第20話 食欲旺盛
ドスン。
シルティは背後から腰に強い衝撃を受けた。
「んあっ!?」
ギョッとして、跳び上がるように振り返る。
そこには、非常に不満そうにぐるるると唸りながら、シルティの腰に頭突きを見舞ったらしきレヴィンがいた。何故か、身体が湿り気を帯びている。
「なにさ、いいとこだったのに……ていうかレヴィン、きみなんで濡れてるの?」
シルティは額を流れ落ちる汗を腕で拭い、今更ながら気付いた暑さに思わず空を仰いで、そこではたと気付いた。
「あっ。ごめん。ご飯か。夢中になっちゃってた。ちょっと待ってて」
太陽が高い。もう中天をとっくに過ぎている。溜め池を作り始めたのは朝のかなり早い時間だったから、既に四半日(六時間)以上は経過しているだろう。むしろここは、よく空腹に耐えたなとレヴィンを褒めてやるべきかもしれない。
シルティはレヴィンの脇腹をぽんぽんと叩いて宥めながら、そう言えば溜め池を作っていたのだった、と思い出して視線を向けた。
「おおっ。いい感じになってる!」
溜め池にはもう水が満ちていて、思っていた以上に透き通っている。地面が岩石質なためか、泥といっても粒子が大きく、沈殿しやすかったらしい。
よくよく見ると、池の縁の方に数本の細い黄金色の毛が引っかかっている。道理でレヴィンが湿っているはずだ。シルティが研ぎに夢中になっている間に水浴びを済ませたのだろう。
シルティは這いつくばるように溜め池に頭を半分以上突っ込むと、ぐびぐびぐびと勢いよく水を飲んだ。思いのほか冷たい。地下水の温度というのは一年を通してほとんど変わらないという。暑い時期ほど相対的に冷たく感じるのだ。
飲み込む毎に食道が冷やされる感覚が最高に心地よかった。
「……、くぅぅぁぁ……
頭を全力で振り回し、水を撒き散らして野性的に脱水したあと、シルティは放置していた干物の
流動食が出来上がるそばから、周辺に落ちていた平らな石を皿代わりに盛ってやる。盛るというより塗るという感じだが、まともな皿がないのでしょうがない。早速レヴィンが食いつき、ぺろぺろと舐め取っていく。
保護した当初は、指先に掬って口元まで持って行ってやらなければ流動食を食べられなかったレヴィンだが、今ではこうして頭を下げ、自力で食べられるようになっていた。まだ少し下手だが、実に良い食べっぷりである。
皿まで舐める勢いで平らげたレヴィンは、ビャーと鳴きながらシルティにしがみ付いて来た。
おかわりを要求している。
どうやら干物はレヴィンの味覚にも合ったようだ。なによりである。
「はいはい」
再び流動食を作り、レヴィンに差し出す。
親豹からレヴィンを託された日から数えて、今日で十一日目だ。この短い期間でも、レヴィンの身体ははっきりとわかるほどに大きくなった。体重も、おそらく六割ほどは増しているだろう。
死に瀕した親豹は満足に狩りもできず、母乳の生産量もかなり少なかったようだが、シルティに保護されてから一転して潤沢な食料事情だ。しかも与えられているのは魔物の肉と
今は小型犬ぐらいの体格だが、この分ではあっという間に大型犬を超え、いずれは親豹のようにシルティではとても抱き上げられないほどの大きさになるはず。
デカい犬が好きなシルティとしては実に楽しみだ。
満腹になったレヴィンは排泄を済ませ、シルティのそばで丸くなり、目を閉じた。
「おやすみ、レヴィン」
レヴィンにそう告げて、シルティは研ぎを再開する。
砂岩の
気合を入れて、鉤爪を研いでいく。
だが。
シャーコ、シャーコ、シャーコ、シャー、コ。
心地のいい音を立てていた往復のリズムが、次第に、微妙に、崩れ出した。
作業が中断したことで、シルティの集中が途切れてしまったらしい。
(……どんな名前にしよっかなー……)
シルティの故郷では、愛用品には個別の名を付ける風習があった。
はす向かいの家では奥さんが愛用の包丁を〈
無論、フェリス家伝来の宝刀〈
シルティも、さすがに『目に付いた木から適当に圧し折って石でちょっと形を整えただけの木刀』に名前を付ける気にはならなかったが、『家族を殺しにかかってきた巨鷲を返り討ちにし、その鉤爪を手ずから研ぎ上げたナイフ』ならば、十二分に愛着が湧く。
良い名前を付けてやりたい。
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