第48話 捧火宮局長へ報告

コンコン、とノックを三度して夜部は扉の向こうにいる局長に声をかける。


「捧火宮局長、夜部士貴です」

「入りたまえ」

「……失礼します」


 ガチャ、と扉を開けて俺と夜部は一緒に局長の執務室へと入る。


「鋼陽君たちはいないんだねぇ、先に帰らせたのはわざとかい?」

「……御冗談を、先に私たちと話があると言ったのは貴方の方ですよ。捧火宮局長」

「あはは、そうだったねぇ……アヒナ・ビーガンたちの組織名が隻願せきがん邪廻蛇じゃかいへびと名乗っていた、それは間違いないことだ」


 ……夜部が対応する中、俺は一つの疑問符が浮かんだままだ。

 みんなと別れた後、スマホから俺と夜部のスマホに捧火宮局長からのメールが届いた。書かれていた内容は、統烏院鋼陽、並びに、祓波継一郎、剣城斬志朗、猫本ルナを同席させずに夜部士貴、国木田拓馬の両名は私の執務室に来るように……という内ことだったわけだが、なぜ、あの四人を呼ばないのか不思議でならなかった。

 何か、捧火宮局長の意図を感じ取れるが、奥底までは深く読み取れない。

 なぜ、リーダーである夜部と副リーダーの俺だけに執務室に来いだなんてメールを局長は送って来たんだ……?


「はい、そのようで」

「今年に入ってから、急に新しい情報が次々と入るねぇ……困ったものだよ、本当に」

「……はぁ」


 局長も、今回のアヒナ・ビーガンのことで苦労しているようだ。

 頭を抱え、溜息を零されている。


「全国のニュースやパソコン画面にまで映し出されていたとニュースにも新聞のトップニュースにだって上がるほどだ。我々ライングリムも対応に追われている。おそらく情報操作が上手く働かないのは、隻願の邪廻蛇側にハッカーがいると睨んでいいだろうねぇ」

「……はい、私たちもそう推測しています」

「ならばなぜ、鋼陽君が現れてこんなにも事が進んでいるのか私は疑問なんだよ。夜部君……君には察せられるだろう?」

「……裏切り者の可能性がある、とおっしゃりたいのですか?」

「!!」


 鋼陽が、裏切り者……? つまり、スパイ? あの、鋼陽が……?

 だが、それならどうして他の三人も同伴させなかった?

 ……もしかして、他の三人も、その可能性があるから、とか?


「……まずは、国木田君の意見を聞こうか」

「私には、統烏院鋼陽がスパイには見えません。実際に彼は自分の祖父を殺されています……復讐心で、彼らと協力する可能性があるのはゼロとは言えませんがありえない筋ではないかと思います」

「そうだよねぇ。僕も、そうは思っている……だが、統烏院鋼陽は祖父を殺された時に聆月様の存在を秘匿した。しかも、前世で黄帝ともゆかりの深い人物だったのが分かっている」

「……!!」


 鋼陽が……? だが、黄帝の本体は天国にいるという話なら、処刑人たちの間で知らない話ではない。だが、彼が何者かの体を借りて中国支部で司令塔を買って出ているのが現状なのも事実。

 前世で繋がりを持っていたとするならアヒナ・ビーガンたちに協力する可能性はある……? なくはない、のかな。って、ない方だろ。普通に考えて。

 黄帝のことで綴られている文献を多く見たわけじゃないが、中国が尊敬する祖先にである皇帝なんだ。逆に彼を罵るようなことを書く文献があったら、中国側が隠蔽するどころかそんな文献は焼き払っていてもおかしくないだろう。

 あの国は祖先を尊ぶ国だ。間違いないと俺の直感が告げている。


「……夜部君はどうだい?」

「俺も国木田の意見に賛同します。彼の人間性的に善人寄りなのはわかっています。少なくとも文献だけの認知ですが黄帝が敵には容赦はなかったですが、味方側の人間に温情がない人物でないのもわかっていますから」

