第35話 爆発物処理



 角熊の動向に油断なく目を向けながら、シルティは魔法の考察を進めた。

 恒常魔法は、なんらかの要因を呼び水として、半自動的に強い効果を発現させることが多い。

 おそらくこの角熊の魔法も、一定の条件に合致する対象を爆破するのだろう。条件に合致さえすれば、対象を認識する必要がないのだ。

 どんな条件だろうか。


 よく見るのは、海月クラゲの刺胞のように、接触した相手を自動的に攻撃するような魔法だ。シルティの斬撃に反応して魔法が発動した可能性は高い。

 もっと凶悪なものを想定をするならば、一定以上近づいた同種以外の動物を爆破する、とか。

 同種を対象外とする魔法というのは割と普遍的だ。広範囲を破壊しつつも巻き込んだ同種には傷一つ付けない、というような魔法はよく見る。特に群れを成す魔物がそういった魔法を宿す傾向があった。

 この角熊は見たところ単独であるし、恒常魔法でそういうのはあまり聞かないが、可能性はゼロではない。


(まぁ、一番怪しいのは、どう考えても……)


 シルティの視線が、角熊の頭部に注がれる。

 渦巻き状の四本の角。消し炭のように黒く変化していた角は、今は手入れを怠った銀器のような色合いになっている。こうして見ている間にも、どんどんと黒ずみが消えていく。どうやら時間経過で元の銀色に戻るらしい。

 実にだ。

 シルティの経験上、あの角が魔法の成立に大きく関与している可能性は高いように思える。


(よし。ちょっかい出してみよ)


 来るとわかっていれば、生命力の作用による肉体の強化を防御へ偏らせることも可能だ。

 シルティが皮膚を意識しておけば、爆破されても多少は堪えられるだろう。

 左腕は使い物にならないが、左足は充分に動く。ならば、問題はない。


 息を静かに吸い。

 止めて。

 跳び出す。


 先ほどの展開を繰り返すように、〈紫月〉を右肩に担いだ前傾姿勢で肉薄する。

 愚直な突進と見た角熊が、迎え撃つようにこちらも突進を開始した。頭を前に付き出した姿勢のまま、素晴らしい加速度だ。立派な角の生えた頭部を叩き付けようとする意図がはっきりとわかる。熊のような身体をしているが、戦い方は牛や羊に近いかもしれない。

 シルティは内心でほくそ笑んだ。

 いろいろと迎撃されるパターンを考えていたが、視野が狭まる頭突きは楽なパターンだ。


 正面衝突。

 の、寸前。

 シルティは自らの誇るキレを十全に発揮し、左方へ直角に折れ曲がった。その回避には一切の減速が伴わない。角熊が頭部を激しく振り回しながら、直前までシルティがいた空間を通過する。

 強い衝突を予想していたのか、角熊はまるで足を踏み外したかのようにつんのめり、無様にたたらを踏んだ。

 その隙に、シルティは再度の肉薄を終えた。

 角熊の右側面後方、完全な死角に身を潜り込ませる。


 詳細不明な魔法の脅威が無ければこのままぶった斬るところだが、下手に手を出してまた爆破されてはまずい。

 シルティを見失った角熊が、不用心にも頭を上げた。

 その瞬間、シルティの右手が目にも留まらぬ速さで振るわれる。片手で放たれた高空の右袈裟。〈紫月〉の切っ先が角熊の右眼球を浅く斬り裂いた。

 悲痛な絶叫が轟く。


(んっ、爆発しないな)


 右袈裟を繰り出すに並行して防御態勢をとっていたシルティだったが、杞憂に終わったようだ。今のは爆発の条件に合致しなかったらしい。速やかに後退し、角熊から距離を取る。

