第47話 新宿駅任務から帰還

「……はぁ、疲れたぁ」

「お疲れ、子猫嬢。みんなもお疲れ様ぁー」


 俺たちは封鎖されていた新宿駅を出た。

 それぞれ、体力の限界が達し各々地面に倒れたり、壁にもたれたりしている。

 国木田先輩にファントムのことを聞いいた。


「……ファントムの正体は、看破できたのですか? 国木田先輩」

「一応、サリエルだと思ってる……でも、どうして神者である彼が隻願の邪廻蛇にいるのかまではわかってないけどね」

「……そうですか」

「クラリッサ隊員の治癒術は見ておきたかったけど、先に報告書の作成をしなくちゃいけないだろうから早く本部に戻らないとねぇー……はぁ、だっるー」


 国木田先輩は体を伸ばし、んん、っと唸る。

 ……本当に疲れた。まさか、新人最初の仕事がこんな任務になるとは想定もしていなかったな。


「はぁ……今日車で帰れるんっすよね?」

「今日のMVPは祓波君だね。ゾンビの動きを止めていなかったら、あっという間に新宿駅から出ていただろうし」

「でも、レムレスに喰われたことの方が多かったですけどね……逆に、俺が死なせたようなもんでしょ」

「そんな風に考えちゃだめだよ、祓波君。君は君なりに頑張ったんだから」

「……ありがとうございます」


 祓波も、相当頑張ったんだ。

 なんか、へこんでいるし……しかたない。賛辞の言葉を送ってやろう。


「祓波なりに頑張っていただろう。いつまでもそんな顔をしていたら、助かった人間も暗い顔をするぞ」

「そう、かな……そう、だよな……うん」


 祓波は両手を叩いて、ぱっと切り替わったのか普段の歯を見せながら笑う。


「よっしゃぁ! んじゃ、みんな報告書作成頑張りましょ! 報告書もはやく終わらせたらすぐにでも帰れるんですし!!」

「あー……報告書めんどーい! 配信活動よりお手軽だけど疲れるにゃー!! もぉー!!」


 じたばたと地団太を踏む猫本先輩。

 ……彼女を見ていると、猫を見ている気分になるから和むな。

 祓波が夜部先輩の方を見ると、彼がスマホで何か確認しているのが見えた。


「夜部先輩? 何してんですか」

「いや、ちょっとね……どうかしたの?」

「いやあの、処刑人アプリで報告書は打ち込めないんですか?」

「いいや、アプリに報告書は打てるよ。だから問題はないかな。もし、スマホを変える時は、SNSをやっていたら連携させれば他の機種に映した時にも問題なく使えるから……一部の処刑人はSNSサイトだよな、って冗談で言うこともあるくらいだけど」

「ソシャゲアプリとかのあるある連携と似てるのは事実だよねぇ……はぁ、後で目薬しないと目が疲れちゃうわぁ」

「やっりー! 報告書にわざわざ紙から書かなくてもいいんっすね!? お手軽ー!! 現代人様様っじゃないっすかぁ!」

「元気だねー、祓波くーん……お兄さんはちょっと疲れたよ」


 国木田先輩は自分のこめかみを抑えながら、あぁ、とだるそうに声を漏らした。

 ガッツポーズする祓波に、俺は顎に手を当てる。

 近代的だな……昔でも報告書という紙で書かなきゃいけないことだと言うのに。

 時代も進化している、ということか……便利な世の中になった物だと言えるんだろうが、なんだか寂しい気もしなくもない。


「……本当に今って近代的ですよね。昔なら考えられない」

「? もう百年以上も前からこのスタイルだったでしょ? 近代的って、何言ってるのさ」

「……田舎の人間には、あまり慣れないと言うだけですよ」

「あー……都市なら大分そっちの方が増えて来てるけど、一部地域のレムレスの大群に襲われたことのあるとこではそれが基本だよね。平原化したりして作物も育ちにくくなったりするから、物資も確保するのも大変だったりするんだっけ」

「はい、俺らの地元である関も、レムレスにやられたことあるんで。そうだよな? 鋼陽」

「……ああ」


 関は昔に、大群のレムレスに襲われた地域でもある。レムレスに襲われた地域によっては、復旧するのに大分時間と物資が必要になるし、平原化していくことに関しては、まだライングリムでも情報を模索しているはず。

