第45話 国木田によるファントムの考察
◇ ◇ ◇
――数分前。
国木田と聆月は二人係で猫本の治療に当たっていた。
神者である聆月の助力もあり、国木田はあっという間に完治させた。
「もう大丈夫だよ、子猫嬢」
「傷跡、残ってない……?」
「俺がわざと傷を残すようなことするように見える?」
子猫嬢は目に不安をため込んでいる。
彼女は配信者でもあるし、彼女自身怪我を負うようなことがないように回避担当の盾守をやっているんだ。普段なら、すぐに避けられる攻撃が避けれなかったのは、相当ファントムが難敵だった証明でもある。
涙目になってる子猫嬢に、はぁ、と溜息を吐きながら彼女の不安を少し除いてやることにした。
「癒手の俺が、女の子の体に傷残すわけないでしょうが……俺たちができる限りのことはしたんだから大丈夫だよ」
「本当……?」
潤んだ瞳で、子猫嬢は俺たちを見る。
顔面力高い美少女の潤んだ目は相当かわいく見える人間の方が多いんだろうけど、単純に同期だから心配なだけだから、他意はないんだ。いつもおちゃらける俺らしくないとは思うけど……その役は聆月様にお願いしよう。
猫本が不安がるのに、国木田自身に妹がいるわけじゃないが怯える彼女を国木田は笑い飛ばすように言うとさりげなく聆月が猫本の頭をそっと撫でる。
「確認したから大丈夫だ猫本……傷跡は消えている。大丈夫だ」
「……よかったぁ」
さっきまで生死の境を彷徨いかねない傷だったのを、安堵した笑顔を見せる。
まったくもう……心配したのこっちだってば、まったく。
「可愛い女の子が、体に傷が残ったら嫌だものな」
「え、えへへ……ありがとうございます、聆月様っ」
「聆月様みたいな人から頭も撫でられるなんて、滅多にないことなんだからありがたく思いなよ……もう。動ける? 子猫嬢」
……神者である聆月様に気遣われるって、本当に滅多にない機会だろう。
そんな機会に立ち会うとも思っていなかったが……って、そういう場合じゃないか。子猫嬢はゆっくりとした動きで、体を起き上がらせる。
「うん……ありがとう二人とも、もう動けるよっ」
立ち上がった猫本は、両腕で軽く運動をする。
……どうやら、本当にいつも通りみたいだな。「それじゃ鋼陽くんたちのとこ行って来るね!」と言って、目の前から一瞬で去った。
鋼陽がレムレスたちと戦っている、今は聆月様は鋼陽のところに行かせないと!
「聆月様、コウ君の所に!」
「……わかった、失礼する!」
聆月様は霊体化し、目の前から去る。
子猫嬢の傷は完治できたが……安心できる状況下ではない。祓波君も体力がなく、今結界を張っている夜部がゾンビたちとレムレスを新宿駅から出さないように彼固有の結界である帳を降ろしてくれている。
夜部も戦闘不能になった祓波君を守っているんだ、下手に戦闘をさせたら彼が死んでしまうかもしれない、それを避けるために夜部は彼を守っているんだ。
……応援が来るまでの時間稼ぎは、後何分まで耐えられるかどうか。
「送り犬! 力を貸せ!!」
「!? 剣城君!?」
剣城君の大声が聞こえる。
気が付いて視線をやれば、彼の頭に耳としっぽが生え始めた。髪の毛と同じ色の犬耳にも見えるが、いや、あの耳は狼か……?
彼が言った送り犬とは、日本の妖怪だ。送り狼、という慣用的などでも知られていているが、妖怪としてならば送り犬が正しい。
夜の山道や峠道を行く人の後をついてくることなどでも知られている獣の妖怪だ。
今、この空間は夜部先輩のツクヨミの与力の結界のおかげで、夜のように暗い。
ならば、彼の放つ与力は――夜に効果のある与力と言えよう。
「何? ……うわっ!!」
ファントムは、後ろに転がると体が大きくなる剣城は距離を詰めた。
「喰らえ!! ――
体を完全なる獣となった剣城は、亡霊の名を名乗る少年に噛みついた。
「ぐ、あぁ……!!」
白いローブは赤い血が滲み、肩からじんわりと血が零れ落ちる。
剣城君は、混者……? いや、単純に送り犬の与力で一瞬だけ獣の姿に変わっただけだ。俺にははっきりと見えている。
俺自身も、子猫嬢のように混者だからわかるというだけだけど。
地に伏したファントムは自分の肩に触れる。
剣城君は自分の刀を彼の首に向ける。
「さぁ、着いてきてもらおう――ライングリムはお前を捕まえるだろうが、悪いようにはしないはずだ」
「何、自分にだけ都合がいいこと言ってんの? ……ふざけてる? お前」
「ふざけてなんぞいない……それでは、もう動けないだろう?」
「調子に乗るなよ!! 処刑人風情が!!」
ファントムは己の体の傷に触れながら、淡い光を放つ。
彼の体に溢れた血が消えて行き、おそらく傷は治っていく。
治癒の力を持っているのか……!?
