっちの方が早くて安そうだ」
魔道具専門店『
「わかりました!」
「うん。完成まで……そうだな。
「えっ? ひ、ひと月、ですか?」
「まぁ、それぐらいはかかるかな」
「いやその、短すぎでは……?」
「大丈夫だよ」
自分で鎧を作ったことのないシルティでも、鎧を一式仕立て上げるのに一か月というのが短すぎるというのはわかる。シルティがかつて
他の仕事を全て後回しにし、最優先で進めなければ無理な日程だろう。
それを察したシルティは、ジョエルに深々と頭を下げた。
「すみません、ありがとうございます……!」
「構わないよ」
遭難という不幸に見舞われながらも、それをおくびにも出さずに逞しく生きていること。自らの作品である半長靴に早くも武具強化を乗せている、つまり身体の延長と見做せるほど愛着を持ってくれていること。そしてなにより、かわいい
いくつかの理由により、ジョエルはシルティを大変好ましい人物だと捉えていた。友人としてルビアと末永く付き合って欲しいと考えており、命に係わる怪我などなるべく負わせたくない。そんな彼女の身体を守る鎧の製作依頼だ、
もちろん、他の仕事も落とすわけにはいかないので、睡眠時間を削ることになるだろう。
「魔道具の注文は久々だからね。僕も楽しみだ」
しかし、ジョエルは素知らぬ顔で頼もしく微笑んだ。
彼は落ち着いた風貌とは裏腹に、かなり
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「確かに。いいものを仕上げておくよ」
シルティは料金の七割を前払いし、ジョエルから
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