 角熊は、血の涙を垂れ流しながら狂ったように暴れ、両前肢と頭を無茶苦茶に振り回していた。

 全ての魔物は漏れなく超常的な再生力を備えている。眼球が少し裂けた程度は軽傷だ。食事を摂って安静にしていれば短期間で再生されるだろう。

 が、それはそれとして。

 眼球を斬り裂かれれば、普通に痛い。

 シルティのように痛みに慣れていなければ、我を失って暴れ回るのも当然だろう。


「やあやあ熊さん! お揃いのお目々になったね? 反対だけどさ! 指もお揃いにしない?」


 大声で呼びかけつつ、右手に持った〈紫月〉をこれ見よがしに大きく動かして、注意を引く。

 巨大なふいごの吐き出す音のような、ざらついた荒い呼吸を繰り返しながら、角熊がシルティを見た。

 残った左目が憤怒と殺意に染まり、血走っている。大口を開け、粘性の涎を盛大に撒き散らしながら、凄まじい咆哮を放った。

 肌で振動を感じられるほどの大音声だ。

 シルティは表情に出さずに苦笑した。

 角熊の気持ちが痛いほどわかってしまったのだ。


(ご飯の最中に斬りかかられて、目まで潰されたら、私もブチ切れるなぁ)


 角熊が再三の咆哮を上げ、跳びかかってきた。両前肢を伸ばしてのしかかりだ。二歩だけ退いて、これを回避。間髪入れずに続く、角で空間を掘り返すような豪快な攻撃は、角熊の右側面に回ってかわす。

 シルティを追いかけるように、角熊が首を振った。二度、三度、四度、執拗に繰り返される角での攻撃。

 身体ごと叩き付けるような頭突きは、予備動作が大きく、とても躱しやすい。

 これが延々続くならば、シルティは三日三晩だって無傷で過ごせる。


 角が当たらないことに業を煮やしたのか、角熊が左前肢での薙ぎ払いを放った。シルティの胴回りほどもありそうな太い腕と、その先端に生える長く伸びた褐色の鉤爪。まともに喰らえばなますにされるだろう。

 シルティは上体の反らしのみでこれを躱す。シルティの顎下を、薄皮一枚の距離で鉤爪が撫でた。

 直後、そのまま前肢の陰に隠れるように身を沈めつつ、右前方へ深く踏み込む。


 角熊が自らの太い腕のせいで獲物を見失った。

 シルティにはそれが手に取るようにわかった。

 擦れ違いざま、再度の斬撃。狙ったのは、角熊の後頭部から生える左の渦巻き角だ。稲妻のような速度で弧を描く切っ先が、狙い違わず角の中程に吸い込まれる。

 チンッという、かすかで涼やかな衝突音。

 そしてほぼ同時に、それを上書きする爆発音。


(おっ、爆発した)


 ちょうど、〈紫月〉と角が接触した座標に咲いた、小さな爆炎。

 衝撃で弾かれた〈紫月〉をくるんと回して反動を制御しつつ、刀身を検める。武具強化の甲斐あって、相変わらず美しい深紫ふかむらさきの刀身。無傷だ。

 対して、角はうっすらと黒ずんでいた。


 より致命的な眼球に命中しても魔法は発動しないのにもかかわらず、あの角に当たれば発動するらしい。

 やはり、角が起点。

 おそらく、角に衝撃が加わった際に爆発が起きるのだろう、とシルティは推測した。


 本来は頭突きで角を敵対者に叩き付け、爆発を起こして攻撃するのではないだろうか。

 前肢が器用な傾向のある蹠行せきこう動物の割に、角を使った攻撃を執拗に繰り出してくるのも、角による爆破に自信と実績があるからか。

 シルティが気絶させられた初撃と比べ、今の爆発は随分と規模が小さかった。連続して大きな爆発を発生させるのは難しいのか。あるいは、角に加わる衝撃の強さに比例するのかもしれない。


 予想よりずっとくみし易そう魔法だな、とシルティは思った。

 要するに。

 角以外を斬ればいいのだ。


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