第59話 受験申請



 朋獣管理課に勤める男性職員、パトリック・ブレットは、内心で溜息を吐いた。


「聞き間違いを防ぐため、もう一度お願いします」

「朋獣認定試験を受けたいんです。若い琥珀豹こはくヒョウです。区分は猟獣で」

「……琥珀豹ですね?」

「? はい。琥珀豹です」

「黄色い毛皮で黒い斑点模様がある、あの琥珀豹?」

「その琥珀豹です」

「身体は小さいですか?」

「あー、はい。まだちっちゃいです」

「尾は長いですか?」

「……? はい、長いです」


 念入りな確認に対し、目前の少女は困惑しつつもはっきりと応答した。

 パトリックはにこやかな笑みを顔に貼り付けて頷く。


「なるほど。承ります。少々お待ちください」


 視線を少女から外し、手元で必要な書類を準備しつつ。


(大方、斑模様まだらもよう多尾猫たびネコだろうな)


 パトリックは、内心では少女の誤認だと決めつけていた。

 ここ港湾都市アルベニセでは、多尾猫という魔物を琥珀豹として申請する者がたまに現れる。パトリックが知るだけでも三人。この少女で四人目だ。


 多尾猫とは、頭胴長の三倍にも及ぶ長大な尾が特徴的な魔物で、木の少ない開けた環境に生息している。アルベニセ周辺の草原でも見かける小型の魔物だ。

 毛の色は暗い黄褐色で、基本的に無地なのだが、稀に黒い斑模様や縞模様を持つ個体が生まれる。

 知識が無ければ、まぁ、琥珀豹の幼獣と誤認することもあるかもしれない、といった外見だ。


 なお、その名に反して尻尾の数は一本である。

 命名の由来となったのはその身に宿す魔法『幻尾げんび』。彼らは自らの尾そっくりのを空間に残すことができ、またそれぞれを自由自在に動かせるのだという。多尾猫はこの幻影を無数に重ね、思い通りに動かせる触手や投網とあみのように用いて小動物を捕え、喰らうのだ。

 これは結果だけ見れば、元の尾(多くの場合、黄色い)とそっくりな物体を空中に生成できるという魔法である。

 知識が無ければ、まぁ、『珀晶生成』と誤認することもあるかもしれない、といった魔法だ。


 人類種からすれば、多尾猫は強大とは言い難い魔物である。

 体格も小さいし、人類種と比べれば生命力に乏しく、肉体の強度も低めだ。多少の戦闘訓練を積んでいれば、武具強化に至らない程度の練度であっても充分に勝利を収めることができるだろう。

 一方で琥珀豹とは、腕の良い狩猟者が二十人や三十人のチームを組み、多大な犠牲を覚悟で持久戦に持ち込んで、逃走を妨害しつつ相手の精根が尽き果てるまで攻め立てれば、なんとか仕留められるという、正真正銘の化物である。

 港湾都市アルベニセ周辺で生息が確認されている魔物の中では文句なしで最強最悪のしゅだ。


 そんな化物を、目の前に立つうら若い少女が、猟獣として登録したいと言っている。

 鎧も身に付けていない、それどころかまともな武器も持っていない、この少女がだ。

 常識的に考えて、多尾猫を琥珀豹と勘違いしている、とする方がずっと自然だろう。


(……まぁ、問題はないか。規定通り、魔物の種族を二回以上確認したしな……)


 親切に対応するならば、指摘するべきかもしれない。

 だがパトリックは以前、『それはどう考えても多尾猫なのでは?』と指摘し、急に逆上した申請者に胸倉を掴まれたことがあった。

 殴られはしなかったが、怖かった。

 そりゃあもう、めちゃくちゃ怖かった。

 かなりのトラウマである。

 もう藪をつついて蛇を出すつもりはない。

 申請通り、琥珀豹として粛々と処理を行なう。


 万が一、この少女が申請通りに琥珀豹を連れて試験に臨むならば、何の問題もない。つつがなく試験が執り行なわれるだろう。

 パトリックの断定通り、多尾猫を連れて試験に来たならば、それでも別に問題はない。琥珀豹のために用意された高難度の試験を、多尾猫で受けることになるだけ。

 もちろん、琥珀豹用の試験を多尾猫で合格することは不可能だ。

 受験料を丸損する少女は可哀想だが、そうなったとしても行政側こちらに非はない。


 少女へ申請書類を渡す。少女がさらさらと情報を記入していく。

 申請者、シルティ・フェリス。種族、嚼人グラトン。性別、女。

 名前、レヴィン・フェリス。種族、琥珀豹。魔法、『珀晶生成』。区分、猟獣。性別、メス。

 その他、諸々。

 提出された書類にパトリックが目を通し、内容に漏れがないこと確認。

 受験料を受け取り、代わりに受験票を手渡す。

 これにて受験申請は終了だ。


「はい、問題ありません」


 パトリックが書類を仕舞い込み、そして十種類の小さな木片を取り出した。

 どれも指二本分ほどの直径を持つ小さなコイン型(※大体500円硬貨くらい)をしているが、円周部に小さな輪が取り付けられていたり、穴が開いていたりと細部が違う。これは紐などを通したり、何かに縫い付けるために設けられた穴だ。

 輪や穴の大きさ、数、角度、そして位置など、それぞれ異なっている。


「合格の際には当日中にこのような朋獣認定証が発行されます。実物は木製ではありませんが、大きさについてはこれらの見本と同一です。形状はこの十種のうちから選択していただくことになります。朋獣が身に付ける分、そしてフェリスさんが携帯する分とで、二種類お選びください。発行後に変更することも可能ですが、手数料と日数がかかりますのでご注意ください」

「ふむんふむん」


 魔物は身体の構造も多種多様だ。

 当然、装着しやすい形状というのも異なってくるため、認定証は十種類からの選択形式となっている。


「また、発行されたその場で、朋獣の身体のどこか視認性の高い位置に装着していただく必要があります。首輪ですとか、腕輪ですとか、朋獣の身体に合う装身具などを事前にご用意ください」

「んん。なるほど。……ちょっとよく見せて貰ってもいいですか?」

「もちろん。あ、本日選択された二種類の見本に関しては差し上げますので、装身具選びの際にご活用ください」

「おっ、それは嬉しい。ありがとうございます」


 少女はぺこりと頭を下げてから、木製のコインをめつすがめつじっくりと観察し、


「これでお願いします」


 すぐに一つの木片を指で示した。

 ちょうどコインを真正面から見て十字の位置に、四つの小さな穴が開いているタイプ。

 幅の広いベルトなどに針と糸で縫い付けるなりして、しっかりと固定できる形状だ。


「……ええと、二種類とも、こちらでよろしいですか?」

「はい。お揃いにします」

「承知いたしました。では、フェリスさん。試験は本日から数えて十日後になります。雨天の場合は翌日に、翌日も雨天の場合は翌々日に延期され、残念なことに三日間連続で雨が降った場合、申し訳ありませんが少し空いて、本日から数えて十五日後に延期となります。よろしいですか?」

「大丈夫です」

「ありがとうございます。それでは当日、正中に西門までお越しください。当日も私がご案内させていただきます」

「はい。よろしくお願いしますね」


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