 だから、紙を使った物でやっているというわけだ。

 国木田先輩は、「ごめんね、ちょっと空気読めてなかったね」と謝られた。

 いえ、大丈夫です。と俺は気を遣ってくれる国木田先輩に普通に答える。


「……未だに履歴書とか手描きだったりするところもあるよね、まだコウ君たちには処理しきれてないでしょ、気持ち的にさ」

「いえ……俺もアルバイトをしていた時は履歴書を書かされたので」


 ……田舎と都市の違い、絶対的だな。うん。

 国木田先輩に言ったようにアルバイトをしていた時期には、その辺りは普通にアプリなんぞ使わず履歴書をペンで書いていたのが懐かしい……まあ、俺がしていたアルバイトは親戚付き合いで行った程度の物でしかないが。

 前世でもアルバイトをしていた経験がないわけじゃない、と思いたい……だが、そこら辺の記憶がまだ戻ってきてないからない可能性もゼロとは言い切れないのが悲しい話だな。


「鋼陽君がアルバイト!? 女の子から貢いでもらってるのかと思ってた!!」

「……偏見じゃないですか? 猫本先輩」

「だって、ホスト顔負けの美貌でしょ? 鋼陽君って! 絶世の美男子レベルじゃない!?」

「……俺は絶世とつくほどじゃないと思いますが」

「イケメンだとは思ってるんだね」

「顔がいいと女子に言われたことがあるので、多少という程度なだけです。そこまで自惚れていません」


 ……顔が悪いのに異性が寄って来ることなんぞありえないだろう。

 強いて言うなら、外見が多少悪くても面白い奴なら寄って来ることもゼロではなくとも、性格が悪いと本質を見抜けば人って物はいくらでも寄ってこなくなるからな。

 猫本先輩はずばり! と言って、俺に向かって指を差してきた。


「じゃあ鋼陽君って学生時代とか女の子たちに色々物とかもらってたタイプでしょ!」

「……何で知ってるんですか」

「ほらぁ、やっぱり!!」

「こらこらぁ、ダメじゃん子猫嬢ー! 仕事中にプライベートの話しないのぉ」

「えー!? だってぇ気になったんだもーん! 顔面も内面もイケメンな人この場で二人もいるんだよ!? 聞きたくなるじゃーん!! ちてきこうきしーん!!」

「ダメでーす、お兄さんは認めません。副リーダーなんでね」

「むぅ、フマーン!」


 抗議のつもりか、猫本は自分の袖を上下に振る。

 ……猫の威嚇というよりアリクイの威嚇にも見える気がするな。

 あれは、手を振らないが雰囲気が似ている、という意味でだ。


「子猫嬢も配信活動する時にコラボする相手に遠慮する時はするんじゃないのー?」

「う、それは……そうだね、うん。私がちょっと調子乗ってたよ。ごめんなさい」


 しゅーん、と頭を下げれば耳も下へと垂れる。

 ……猫耳が、垂れている。垂れている、だと!?

 わきわき、と思わず疼いてしまう手を必死に精神力で抑え込む。

 落ち着け、猫が好きだからって猫耳が垂れて、可愛いと思うなんぞ猫本先輩に失礼だ……!! 落ち着け、落ち着け俺よ。

 先輩に粗相をしないためにも、この衝動を抑えなくては……!!