「……そうか」


 ……ああ、やっぱり夜部の意見を聞いて俺も同意見だ。

 聆月様に対して、恋心を患っているのは彼の眼や態度を見ていてもわかる。

 逆にアヒナ・ビーガンたちから送り込んで来たスパイだとするなら、それすらも嘘として通すはず……彼の爪の甘い所がないとは俺には感じられない。しかもわざわざ聆月様と戦番になったら、逆に動きづらいこともあるのは目に見えている。

 彼の人間性を知らなかったらまだそっちの方に軍配が上がったかもしれないが、彼と接していて人を思う気持ちがない人間性じゃないのはわかっているんだ……うん。

やっぱりそうだよな。

 それにある程度、聞けば答える程度には話してくれていると思う。

 しかし一か月の期間より前に、鋼陽が彼らとのなんらかの繋がりを持っていたとしたら……さっきまで思考していた考えは一気に逆転し可能性はぐんと上がる。

 捧火宮局長はそれを睨んで、俺たちだけを招集したのだろうか。


「剣城斬志朗君は、以前まで己の戦番だった送り犬を何者かに殺されている。今は、そのこどもと戦番になったようだが……統烏院鋼陽と出会ってから、その復讐心は鳴りを潜めている。彼自身が更生させたとも受け取れる程度にね。祓波継一郎は彼の父である祓波蘇摩の恩返しするために金を稼ぎたいと言う理由だが……彼も、統烏院鋼陽と縁を持っているよね?」

「……確かに、その二つの話は既に知っています。ですが、だからといって統烏院鋼陽がスパイという言い切る可能性は、まだ不明瞭な点があるのではないでしょうか」

「そうなんだよねぇ。猫本隊員に関しては、彼女が配信者であるという都合も考え席を外させた……ルナちゃんの場合、冷静に対応できるだろうけど余計な情報で配信活動に支障が出ても困るからねぇ。我が日本支部の広報部としても活動してくれているんだ。頑張ってほしいんだよぉ……処刑人は死亡率が高いから、新人が入るのは多いわけじゃないからねぇ」


 ……まぁ、確かに。子猫嬢は余計な情報を入れるより、何も知らない方が普段通りに過ごせるだろう。態度に全部出るってタイプじゃないけど、捧火宮局長なりの気遣いって奴かな。

 ライングリムに所属したい、という人間は少なくないがほぼ立ち位置的には死ぬことが普通にあり得る軍人系と捉えるのが普通だ。

 自衛隊よりも確実に死亡率がぐんと上がっている。神者を認識できるが、わざと隠す学生だって多くいるのが現状だ。


「君たち二人は、僕が安心して会話できる人間だと思っているからこそこの場に来てもらったわけだけど……二人から見ても、統烏院鋼陽は黒には見えない……そう受け取っていいんだね?」

「はい」

「……そうなりますね」

「そっかー……うん、わかったよ。ありがとうね二人とも」

「いえ、大丈夫です」

「僕から見えて明らかに怪しいのはあの二人だけど、君たちがそこまで言うなら、一旦保留にしようか。泳がせておいて、君たちが寝首を掻いてくれることを祈るよ」

「……後輩殺しを強要する気ですか?」

「国木田っ」


 夜部が言葉で俺を制す。

 ……ごめん夜部。でも、この人の言い分もわかるけどやっぱりスパイだからとじゃなくて、後輩を俺たちが殺さなくちゃいけないかもしれないと思うと、頭が沸騰したみたいに胸に怒りが込み上げてくるんだ。


「はっはっは、そういうわけじゃないさ。ルナちゃんなら君は同期じゃないか。同期殺しは含めたくないんだねぇ」

「……っ」

「ごめんごめん、君は同期が一か月前に死んだばかりだったね。あれは悲しい出来事だったよ」

「……気分が悪くなったので、先に失礼します」

「国木田!!」

「待って、国木田君」


 捧火宮局長に呼び止められ、ドアノブを握ろうとした手を止める。


「……国木田君、君が辛いのはわかる。だが、その隣にいる夜部君は君よりももっと多くの仲間の死を見ている……君だけが、辛いってわけじゃないってことをわかってほしいんだ」

