第44話 鋼陽VS新宿駅母体マーテル

『キィイイイイイイイイイイイイイイイイ!!』

「うるさいな……!!」


 鋼陽は両耳を抑えたくなる衝動を必死に堪え、刀を向ける手に力を込める。

 とにかくマーテルの悲鳴を抑え込まなければいけない。

 だが、コイツの口なんぞわかるわけもない。靄で出来上がったレムレスの母体であるマーテルがなぜ絶叫するのか理解ができん……っ。

 俺は思わず、刀を持っていない方の手で片耳を押せた。

 聆月の流吹治歌がなければ、とっくに鼓膜が破けているっ。


『鋼陽! 聞こえる!?』

「……っ、夜部先輩!?」

 

 通信機から、夜部先輩の声がする。

 若干聞き取れている自信がないが、彼の声なのはわかる。


『母体の悲鳴が聞こえたんだ! 見つけたの!?』

「……はい、母体を倒す方法は、どうすればいいですか……っ、あまり長引けば、鼓膜が破れかねませんっ」

『マンドラゴラと似た要領でやるしかないよ。母体の肉体にそのまま切り殺せば早く終わったけど母体の本体が出てきてしまったのなら、本体の悲鳴を一定時間聞きながら攻撃し続けなくてはいけない……ある一瞬鳴き止んだら口を閉じるから、タイミングを見計らって、母体を倒すんだ!』

「鳴き止むまで……!? あれは一回鳴いたら終わりでしょう!?  マンドラゴラより面倒じゃないですか!!」 


 ずっと悲鳴を聞き続けるなど、堪えられるのか? 俺に……っ。


『母体の防衛本能だよ! 持久戦って奴さ! 君、キサメの時にも経験してるだろ!? 我慢強い君と、赤ん坊みたいに泣く母親との耐久だ! やれるね!?』

「……できる限りのことは、やってみますっ……ぐっ、う……母体の倒し方は、それでいいんですね!?」

『うん! 俺たちはファントムと他のレムレスを駆除する! 君は早く、母体を倒すんだ!』

「……っ、わかりました!」

『後は頼んだよ!』


 プツ、と通話が切れたのがなんとなくだがわかった。

 夜部先輩の助言は助かった。夜部先輩たちの方が、母体を駆逐している数は多い……ここは、素直に従うことにしよう。

 右耳を抑えていた手を止め、俺は両手で刀の柄を再度握りしめる。

 聆月のために何千年も耐え続けた俺に、ただ母親の泣き言で屈するわけもないっ。

 

『キィイイイイイィイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!』

「聆月、耐えれるか!?」

「……ああ、なんとか……なっ、鋼陽、行くぞ!」

「ああ……やってやる!!」


 鋼陽は刀の切っ先を母体に切りつける。泣き叫ぶ母体の絶叫は近くであればあるほど、気を病んでしまいそうだ。

 母体が自分の体を切り裂かれて、さらに耳に耐えない大きな金切声を上げた。


『ギィ、ギギィイイイイイイィイイイイイイイイイイィイイ!!』

「……っぐぅ、……っ」


 たった一発すら、攻撃を入れるのにも苦労する。

 ……頭が、割れそうだ。

 母体に斬りつけながら、それでも頭蓋に叩き込まれる絶叫はサイレンよりもうるさい。夜部先輩の助言で、耐え続ければいいと言われたが……!!


「気が、おかしくなる……!!」

「再度重ねがけるぞ――――流吹治歌りゅうすいちか!!」」


 聆月は詠唱を行い、俺の体に翠色の水が纏う。

 さっきまで感じていた音による不快感が消えていき、水が次第に消えて行く。

 気が付けば、自分の耳が急に聞こえなくなった。さっき聆月がかけてくれた技と一緒だが……もしや、耳の当たりを水で固定してくれたのか?


『鋼陽、聞こえるか?』

『あ、ああ……聆月は、大丈夫なのか?』

『ああ……私自身にも施した。これで、外部の音が一切聞こえなくなる。動けなくなってしまっては、本末転倒だろう』


 聆月は念話で語り掛けてくる……これならば、母体の悲鳴で精神汚染されることもなく、問題なく倒せるだろう。

 タイミングは、夜部先輩の指示通り口を閉じた時に狙えばいいだけのこと。

 後は、母体を討伐し他に残ったレムレス共を掃討すればいいだけだ。


『鋼陽……確か、一定時間鳴き続くんだったな?』

『ああ、母体が口を閉じた時――――その一瞬を狙う。母体を倒した後はレムレスたちの駆除を行えば問題がない。夜部先輩の指示が聞きにくくなるが、先に俺たちが潰れては問題があるしな』

