第46話 隻願の邪廻蛇

 俺はファントムの背中を斬った。

 倒れたファントムはその場で蹲りながら声を荒げる。


「……っ、お前。母体を、倒したのか!?」

「ああ、だったらなんだ? もう後は他のレムレスの討伐を終えれば今回の任務は終わりだ……お前を拘束し、ライングリムに連行する」

「……!! くそ!!」


 後もう少しで、応援も駆けつけてくれるだろう。

 ……念のため、母体を殺して弱い個体だったのかほとんどのレムレスが消滅している。一部、属性を得たレムレスはまだいるようだが一旦なんとかなりそうだ。

 猫本先輩が来て、ここに来てみれば国木田先輩が襲われているじゃないか。

 彼には悪いが瞬踏を使い久木田先輩と剣城を囮にして、ファントムに重い一撃を食らわせた、というのが事の顛末だ。


「……鋼陽、助かった」

「礼を言える精神を持っていたんだな? お前」

「貴様ぁ!! ふざけているのか!?」


 仏頂面でいう剣城をからかってわざと怒らせる。

 ……うむ、変な態度をされるより剣城はこの反応でいい。はっきり言って鬱陶しいのは変わらないが、下手になよなよしい反応なんぞコイツにされたと思ったら気色が悪いだけだ。


「まだレムレスは残ってるよ、鋼陽。ルナちゃんが他のレムレスたちの注意を引いてくれているけど、先斬りってわけじゃないから限度がある……対応に向かってくれるね?」

「夜部先輩……わかりました」


 夜部先輩は冷静に言う。

 剣城はファントムとの応戦を、夜部先輩は帳を新宿駅全域に帳という結界を張ってくれていた……祓波もゾンビたちの拘束に尽力していたな。

 新人だというのに相当頑張ったのだ、夜部先輩に褒められて当然と言えよう。

 気が付くと、横から、何か赤い糸が見えた。


「? なんだ……?」


 赤い糸がファントムに巻き付いたかと思ったら、一瞬で姿を消す。


「「「「!!」」」」

「ファントムが、消えた……?」

「いいや、後ろだ!!」


 国木田先輩が叫ぶと、俺たちは一斉に後ろの方を見る。

 そこにはにやにやと口角を上げている彼女がいた。


「あらぁ……ファントムちゃあん。ケガしてるじゃなぁい♡ ダサいわねー?」

「うるさいよ!! アヒナ!!」


 アヒナ・ビーガンはファントムの衣服の血を吸いだすように白いローブにかかった血を綺麗に直して見せた。膝に手を当て、うっそりと彼女は微笑む。


「これで大丈夫ねぇ? ファントムたぁーん♡」

「だから、そのたんって呼び方止めてよね!? ホントウザイ!! お前のそういうとこ!!」

「ふふふふふっ、元気そうで嬉しいわぁ」

「……アヒナ・ビーガン!! なぜお前がここに!?」

「あらぁ、情報班から教えてもらったんでしょう? 私がここに来るってぇ……その確率は、貴方が特異点だからこそ正しく生まれたのよぉ、統烏院鋼陽♡」

「俺が、特異点……だと?」


 ……一体、どういう意味だ?

 何を指して、俺を特異点などとアヒナ・ビーガンは言っているんだ?


「そうよぉ。ここにはいない人々も貴方たちすらも、ウィスプートの掌の中で踊る操り人形に過ぎない。私たちすらも彼の脚本のために踊る駒なのは気に喰わないけれどぉ……しかたがないことよねぇ」

「……ウィスプートとは、一体誰のことだ」


 ……そのウィスプートという人物が、彼岸花失踪事件の首謀者、ということなのか? やはり大きなバックが彼らには隠れているようだ。


「ふふふ、一体どんな存在なのかは貴方自身が見つけるしかできないわぁ。あの人にとって他人からの詮索行為は大っ嫌いな人だものぉ」

「いいから、答えろ! お前らの後ろには何がいる!?」

「私たちにその権限はないのぉ。貴方たちは、演者であって観客ではない……残念ねぇ。観客でいられたら幸福だけを享受できる素敵な人生で幕を閉じれたというのに……私たちは彼に、それを認められてすらもいないのだもの」


 アヒナ・ビーガンは口角を上げ微笑んでいるが、目がどこかだ寂しげに映る。

 ……演者? 観客? 何の話だ? コイツが何を考えているか読めない。

 ……理解が追い付かん。鋼陽は冷静に、冷静に思考をする。祓波の拘束すら強引に解いて見せた女だ……下手に動けば、あっという間にこいつに殺されかねない。

 みんな、体力も気力もほとんどない。はっきり言ってこのまま戦闘続行は苦だ。残りのレムレスの討伐ができるかどうか怪しい……応援を期待したいところだが会話をしながらなんとか応援が来てもらえるよう耐えるしかない。

