第22話 背負い籠



 〈玄耀げんよう〉を完成させた翌晩。

 久々に雨が降った。前回の降雨と同じく凄まじい土砂降りだ。

 シルティはまたも狂喜乱舞して全裸になり、衣類と身体を入念に洗ってから、レヴィンの身体も洗った。

 レヴィンは雨の中でわしゃわしゃと身体をまさぐられるのを遊びと勘違いしたのか、シルティの手を仮想敵に見立てて四肢を存分に駆使した格闘戦を仕掛けてきたが、残念ながらまだまだ力が弱く、身体の使い方も下手である。

 シルティはレヴィンを片手で適当にあしらい、隙を突いて肩甲骨を上から優しく押さえつけ、地面に縫い付けて封殺した。


「ほれほれ、どうしたレヴィーン、そんなもんかー?」


 身動きの取れなくなったレヴィンは、ウニョウニョと身体をくねらせて拘束から逃れようと頑張っている。

 かつて初対面の時、シルティは抱きかかえたレヴィンを拘束して封殺した。あの時はまさに死にもの狂いといった様子で暴れ、拘束から逃れようとしていたが。

 今はむしろ喉が小さくごろごろ鳴っており、なにやら実に楽しそうである。

 少しずつではあるが、馴れてきているようだ。


「きみは兄弟がいないもんなー」


 猫の場合、大抵は同じタイミングで生まれた兄弟たちと近接格闘レスリングに明け暮れて身体の使い方を学んでいくが、レヴィンに琥珀豹の同年代の兄弟はいない。あるいはいたのかもしれないが、少なくともシルティと出会った時点ではいなかった。

 将来のためにも、シルティが代わりに身体の動かし方の訓練に付き合う必要がある。

 なにかこう、ネコジャラシ的な玩具を作ってもいいかもしれないな、とシルティは密かに企んだ。



 翌朝、快晴。

 シルティは一旦海岸線を離れ、かつてと同様に木々へ細かく目印を付けながら森へと分け入った。海岸線付近には生えていない、丈夫なつるを採取するためだ。

 レヴィンを連れている今、食料を持ち運ばなければならないが、常に肉を手に握り締めているわけにはいかない。紐を使って腰に巻き付けるにも限度がある。鞄やかごなど、なんらかのしっかりした運搬具が欲しい。そこで、蔓を材料に籠を編むことにした。

 やや速足で森を進む。植生が移り変わり、目当ての蔓植物を見つけた。表面はなめらかで、さほど硬くはないが引っ張りに強く、簡単には切れない。籠を作るにはもってこいだろう。

 〈玄耀〉を使い、蔓を集める。真っ直ぐで太さがあまり変化しない、均一な蔓が狙い目だ。

 太いものは予備を含めて十五本ほどあればいい。細いものは山のように必要になる。

 シルティは無心で刈り集めていった。


 と、その時。

 樹上から蒼猩猩あおショウジョウが襲ってきた。相変わらずの無音無臭の奇襲、だがこれで通算九匹目だ。もはや慣れたものである。

 シルティは蒼猩猩の一撃をするりとかわし、回避動作の流れをそのまま木刀に乗せ、蒼猩猩の首を逆水平右から左に薙ぐ。

 すぱり。

 見事なまでに、綺麗に殺した。


「うーん、この森はほんと、蒼猩猩ばっかりだねぇ、レヴィン……」


 溜息を吐きつつ、シルティが愚痴を漏らす。

 海岸線に沿って進んでいる間は、蒼猩猩からの襲撃はパタリと止んでいた。基本的に見回りの際には樹上を移動する蒼猩猩たちは、木々がまばらになる海岸線を縄張りに含めないらしい。

 だが、森へ踏み込んだ途端にこれである。


(まぁ、お肉が底を突いても森に入ったらまたすぐ襲ってきてくれるかもしれないし、ありがたいと考えておこう……)


 噴き出す血の勢いが落ちるのを待ってから、太い尾を根元から切断して肉を確保。魚の干物はまだまだ残っているが、干物はあくまで保存食。新鮮な肉があるのならば漏らさず確保しておく。これだけの量があればかなりの日数を凌げるだろう。