「っ、僕はまだ……戦える!!」
立ち上がったファントムは大鎌を剣城君に向ける。
「さぁ、戦え!! 処刑人!! お前たちを皆殺しにするまで、僕の殺戮は止まらない!!」
「……ファントム!! 貴様!!」
『キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!』
「「「「!!」」」」
思わず耳を塞ぐ……もしかして、鋼陽が母体を見つけた?
「……な、にっ!? 何の声だ!?」
剣城君は耳を抑えず、なんとか耐えている。剣城君は普通の反応だ。
母体の絶叫なんぞ、滅多に新人の彼が聞けるものじゃない。怒号、いいや、絶叫と評するにふさわしいレムレスの母体の声が耳鳴りにも似た感覚を覚える。
「夜部!」
「……っ、わかってるっ」
夜部は鋼陽に連絡を取っているのをスルーして、俺はファントムを見据えた。
……俺の眼でも、ファントムはなんの神者なのかわかっていない。
だが神者が人を襲うなんてことは一切しないというわけじゃない。
昔からの著書でも、神様の機嫌を損なった人間が悲惨な目に合うのは神話でも知られていることだ……だが、なんの神者だ?
外見から見るに、日本の神者とは到底思えない。神者によって、好みで自分の恰好を着る者がいることを考えたらはっきりいってキリがないことではある。
はっきりいって、俺が知る中でもその恰好をしておいてその神者様!? と、突っ込んだことがゼロということがないわけじゃないからだ。
『キィイイイイイイイイイイイイイイイイ!!』
「……うるっさ!!」
大抵の一般人の耳は母体の悲鳴を聞いた時点で潰される。処刑人の制服のおかげである程度全身の補助はされてると言えど、個人差で全然違うことがある。
処刑人の制服は特別な繊維で縫われた品だ。職人がその人物に合わせ効果が施されているから、多少は耐えられると言っても耳がいい奴だったらすぐにその場で倒れてもおかしくないほどの絶叫ではある。
……俺が目に特化した処刑人でよかったな。
耳に特化したタイプの処刑人だったら気絶物なんだよなこれ。
「っぐ……!! くぅ……っ!!」
「あはは、どうしたの? さっきまで粋がってたくせにさぁ? ……音に弱いの? お前ぇ!!」
「耐えれん、ほどではないさ!!」
ファントムと剣城君は再度戦闘を開始する。剣城君はおそらく、身体強化系だ。送り犬が戦番なのであるのなら、嗅覚だけじゃなく耳もいいはずだ……彼自身も耐えながら戦っているのがよくわかる。さっきよりも動きが鈍いのが証拠だ。
俺にできるのは戦ってくれてる剣城君の代わりに、彼の正体を看破することだ。
「……どれだ、どれなんだ」
ぶつかりあう金属音が響く中、国木田はファントムを観察する。
見た目的にも、どう見ても日本の神者のタイプには見えない。
……だったら、海外? 一旦、神話の物語を一つずつ上げていこう。
日本なら日本神話とアイヌ神話。中国方面ならば、中国神話、朝鮮神話。
アラブ方面ならインド神話、エジプト神話、アラビア神話、イラン神話、バビロニア神話、スラヴ神話、メソポタミア神話、ウガリット神話だ。
ヨーロッパ方面なら、ギリシャ神話、ローマ神話。北欧系ならケルト神話、ゲルマン神話、北欧神話、フィンランド神話、バルト神話だ。
モンゴル系なら、コーカサス神話。アメリカ系ならマヤ神話、アステカ神話、インカ神話だったはず。ハワイとかあっち方面なら、まんまハワイ神話と、ポリネシア神話でアフリカ系が西アフリカ神話とヨルバ神話だったかな。
クトゥルフ神話も含めたら、一般的に知られているのは28くらいの神話とかがあったはずだったな。
「……夜部、鋼陽は?」
「向こうで戦ってくれてる、母体との戦い方は伝えてあるから、問題はないはずだよ」
「そっか……祓波君は?」