 ……コイツのくだらないやりとりをいつまでもするつもりがないが、話を引き延ばさなくては全滅する。


「質問に答えろ!! アヒナ・ビーガン!!」

「簡単に教えてあげるとでも思ってるぅ? 私ぃ、優しい女ではあるけどぉ軽い女じゃないのぉ……残念だけどぉ、許してねぇ? ダーリン♡」

「……生憎、俺は惚れた女意外にその表現をされるのは拒否している」

「あらぁ、ならいいじゃなぁい。ダーリンが嫌がる顔を見るの、大好きだから使っちゃう♡ ……私こう見えて悪い女なのよぉ? ふふふっ」


 甘ったるい声で嘯いてくる女は、己の罠の中で獲物を眺めている蜘蛛のようだ。

 ……話が通じないのかこの女。いいや、わざとだ。俺たちがこの場でレムレスの駆除以外の体力がないことに気づいていて、会話を通して遊んでいるんだこの女は。


「……それにぃ、自己紹介って準備が必要なことじゃない? 大切なことではあるでしょう? 相手を知るために、自分を知ってもらうために尽くすための礼節だものぉ……親しき中にも礼儀あり、って言葉は万国共通よねぇ」

「……何が言いたい?」

「つまり、こういうことよぉ」


 パチン、と女は指を弾く。すると、夜部先輩が帳を降ろしてくれているというのに、彼女を全身に当たるようにスポットライトの光が灯る。

 続けて、新宿駅の立てかけられたディスプレイからアヒナ・ビーガンの顔が映し出された。


「……なんだ!?」

「皆々様、どうもお会いできて光栄よぉ。私たちは、隻願へきがん邪廻蛇じかいじゃ……覚えて帰ってねぇ、惰眠と打算塗れの一般人たちぃ」


 彼女はまるで、舞台上の客に向けての語部にしては親し気な口調で話す。


「何を、……っぐ!!」


 なぜか、体を動かせない。

 よく見れば、彼女の靴から赤い糸が伸びている。


「ライングリムの処刑人共……お前たちと戦争を起こす者たちの名、しかとその胸に刻みなさぁい。私たちこそが、彼岸花失踪事件の犯人よぉ」


 彼女はまるでテレビに向けて、演じるように、答えるように大げさな仕草を取る。

 国木田先輩が、焦るように小声で言う。


「電波ジャック? この状況で!?」

「……そう、なのでしょうか」


 近くのディスプレイから見える映像は電波ジャックの類ではあるのは彼の言葉通り明白だ。なぜなら、画面から聞こえてくる音には俺たちの声も僅かながら乗っている。後ろの背景も俺たちが見ているものと一致している。

 ……彼女の行動の意図は深く読めない、何を考えている?

 俺は刀の柄を握る手を強める。もし、電波ジャックが正しいのであればニュースなどで放映されていると見ていい。


「……なんのつもりだ!?」

「いや、剣城君。静かにしていよう……下手に動かない方がいい」

「ですが、」

「いいから、ここはリーダーに従うべきだよ」


 ……そうだ、このチームのリーダーは夜部先輩なのだ。

 剣城も夜部先輩の言葉に素直に頷き、俺たちは静かに黙ることにした。アヒナ・ビーガンはサーカスのピエロのような素振りも含めて演説を続ける。


「私たちはお前たちを駆逐する者。人類史に不要な異分子を排除する者……それこそが、私たちの掲げる目的であり、組織の名の理由……永遠に自分自身を喰らう蛇。己の番を持つことができない蛇。私たちは大願を成すために、人を収集し再覚醒させる……そんな虚しい蛇は、ウロボロスの輪とも呼べるこの名は素晴らしいわぁっ、これ以上にない私たちにふさわしい名前でしょう?」


 ……ウロボロスとは、また皮肉めいた呼称をするじゃないか。

 その意味で言うなら、自壊し続ける蛇、ということでもあるじゃないか。


「……今日という日を、みんな、忘れないでねぇ、それでは失礼するわぁ」


 パチン、とまたアヒナは自分の指を鳴らすとプツ、っと何かの音が切れる。

 どこからか、バチバチと火花が聞こえ、その物体は壊れた。同時に、夜部先輩の結界が解けたのか黒い夜となっていたはずの空間に光が戻る。

 ……火花が散っていた物は、黒いドローンだった。


「……今のは一体、どういうつもりだ?」

「あらぁ、ダーリン怖い顔ぉ♡ そんなところも、す・て・き。殺したいくらぁい♡」


 先に、俺がアヒナ・ビーガンに問い詰めればぴきっ、と蟀谷の血管が浮くのを覚える……本当にこの女は人をおちょくることしかしないな。

 煽り性能が高い、という奴か。祓波が言っていた言葉が思い浮かぶ。

 アヒナ・ビーガンを脅すため、俺は刀の先を彼女に向ける。

 