「鋼陽、どしたの? 指わきわきしてるけど」

「……っ、いえ、なんでもないです」

「……ルナちゃんが猫又との混者だから撫でたくなる気持ちもわかるけど、ダメだだからね?」

「……っ、はい」


 ぐっと、拳を強く握る。

 夜部先輩の言う通りだ、親しき中にも礼儀あり。

 猫は撫でる者、人は優しくする者、だ……くぅ。

 視線が猫本先輩に目が行ってしまう。俺が前世から猫愛好家だったばっかりに、猫本先輩の猫耳が垂れているのについ注目してしまう。


「俺に謝るんじゃなくて、鋼陽にしなくちゃいけないことがあるんじゃない?」

「むぅ……わかったよ国木田ぁ」


 猫本先輩はこっちにやってきて、俺の顔をじっと見る。

 耳を垂らした状態で、だ。


「……鋼陽君、ごめんね? 仕事中だったのにさ、聞かれるの嫌だったよね。空気読めてない時、今度は鋼陽君が怒ってもらってもいい?」

「……っ、いえ、気にしていないです」

「だ、ダメだよぉ! それじゃ私が反省したことになんないもん! 一発、チョップするってことで、お互いなかったことにしよ? ね!?」

「……俺も反省するべき所があったので、大丈夫です。でも猫本先輩は感がいいんですね」

「え? ……え、えへへっ、先輩の勘は鋭いのだよーっ! へっへーんだ!!」


 さっきまでしゅーんと、落ち込んでいた猫耳が一瞬でぴんっ、と立った。

 猫本先輩も、笑顔になり仁王立ちして鼻が高く、えっへん! と調子に乗り始める……うん、調子に乗っている猫本先輩の方が可愛らしいな。

 ……後ろで芸人魂に火が付いた奴の気配がするが、まさかな。


「すっごいすね、猫本先輩! 女子の感って奴ですか? でも? 俺は知ってまーした!」

「えぇ!? そうなのぉ!? ……ざんねーん、せっかく当てたって思って浮かれてた気持ち返してよぉ!! 祓波くーん!!」

「嫌でーす、へへーんだ!」

「何をぉ!? へへーん返し!!」

「へへーん返し返し!」

「やるなぁ!?」


 へへーんと言って、猫本先輩と祓波はお互いに顔を段々と上にあげていく。

 ……何をやってるんだこの二人は。

 威張ってるんじゃなくて、もう見上げてるじゃないかそれは。


「じゃあ、これならどうだぁ!! へへーん返しブリッーーーージ!!」

「な、何!? じゃあ、俺も……!」


 猫本先輩と祓波はお互いに腰に手を当てながら段々と上の方へと体をのけぞる。

 しかも猫本先輩はなんと、ブリッジをして見せた。制服的に彼女のスカートはギリギリ見えないよう配慮されているようで安心する。


「あ、これ以上無理!! 無理無理無理!! だぁあああああ!!」


 祓波は、猫本先輩の方を見ながら彼女と同じくブリッジをしようと試みるも、地面に崩れ落ちた。


「うにゃー? たるんどるぞー! コウハーイ!」

「猫本先輩、体柔らかすぎですよぉー!」

「にゃっはっは! 毎日運動は欠かしてないんですよーっだ!!」

「あはははは、すごいっすねぇ」


 このメンバーの中でおそらくムードメイカーは、猫本先輩と祓波が担ってくれている。さっきまでの重い空気が晴れていっているのは肌で感じ取れた。

 何してるんだか、と呆れを口にする国木田先輩の気持ちもわからなくはない。

 国木田先輩の言葉に心の中で同意した。

 ……少しの呆れはなくないが、今は二人には感謝だな。

 猫本先輩はスッと余裕で起き上がり、袖を横に振る。


「それじゃ、みんなそろそろ帰ろうよ! お互い疲れてるわけだしさっ」

「えー!? 本部に行かなくていいんっすか!?」

「論手司令官には俺と国木田が報告するから、他のみんなは休んでいていいよ」

「了解っす!」

「にゃーい! んじゃ、後はよろしくぅリーダー! 副リーダーもね!」

「ほーい。んじゃ、みんなカイサーン! ってことで! ……鋼陽たちは?」

「……俺たちもそろそろ帰ります。再度聞きますが、報告書はアプリでできるんでしたよね?」

「うん、そうだよ。後は任せて」

「わかりました」


 各々、別行動という形に落ち着いた。

 聆月が隣から声をかけてくる。


「……ならば、鋼陽。一度帰宅しても問題ないんじゃないか?」

「そうだな」


 空中に浮く聆月は霊体化をすると共に、俺はスマホの報告書作成は後にすることにした。クラリッサ隊員と会うことはなく、俺たちの任務は終了を告げた。

 夕焼けが照らす帰り道に、安心感が胸にじわじわと湧いてくる中俺たちはそれぞれ帰路に就く。

 マンションの中に入り、溜息を吐きながら部屋に来れた安堵感に包まれる。


「……聆月、もう大丈夫だぞ」

「ああ……お疲れ様。鋼陽」


 聆月は霊体化を解き、ゆっくりと俺にねぎらいの言葉をかけてくれる。

 内心感謝しつつ、彼女の労いの言葉に対し態度で示すことにした。


「今日は何が食べたい?」

「お前が作ってくれるのか?」

「お粥の礼がしたいからな……俺の作れる範囲の物でいいなら」

「……うん、何がいいか」


 聆月は考え始めると、数分も経たずに自分の手を叩く。


「……では、クレープはどうだ?」

「ホットプレートがあるから、作れないわけじゃないが……」

「では、そうしよう! イチゴクレープが食べたいっ」


 聆月の提案にふむ、と鋼陽は顎に手を当てる。

 ……イチゴと生クリームが足りないな。スーパーにでも買って来よう。


「……スーパーに行くか、楽しみにしておいてくれ」

「ああ! 楽しみだっ」


 聆月は嬉しそうに俺の手を掴む。


「ほら、鋼陽! 急がなくては料理が逃げるぞ」

「……食べないと逃げないだろう?」

「ふふふ、冗談だ。ほら、行こうっ」


 聆月が俺の腕を引っ張り、俺と聆月は夕焼けに包まれた街並みの中溶け込んでいくことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る