「……後、もうちょい。休憩させてくださいっ……うぅ……」
床に這いつくばってる祓波君は、まだ動けない様子だ。
今、祓波君を回復させてあげるべきだけど、俺は癒手担当とは言えど気力の回復っていうか、スタミナを元に戻して上げれるタイプじゃない。
あくまで体の傷とか怪我を治療するとか、そういうタイプだし。
……聆月様なら、子猫嬢のスタミナも回復させてあげられていたようだったけど、やっぱり神者様の与力はすごいってことなんだな……混者よりも、本来の神者の方が力があることの方がある。天才タイプじゃない限りは、力は劣ることがほとんどなのが混者の特徴だ。
「…………」
他にも考察できる神話は、マイナーな神話ならゴート神話、アーリア神話と、俺的に分類わけがよくわかっていないのはテュルク神話もあるけど、合計して俺が知り得るのは31くらいだったはず……まだ勉強中だから、それくらいしか浮かばないな。
その神話の中でも、彼の恰好を見るにヨーロッパ系の類な気がする。
猫耳白ローブだからといって獣系……ってわけでもないだろう。神者様も、もっとわかりやすい恰好しろよ!! と、色々突っ込みたくなったとある御仁に対し、苛立ちが芽生え始める。
「だぁあああ……くそ!」
いかんいかん、冷静にならないと! ここで冷静さをなくしたら全滅だ。
落ち着け、落ち着くんだ。そうだ、冷静さを戦場で持っていなくてはいくらでも寝首をかかれる。殺されるからこそ、落ち着け、落ち着けよ。国木田拓馬。
俺は自分のHMDをそっと触れる。
「……一体、どれだっていうんだよ」
神者に関係する者は全部で考察する場合、必ずしも服装も加味はされなくはない。
彼の胸元にあるローブの留め金をしている宝石は、おそらくタンザナイトだ。東アフリカのタンザニアが原産地だったっけな……ん?
ヨーロッパ系って考えてるのにアフリカの品ってことは、さっそく考察外れてる? あれ? 俺、もしかしなくてもポンコツ? ……いやいや、待て待て。
「夜部、ファントムがなんの神者か、気づいた?」
「……いや、まだわからない。死神系のタイプかとは思うけど」
……夜部もわかっていないんだ。
だが、死神、死神か。ライングリムも死神をエンブレムとしているわけだけど、一応そっち路線で考えるのもアリか。
考察がややこしくさせないためにも一旦ヨーロッパって思考はそのままにしよう。うん……けどファントムにとって、何か縁のある品なのだろうか。
「っはは! どうしたの? その程度?」
「……っ、吠えるな!!」
剣城を蹴飛ばして、ファントムは余裕が滲んだ挑発をする。
戦闘をしながらも、破壊されないように注意を払いながら戦っているような気がする。タンザナイトは冷静、神秘、高貴、などの石言葉がある。
贈り物ってするなら濃い紫、濃い青がより出ている物がより高価になる。
色が深みのある色をしているから、おそらく高価な品と思われるが……そこはただ単のオシャレってだけなのか? いいや、一度考察した物から思考をやめては一旦考えようとしている思考を無駄にするということになる。
俺はファントムの細部まで推理する。
「……一体、なんの神者なんだ?」
国木田はできるかぎり思考にリソースを割く。
日本方面や中国方面、インド神話などのアジア系を除いてヨーロッパ系の神話から考えようとしているわけだけど……亡霊に関係する者とも考察できないわけじゃない。だから、夜部も死神系じゃないかと睨んでいるんだ。
本当の神の分類かと言われたら、妖精や神話生物の類の可能性もないわけじゃない……だが、彼の恰好は幽霊を思わせる格好をしている。
中世的な見た目と声をしているが、少年と捉えるより……あえて、少年の姿を取っている? お姉ちゃんって人と一緒にいた時の姿を忘れないため、とか?
