第14話 決別
シルティはしばらく懸命に海行きを打診してみたが、結局、幼獣の琴線に触れることは叶わなかったようだ。
相変わらず親豹の亡骸に寄り添い、丸まってじっとしている。
これはいよいよ、自分の肉を選ばなければならないな、とシルティは溜息を吐いた。
とりあえず、少しでも餌認定を避けるためにも幼獣の視界に入らない場所で左腕の肉でも削ぎ落としてくるか、とシルティが木刀を手に立ち上がろうとした、その時。
ゆっくりと、幼獣が立ち上がった。
(おっ?)
この四日間、幼獣は基本的にずっと親豹に寄り添い丸まっていて、食事や排泄以外ではほとんど立ち上がらなかった。食事と排泄は少し前に終えたばかりだから、食事でも排泄でもなさそうだ。
シルティは動きを止め、不測の動きを取った幼獣を見守る。
立ち上がった幼獣は、親豹の頭周辺をゆっくりとうろついたあと、弱々しい頭突きを
親豹の匂いを自分に付けているのか。
自分の匂いを親豹に付けているのか。
行動の理由は定かではないが、どこか鬼気迫る様相である。
シルティが見守る中。
幼獣はゆっくりと動きを止めた。
そして、消え入りそうなほどか細く、るるる……、と喉を鳴らす。
もう四日も寄り添っていたのに、その
こうして身体を擦り寄せても、遊んでくれないし、
それどころか、あの
幼獣には未だ死という概念を理解できなかったが。
母親がもう動かないということは、嫌でも理解できてしまった。
そして、幼獣がそれを理解したことを、シルティは理解した。
幼獣は、最後に親豹に頬擦りをしてから。
亡骸に背を向けて、泰然と歩み始めた。
「……いいの?」
シルティが身振りで親豹の方を指し示す。
幼獣はシルティのことをちらりと見たが、親豹の方へは振り返らなかった。
幼いながらもどこか気高さを垣間見せる後ろ姿に、シルティの目が潤む。
座り込んだままそれを見送りそうになるほど、シルティは感動していた。
とてとてと数十歩ほど歩んだ幼獣は、そこで立ち止まり、振り返ってシルティを睨み付けた。
幼獣はそのまま動かない。
シルティを睨みつけたまま、尻尾で地面をタシンタシンと叩く。まるで、早く来い、とでも言いたげな様子だ。
明らかにシルティを待っている。
「あ」
シルティは気付いた。
幼獣の進行方向は、シルティの望む目的地、つまり入り江がある方向と一致している。
シルティが幼獣に海行きを打診した際に、腕を伸ばして示した方向を覚えていたのだろうか。
だとすれば、あの時、シルティが海行きを打診しているということを少なからず理解していたということになるのではないだろうか。
「ちびすけくん……きみ、もしかして、私の言いたいこと結構わかってない?」
声をかけると、幼獣はそっぽを向いた。なんとも人類種的な仕草だ。
無論、この短時間で幼獣が人類言語を習得したとは毛ほども思っていないシルティであるが、大袈裟な
現に、幼獣はこうして入り江へ足を向けながら、シルティの同行を大人しく待っている。
「……まあ、いいか」
意思疎通の精度はともかく。
こうして待ってくれているのだから、同行者としては認めてくれたらしい。必要最低限はクリアした。
「急ぐから、ちょっと持ち上げるよ」
シルティは幼獣の脇の下に手を突っ込んでひょいと持ち上げる。
バリバリ、という音が聞こえそうなほど、強烈に腕を引っ掻かれた。
ブヅッ、という感触と共に、まだ乳歯ではあるが充分に鋭い牙が手の皮膚を貫く。
そこまで許したつもりはない、と言うことだろう。幼獣は自らの主張をわかりやすく表現してみせた。
「こらこら、大人しくしなさいってば。急がないと、きみのご飯がないんだって」
だが、強大な魔物たちと数多の殺し合いを演じてきたシルティにとって、幼獣に引っかかれて噛まれた程度では傷とも呼べない。
幼獣の自己主張を呆気なく黙殺し、噛み付かれたまま、森の中を駆け出した。
胸に抱いた幼獣を気遣いつつ、可能な限り全力で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます