第66話 森人の涙
「
「はい。うちの家宝で、銘は〈
「それは……
「はい。不純物一切なしです」
「……そのお爺さん、
「です!」
「それは、また……なんと言うか……
マルリルは呆れ混じりに笑った。笑うしかなかった。
超常金属
武具強化なしでも超常的な強度を誇るうえ、
だが、決して一般的ではない。
存在の薄い
ゆえに、これを武具に利用する場合、別の金属で基部を作り上げたうえに、薄く伸ばした
不快感と利点、それから値段のバランスを、
しかしながら、フェリス家の宝刀〈虹石火〉はそうではないとシルティは言う。
全てが
だが、見て明らかなように、フェリス家は
そんなもの、金額の意味でも使い勝手の意味でも、酔狂としか言いようがない。飾らずに言えば、間違いなく狂人の類である。
「……あの、もしかしてあなた、その剣を強化できたりした?」
「はい! できるようになるまで三年かかりました!」
「……ちなみに、あなたのお父さんや、お爺さんも?」
「もちろんです! お父さんは十五年かかったって言ってました! 私は三年でできましたけど!」
この上なく得意気な表情で、シルティが言う。
マルリルは再び笑った。本当にもう、笑うしかなかった。
だが他種族にとっての
己の肉体を現在進行形で喰らっていくモノを肉体の一部だと見做せるようなやつは、マルリルの感覚で言えばやはり狂人である。
「……あなたも、あなたのお父さんも、すごいわ。まぁ、純
「……聞いてくれます?」
「え、ええ。ここまで聞いちゃったら気になるわ」
「私、ノスブラ大陸の出身なんですけど、十二歳の頃に……」
十二歳で故郷を出たこと。
伴侶探しを兼ねて見識を広める遍歴の旅の最中だということ。
サウレド大陸に渡る途中で船が
奇跡的に陸地に漂着したものの、家宝〈虹石火〉は海底に沈んでしまったこと。
なんとしてでもこれを回収したいということ。
手段としては精霊術、
シルティは自らの境遇を簡潔に語った。
がしり。
突如、マルリルがシルティの手を包み込むように握った。
「ん?」
「私も!」
「んッ?」
困惑するシルティを前に、マルリルは一人で急速に白熱する。
「私もなの! 私も……恋人を……伴侶を探して……旅をしているの!!」
「あ、そうなんですか?」
「あなたも……故郷じゃ、その……モテなかったの?」
「えっ? も、モテ? えー、っと……そ、そうですね、あまり……」
マルリルの両目から、どぱっ、という擬音が似合いそうなほど大量の涙があふれ出した。
「……こんなに可愛くて、そんなにおっぱいも大きいのにッ……」
「いや、あの」
「男どもォ、見る目がないわッ!!」
その唇から放たれたのは、もはや怒号と呼ぶべき
模擬戦と観戦に興じていた男どもが、すわ
「とても、他人とは、思えない……ッ!!」
シルティの経歴の中の(現状ではかなり優先度が落ちている)ある項目が己の琴線に強烈に触れたらしいマルリルは、声を途切れ途切れに詰まらせながらだぱだぱと涙をこぼし、自動的に感極まっていく。
そして、身に纏った
ぐずぐずと涙を垂れ流しながら、シルティの頭を胸に柔らかく
女性が女性をとても愛おしげに抱き締める、そんな光景を前にして、周囲の男どもは気まずそうに眼を逸らした。
なんか、見ちゃいけないもの見ちゃった気がするな。誰かが呟いた。
そろそろ模擬戦も終わっとくか、というような空気が自然と漂い始める。
渦中のシルティは困惑するしかない。
「え、えーと? その、えーと……マルリルさんも、伴侶探しの旅を?」
「そうなの。……私、ほんと、不細工で」
「えっ? ……ええ?」
シルティは訝しげな声を上げた。
シルティの目に映るマルリルは、緩い巻き毛と垂れ目を持った優しげな美人である。まぁ、故郷の蛮族の男たちの美醜感覚からすれば、ちょっとばかり上背が足りないかもしれないが……少なくともシルティの感覚では『とても美人』だ。どう転んでも『不細工』ではない。
「……私は、マルリルさんは凄い美人だと思いますけど」
「うふ。うふふふふ。ありがとっ」
ようやく抱擁を解いたマルリルは、ずびびと鼻を
「あなたみたいに、
だが、似通っているとは言っても、彼らはあくまで別種の動物だ。
性交渉こそ可能だが、その間に子供ができることは非常に稀。仮にできたとしても、その子供は生まれつき生殖能力を欠如してしまうことがわかっている。
マルリルの夢は、素敵なお嫁さんになり、
他種族にモテても全く意味がないのだ。
「私ね、サウレド大陸のあっちこっち、いろいろ見て回ったのだけれど……どこに行っても、本当にモテないの……」
距離が離れれば魅力的とされる女性の条件も変わるはずと考え、マルリルはかれこれ九十年もサウレド大陸中を放浪しているのだが……未だ恋人を得たことがなかった。
人類種と呼ばれる魔物たちの中でも、
個体の寿命が極めて長く、しかしながら個体数は少なく、そのうえ同族間で移住が盛んとなれば……地域の差を越えて、文化や嗜好も似通ってくる。
そういうわけで、サウレド大陸全域に暮らす
マルリルは、泣くしかなかった。
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