「調子に乗るなよ……?」

「あらぁ、なんのことかしらぁ? 私、わかんないわぁ」

「……っ、この!!」

「落ち着きなよ鋼陽……彼女はわざと挑発してる、乗ったらそっちのペースに流されちゃうよ」


 国木田先輩に注意され、俺はぐっと憤怒を抑える。

 ……いけない、彼の言う通りだ。

 彼女の調子に乗せられて、余計なことをしてしまうところだった。アヒナ・ビーガンはふふふっ、と自分本位で愉快気に、俺たちにとっては不快な笑みを浮かべる。


「……貴方なら、襲って来るかと思ったのにぃ」

「調子に乗るなよ」

「ふふふっ、一般人たちをゾンビにしたのは私たちがしたことだけどぉ、今回のために必要な犠牲だったの♡ 受け止めてくれるわよねぇ? 処刑人さん?」

「納得できるはずがないだろう!? ゾンビだからと、母体が近くにあるレムレスたちに死体を食わせるなんぞ……貴様に人の心はないのか!?」

「アンデットを人間扱いするのねぇ? ゾンビと化した人たちは一時的とはいえ……まぁ、病気に近い状態なのは確かもしれないと言えど貴方たちにとって、混者も人間という認識になるんじゃないのかしらぁ?」

「……っ、それは、」


 首を傾げ、うーん、と漏らすアヒナ・ビーガンに国木田先輩が何か言い返そうとするが口籠る声が聞こえる。俺ははっきりと正論を彼女にぶつけた。


「アンデットになろうが、人間であるならそれは人間だろうが」

「……鋼陽」


 ふふふ、と彼女はにこやかに、且つ楽し気に微笑む。


「……貴方は、そういう価値観なのねぇ。統烏院鋼陽」

「だったら、なんだ?」

「ふふふ、ええ、そうねぇ……ダーリンのこと、もっと殺したくなっちゃったわぁ♡」

「アヒナ、ふざけるのはいい加減にしてくれる? 今回は、僕らが狼煙を上げる日……そうでしょう? 回りくどいよ」

「ふふふ、ごめんなさいねぇ。ファントム♡ ちょーっと坊やのこと、からかいたくなっただけよぉ」

「……狼煙、だと?」


 一瞬暗い顔をしたかと思ったら、ファントムがアヒナに苛立ちを見せる。

 すぐにケロッと笑って見せるアヒナの表情と彼の言葉に違和感を覚える。


「そうだよ……! 覚えておきなよ処刑人。僕らはお前たち処刑人を皆殺しにする。そして、全人類を手中に収める……これは僕ら隻願の邪廻蛇へびの最初の第一歩だ」


 立ち上がるファントムは俺たちに睨む。

 ……コイツは、一体過去に何があったのだろう。いや、敵だから余計な考察はコイツ自身の口から話させればいい。

 剣城や国木田先輩が何か叫んでいるように聞こえたが、うまく聞き取れていなかった。だから、彼の正体は俺は知らん。

 彼らの後ろに、空間の罅が入った場所で前回のあの男が立っていた。


『ビーガン、ファントム帰りますよ』

「あらぁ、迎えに来てくれたのぉ? ハウゼン、助かるわぁ」

『いえ……行きましょう、ファントム』

「……わかってるよ」


 ちらっと、ファントムは剣城と国木田先輩に視線を向ける。

 ふん、と彼は鼻を鳴らした。


「おい、逃げるのか!?」

「私たちはどこにでもいてぇ、どこにもいなぁい。探そうと思ったって簡単に見つけかってあげないわぁ……それじゃ、またね? 処刑人の皆々様。またねぇ? ダーリン♡」


 彼女が手を振る中、空間の罅は消えていき去って行った。


「みんなー! 無事―!?」


 猫本先輩の声が聞こえる。

 俺たちは振り返ると、ケロッとした顔で袖を振る彼女がいた。


「大丈夫です」

「応援が来たから、レムレスたちの討伐は大丈夫だよ! 後は、一般人の救護だけ!」

「そうですか」

「うん、通信阻害は治った? 国木田」

「うん、たぶんそろそろ――」

『……ぃ、お前ら! 聞こえてるか!?』


 論手司令官の声だ。通信機からようやく彼の声が聞こえてきた。


「論手司令官、聞こえてますよ。どうしたんですか?」

『アヒナ・ビーガンたちの組織名がわかった! 隻願の邪廻蛇だ!』

「それ、知ってますよ。本人たちの前に言われたことなので」

『そ、そうか……アイツら、テレビやパソコン含め、全部の機械に放送していやがった!! 全国放送だぞ!?』

「え!? 全国放送ですか!?」


 あの女、電波ジャックで国内だけと思ったら全国放送だと……!?

 いや、確かドローンらしきものが落ちていたはずだからその可能性はあったが。

 ちらっと再度鋼陽は火花が散った物体を確認するために、手で機械に触れてみる。

 ……やはり、ドローンのようだな。

 それで全国に生中継をしていたと、俺たちの目の前で。そんな真似をすることができるほど、アイツらの組織は強大とも言えるだろう。

 ……本当に、全く行動が読めない奴らだ。


『後で、お前らにその映像を送る! お前たちは状況説明ってことで一度戻って来い!! クラリッサ隊員が新宿駅まで来ているから、後のことは彼女に任せればいい!』

「……わかりました」


 俺たちは論手司令官の言葉に従い、クラリッサ隊員という女性に任せることにして、現場から去った。

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