第11話 キトン・ブルー



 シルティの故郷があるノスブラ大陸も含め、人類種はある種の動物たちと生活を共にすることが多々ある。

 乳製品・肉・卵・皮革ひかくなどを得るための畜産動物。人類種が背中に乗るための騎獣きじゅう。背中に荷物を括りつけて運ぶ駄獣だじゅう。車両などを牽引する輓獣ばんじゅう。狩猟の際に伴う猟獣りょうじゅう。そして、愛玩動物などだ。

 その中でも、特に愛玩に目的を絞るならば、犬、そして猫という二種の小中型動物が最もポピュラーである。

 シルティの故郷でも、両方が飼われていた。


 この二種ならば、シルティはどちらかと言えば犬の方が好きである。

 特に、身体がでっかくて、四肢がすらりとしていて、口吻マズルがしゅっと長い犬が、格好良くて好きだ。

 が、それはそれとして猫も大好きであるので、シルティは猫の生態にもそれなりに詳しかった。


 琥珀豹は、体格こそ比較にならないほど大きいが、姿形は猫に似ていると言えるだろう。サイズや体表の模様以外で明確に違うといえるのは、耳介の形や瞳孔の形ぐらいだろうか。

 猫の耳介は鋭角な三角形であることが多いが、琥珀豹の耳介は角部がかなり丸みを帯びている。

 猫の瞳孔は縦のスリットだが、琥珀豹の瞳孔は完全に円だ。

 だが、多少の差異はあれど肉体の基本設計は似通っているように見えるし、どちらも獲物を強襲するタイプの肉食獣であり、瞬発力に長けるといった特徴も近しい。

 であれば、その生態もある程度は似ている可能性は高いのではないか、とシルティは考えた。


 猫の虹彩の色というのは、大抵は親譲りの色になるものだ。また、血縁関係が深くなるため、ひとつの地域内では似通った色合いになることも多い。例えばシルティの故郷では薄緑色の瞳を持つ猫が多かった。

 しかし、産まれて間もない仔猫の虹彩は例外的に、種類を問わず灰色がかった青色に見えることが多い。これは、生誕直後の猫は虹彩への色素の沈着が不十分なためだ。成長に伴い徐々に虹彩に色素が沈着し、生来の色へと変わっていくのである。

 生後間もない時期にのみ見られるこの青い虹彩は、俗に『キトン・ブルー仔猫の青』と呼ばれており、猫好きたちを魅了してやまない稀少な美貌として知られていた。

 無論、シルティもこれに魅了されている一人である。

 理屈や原理については全く知らないのだが、仔猫の虹彩が青いこと、そしてそれが成長に伴って変化することはよく知っていた。

 ちなみに、犬の虹彩も幼い頃は青っぽい色をしていることが多いが、猫ほど顕著ではない。


 目前の幼獣の虹彩は、親豹の山吹色とは全く違う美しい灰青色。

 しかもよくよく見れば、目の中央部だけがうっすらと色合いが違う。丸い瞳孔を縁取ふちどるように黄色を帯びており、滲むようなグラデーションを示している。

 それを見たシルティは、琥珀豹にもキトン・ブルーを持つ時期があるのだろう、とほぼ断定した。

 虹彩が生来の色に移り変わる時期には、まさにこのようなグラデーションを示す場合が多いのだ。


 猫ならば、キトン・ブルーが見られるのは短くて一か月強、長くとも三か月ほどまで。

 シルティは琥珀豹もキトン・ブルーを持つ時期があると断定したが、保有期間までもが猫と同様であるかはわからない。仮に、琥珀豹と猫が同様だとすれば、この幼獣は生後二か月前後と見るのが妥当だろうか。離乳も終わっていないのだから、かなり幼いはずだ。

 この年齢推定は、仮定に仮定を重ねた根拠の薄いものでしかないが、なんとなく、そう大きく外れてはいないのではないかとシルティは考えた。


(二か月ぐらいなら、ちょうどいい年齢としかも)


 ただでさえこの幼獣は肋骨が浮き出るほど痩せている。これ以上幼かったら、森の中を連れ歩くのは無理だっただろう。すぐに衰弱死してしまった可能性が高い。

 しかし、もっと年齢を重ねていたら、信頼関係を築くのに多大な時間がかかっただろう。それはそれで困る。

 と、その時。


(おっ)


 親豹の後肢付近に隠れていた幼獣が、そろりそろりと身を乗り出してきた。

 シルティは視界の端でそれを捉えながら、視線を向けないように気を付けて亡骸の喉や口吻マズルを撫で回し続ける。

 幼獣がそろりそろりと、さらに近寄ってくる。

 シルティは視界の端でそれを捉えながら、視線を向けないように気を付けて亡骸の頭や頬を撫で回し続ける。

 幼獣がそろりそろりと、シルティが腕を伸ばせば触れそうな距離にまで近寄ってきた。

 シルティは視界の端でそれを捉えながら、視線を向けないように気を付けて亡骸の胸や肩を撫で回し続ける。

 幼獣がそろりそろりと、寝転がったままのシルティの頭を、おそるおそる前肢で触ってきた。

 そこに来てようやく、シルティはちらりと幼獣に視線を向ける。

 幼獣がビクッと動きを止めた。


「やあ、ちびすけくん」


 シルティは亡骸を撫でるのを止めた。

 幼獣は硬直している。

 シルティは幼獣の鼻先に拳の形にした手をゆっくりと伸ばして、しかしこちらからは触れずに、相手の出方を窺う。

 幼獣は即座に逃げ、先ほどまでのように親豹の後肢付近に隠れてしまった。


 怒っているような、怯えているような、そんな表情だ。

 シルティは溜息を吐いた。

 まだまだ先は長そうである。


「まぁ、なんだ。これからよろしくね」


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