 採取した蔓と蒼猩猩の尾をひとまとめに括り、目印を辿って海岸線まで持ち帰った。





 シルティは故郷で何度か籠を編んだ経験があるので、手順は頭に入っている。

 まずは蔓を水に浸す。水を含んだ蔓は柔らかくなるため、編み込む際に折れ難くなる。また、編み込んだあとに乾燥して繊維が引き締まり、編み目が緻密になって完成品の強靭さが増すのだ。

 故郷では真水に浸していたが、海水でもさして問題はないだろうと判断。入り江と違ってこの辺りは岩礁海岸なので、潮溜まりはいくらでもあった。


「さて、やるかっ。大人しくしててね、レヴィン」


 充分に柔らかくなった蔓の長さを切り揃え、大まかなサイズを決定する。

 サイズの基準とするのはレヴィンの身体だ。

 蒼猩猩や巨鷲ならば問題はない。だが、琥珀豹のようなもっと強大な魔物と遭遇し、逃走することになった場合、レヴィンを籠に放り込んで全力で逃げる必要が出てくる。

 今後もレヴィンの身体はぐんぐんと大きくなるだろう。

 余裕を持って、現時点のレヴィンを二匹ぐらいは詰め込めるサイズにしておく。


 作るのは背負い籠だ。他の選択肢はないといっても過言ではないだろう。

 背嚢はいのう(リュックサック)のような背負うタイプの運搬具は、中身の出し入れの即時性という点ではやや劣るものの、山や森を歩く場合においてはあらゆる鞄の中で最適である。

 両手を自由にできるという利点はなにものにも代え難い。


 太い蔓を骨組みにし、細い蔓を編み込んで底面を作り、ある程度の広さになったら骨組みを曲げ、側面部分を編み込んでいく。材料にした蔓が籠作りに向いていたのか、幸いなことに非常に編みやすい。

 シルティはこういう地味な製作作業が好きだった。

 刃物研ぎにも近いものがある。

 黙々と進めていく。


 しばらくすると、レヴィンがビヨンビヨンと揺れ動く蔓の先端に噛み付いてきた。


「こらこら」


 とてつもなく邪魔だったが、シルティはレヴィンが安心して遊べるようになったことを喜んでおくことにした。





 夕方。

 途中でレヴィンの食事を二度挟みつつ、シルティは背負い籠を完成させた。

 おおよそ角丸長方形をした籠だ。試しに背負ってみる。肩紐はベルト状に編んだ蔓なのだが、背負ってみると、微妙に右側の肩紐の方が長いことがわかった。とはいえ今更修正もできないので、誤差の範囲ということにしておく。素材自体がある程度硬いため、少々左右非対称でも背中にそれなりにしっかりと固定できていた。大きな問題にはならないはずだ。

 背負ったままピョンピョンと軽く跳んでみる。

 肩からずり落ちることもなく、安定していた。

 さすがに全力の戦闘行為は厳しそうだが、森歩きに支障はない。総じて、現状においては充分すぎるほど高品質な背負い籠だといえるだろう。手間暇をかけた甲斐があったというものだ。


 早速、シルティは現在の所持品を籠へ詰め込んでいく。

 まずは、本日仕留めた九匹目の蒼猩猩あおショウジョウの尾の肉。いくつかに分断して籠の底面に詰める。肉は空気にさらされた部分から傷むので、本当はあまり切断面を増やしたくなかったのだが、大蛇のような尻尾はそのままでは籠に収まらないので仕方がない。

 続いて、平たい石の皿。これは〈玄耀〉を作る際に荒砥あらととして使っていた砂岩の一つを流用したものだ。ガリガリと鉤爪を研いでいるうちに荒砥の中央が大きく凹んだため、皿にするにはとても都合が良かった。大きさと形を軽く整え、レヴィン用の食器として持ち歩いている。すり鉢としても使えるので、流動食作りがとても楽になった。

 それから、籠作りで余った蔓。何かに使うかもしれないので、一応取っておく。かつて入り江であざなったいくつかの紐と一緒に丸めて収納する。

 さらに、巨鷲の左足の鉤爪が一本。大事に使うつもりだが、〈玄耀〉が折れることもあるだろう。予備素材として持っておく。

 籠に入れるべき物品は、以上で終わりである。


「我ながら、なんも持ってないなー……」


 改めて、自らの財産の少なさを嘆くシルティであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る