神者によっては、力が強い存在なら見た目の姿を変えられる者もいる。
頭が混乱し続ける中、一つずつ冷静に答えを出してきている気もする。
「どうした!? 攻撃しないのか!?」
「っ……うるさいなぁ、お前!」
剣城はファントムを挑発する。
肩を抑えながらファントムは鎌を構え直す。
『ギィ、ギギィイイイイイイィイイイイイイイイイイィイイ!!』
「っぐ……!!」
「ああ、もう!! 母親のマリッジブルーは鬱陶しいなぁホント!!」
両耳に手を当てながら、国木田はなんとか冷静さを保つ。
落ち着け、国木田拓馬……!
……夜部から聞いた死神という単語を意識して、浮かぶ存在。
亡霊に近い見た目の神者、いや彼はおそらく幽霊的な存在じゃない、血を流す者なのならば生きている者、存在している者として考察するべきだ。
死神を思わせる鎌を持つ者。死に関連している神者か?
……死神を固定するならばギリシア神話ならばタナトスとハデス。北欧神話ならばオーディン、ヘル、ワルキューレ……ワルキューレとヘルは女性だから除外。
白、天使? 安直か? だが、死神みたいに鎌を使える天使って――まさか。
考え出される導き出され、俺ははっと息を漏らす。
わかったぞ、彼の正体は……!!
「――――ファントム、君はサリエルだな!?」
「……はぁ!? 国木田先輩!? 急に、何をっ」
「……!?」
国木田はファントムに向けて叫んだ。
ファントムはさらに大きい目を一度大きく見開いて、動きを止める。
彼の正体を完全に看破したかどうかはまだ掴めていない。
だが、夜部の一言のおかげでそこまで辿りつけた。
サリエルは神の命令という名を持つ大天使の一人であるアークエンジェルだ。
ザラキエルとも呼ばれている彼はエノク書には七大天使の一人。医療に精通していて癒す者と認知されていて、且つラファエルの右腕的立ち位置にいた。
体を傷を治せたのもその点が加味される。
「……まさか、違うなんて言う気?」
考察でさらに彼のポイントを上げるとするならば、だ。
彼の一つの役目として霊魂を罪に誘う霊魂の看守でもある死を司る天使で一説では鎌を持ち、死者の魂を狩ることもあったとか。
……人間に鎌で攻撃する点もそれならば納得できる。二つ目の彼の役割は、月の支配だったからこそ人々から堕天使ともされている。
堕天使なら翼がないとかの説明も付くし、白っぽい恰好なのは亡霊を狩るからこそ、白いローブを着ていると思えばわからなくもない。
「答えろ!! ファントム!!」
「…………ククク、アッハハハハハハハ!!」
彼の右目にある金色の瞳は爛々としている。
そう、俺の考察が間違っていなければ、サリエルは邪眼を持つ、天使の中でも邪眼の元祖とされている……!! 彼のオッドアイの右目が邪眼だと言うなら、他の要素をどれだけ思考しても、最終的に俺と夜部の考察は正しいことを指す!!
「……どうなんだ!! ファントム!!」
ファントムの眼は、すぐにスッと鋭くさせた。
金色の眼が、俺に向けて輝いたのを見ると体が動けなくなる。
「……っ!!」
「国木田!!」
声が、出ない。くそっ、身動きもできない。
やはり、彼はサリエルだったのか……!?
「……お姉ちゃんを殺したお前らに、答える義理はないよ!!」
ファントムは俺に向けて走ってくる。
――……不味い!! このままでは彼に首を切られる……!!
キィイイイン、と目の前で視界が黒くなると同時に金属がぶつかる音がする。
「おいっ!! お前の相手は、俺だぞ!! ファントム!!」
「剣城君!!」
「……こんの、体力馬鹿!!」
夜部が剣城君の姓を叫ぶと、ファントム……いいや、サリエルは剣城君を睨みつけた。
「誉め言葉だと俺は言ったが!?」
「っち……!! お前、ホントうっっっざい!!」
ファントムは、一度距離を取ろうと下がろうとした。
「――――鬱陶しいのは、どっちだ? ファントム!!」
血飛沫が舞ったのを感じれば、サリエルはその場で崩れ落ちる。
ファントムと叫んだ、彼の声が誰なのか一目瞭然だ。
「……がはっ、なんで……お前が、来るんだよ! 統烏院鋼陽!!」
「俺は処刑人だ、敵組織に対応するのも仕事の一環だが?」
「……っ、くそっ」
「鋼陽!!」
祓波君が、安堵が滲んだ声で叫んだ。
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