「……失礼します」


 バンッ、と力強く扉を閉めてしまった。

 俺は扉の背にもたれ、頭を抱えた。

 

「……わかってるよ、大人げないって」


 俺が好きでライングリムに所属したわけじゃないって、知ってるくせにさ。

 大人ですって態度を取って、若い奴だろうが年を取った奴だろうが関係なくアンタは局長だからって理由でその言葉を言うだけじゃないか。

 気を遣ってないんだよ、その言葉は。

 ただの、表面上だけの、自分にとって都合がいいことを守ろうとするだけ。

 それだけの、俺側の人間に対して当然だから気にしてんじゃねえ、って彼らの死を悼もうとしている俺に対する壁にも等しい発言だ。


「……くそっ」


 小さく呟かれた、国木田の言葉は執務室の彼らには聞こえていなかった。




 ◇ ◇ ◇



「……行っちゃったね」

「そう、ですね」


 国木田はああ見えて、繊細だ。

 お前だけが辛いわけじゃないって言葉は、彼にとっては重い言葉でしかない。

 わかっているから、彼はより態度で反発したのだろう。

 ……割り切るとか、そういうものじゃなく、大切だったからこそ大切だと想っていたい彼にとっては、彼らのその思いも見えているだろうから。


「夜部君はこのまま、サンガードズとして彼らと共に行動してほしい……頼めるかな?」

「大丈夫です、仲間を一人でも生きていてほしいと願うのは、国木田も同じでしょうから……ですが、捧火宮局長。一ついいですか?」

「なんだい?」

「あまり、彼に気遣いのつもりでもああいう言葉は言わないでやってください……彼はああ見えて、傷つきやすいので」

「……ごめんねぇ、昭和時代からずっと長生きをしているせいか、昔のやりかたをしていないと忘れてしまいそうなんだ……空襲があったことすらも、ね」


 眼鏡を外す捧火宮局長のブラウン系の瞳が、レンズ越しでなくはっきりと見える。

 確か、捧火宮局長は戦時中の時、ローブを纏った女に不死の呪いを与えられたという……何の因果が働いて、今この状況が幾多の束となっているのか理解なんて早々とできる物でもないけれど。


「……捧火宮局長」

「いや、いいんだ。時代によって考え方を変えていかなくてはいけないのは、わかっているつもりなんだ。だが、だがね……正気を保ってないと、一瞬であの光景が切り取られて誰かに燃やされてしまうかと思うと、立ってすらもいられなくなるんだ。笑っても、いられなくなってしまうんだよ。ずっと、泣き続けてしまいたくなるんだ」


「……捧火宮局長、俺はローブを纏った人物を必ず突き留めます、だから苦しかったら、いつでも言ってください。話なら、聞けますから」

「ありがとう、夜部君。でも、いいんだ。泣いたら、泣き始めてしまったら、記憶ごと剥がれ落ちてしまいそうで、怖いんだ……何事もなかったように振舞える自信が、ないんだ」

「そうですか……では、俺は失礼します」

「っ、ああ、後は頼んだよ……後日の鋼陽君たちの歓迎会、楽しんでおいで」

「……はい」


 俺は扉を開け、横に国木田が立っているのが見える。


「……無理しないでいいんだよ、国木田」

「大丈夫ー! ……いつも通りの俺に戻ったろ? 夜部」

「……そうだね」


 国木田は明るく振舞う……無理しなくてもいいのに。でも、彼はそうしないと自分を保っていられないんだろうと、心の中で彼を理解する。

 俺は、感謝をしなくてはいけないと思っている。

 この運命を与えてくれた、物語の神様に。

 ……大切な人たちを守るための、理由をくれた神様に。

 だから、俺は絶対に捧火宮局長も、ライングリムにいるみんなも、守ってみせる。

 これは、誓約だ――――に課せられた、たった一つの誓い。

 絶対に、ローブの人物を見つけ出してみせる。

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