『……ならば、行くぞ鋼陽!』

『ああ!』


 俺は母体が泣き続ける中、刀で切りつけ続ける。叫びがひどくなっているのか、せっかく聆月に耳を塞いでもらったというのに少量聞こえてくる。


『キィ……ィイイ……!!』

『っち、水で塞いでいるというのに……どれだけ声がデカいんだ!?』


 ……不味いな。あまり母体を攻撃の手を止むわけにもいかない。だからといって、この母体が最後どんな行動を出るか、俺にはわからないこその恐怖心が襲う。

 ふと、母体の周辺にはラクテンスが蔓延ってくる。


「っち、邪魔だ!!」


 ラクテンスたちを刀で薙ぎ払い、止めを刺しながら母体を睨む。

 ……コイツ、自分の子供に守ってもらっているのか!! 本当に臆病な母親だな!! 一度傷をつけたはずの母体の傷が、他の生まれたばかりの赤ん坊レムレスたちが己自身を犠牲にして母体の傷を治していく。

 ……母親思いなことだな、くそ!!


「次から次へと……キリがないっ」

『だが、鋼陽。だんだんと、大口を開けていたラクテンスも、口を閉じ始めているぞ!』

「……ああ!」


 母体の性質を教えてもらったとはいえ、油断はできん。

 ……何か、仕掛けてくる気か? ここから。

 後もう少しだと感じたいというのに夜部先輩たちの方にまで響き渡っているというのなら、彼らも戦闘がしづらくなっているに違いない。

 早く、先手を打たないといけないと言うのに!! ラクテンスを切り捨て、母体の回復を追いつかせないように一体一体切り捨てる。普段のレムレスの中でも、母体が産み出したラクテンスだからか小型とはいえ、数も多い……!!

 体力が地味に削られ、肩で呼吸をする。


「……応援はまだなのか!?」


 小型レムレスたちを駆除しながら、母体の討伐を俺一人担うには小型ラクテンスたちが母体を守ろうとしてさきほどからラクテンスたちが母体の回復に努めている。

 切り付けても傷を治される一方だ……ッチ!! せめて、クラリッサ隊員という人物が早々に来てくれれば、ゾンビたちは全て一般人に戻せる。

 その過程で、夜部先輩たちがこっちに来やすくなるはずだが……どうしたものか。

 夜部先輩は母体を切りつければと言っていたが、本当に持久戦だ。

 なんだかんだ、皇先輩の時ともまた違うが似た状況であるのも事実……頭がだんだんと疲労で回らなくなってきている。


『鋼陽……! 大丈夫か!?』

『大丈夫に見えるか? この状況で!!』

『わかっている、だがお前と私が耐えればクラリッサ隊員が来るのだろう!? ならば、耐え続けるしかない! 弱音を吐くな!!』

「……っ、そうだな」


 ああ、ええい!! 余計なことを考えるな統烏院鋼陽!!

 聆月の激励もあるのだ。ここで俺が諦めれば全滅もあり得る。

 ならばなおさら、鋼陽は自分の刀を横に払い呼吸を整える。

 赤ん坊のラクテンスたちが足元に寄って来るのを感じる。さきほどまで母体に攻撃をしていたのもあってか、カジカジと地味な攻撃を仕掛けてくる。


「……ふぅ」


 ……落ち着け。落ち着くんだ。統烏院鋼陽。

 ラクテンスたちを一掃できるような与力は持っていない。ならば、精神力でカバーしていけばいいだけのこと。不屈の精神を持って、精神統一をするためにも呼吸を整える――――己の限界値のタガを外せばいいだけのこと。

 


「すぅー……」


 前世の師匠に褒めてもらったこと、現世の師匠でも褒めてもらったことがたった一つだけある。それは――――集中力だ。

 俺は己自身の精神を落ち着かせ、ただ武器を振るうと言う行為が最も得意だと二人から言われた。それが、正しいのであれば、間違っていないのであれば。

 

 ――俺が、刀を振るい続ければいいだけのこと。


 ただ、それだけだ。

 鋼陽は集中力を高めると、体から赤黒い闘気が現れる。

 ラクテンスたちはさっきまで鋼陽の足元などで靴をガジガジと、弱く噛んでいたが一匹一匹がのそのそと、ゆっくりと離れていく。

 自分の餌だったと思われていた生き物が、己たちを容赦なく食い殺す捕食者だと本能で感じ取ったようにラクテンスたちが鋼陽から離れているように聆月には見えた。


『鋼陽……?』

「――――ふぅ、すー……!!」


 鋼陽は息を止める。彼の刀には黒々とした閃光にも似た黒い輝きが放たれる。

 底暗き色を放っている鋼陽の眼に聆月は戸惑いを隠せない。彼の瞳は本当の怪物よりも、神者たちすらも切り殺す凄味でラクテンスたちを駆逐を開始した。


「はぁあああああああああああああ!!」

『ッがが、ピュギュイっ!!』

『がが、ががが、ピュ……が、ガガ、が、』

「……鋼陽?」


 聆月の声は、鋼陽には届いていない。彼の目の前に移るのはただ、己の敵。

 眼前の敵。己自身のための有終の美を飾るための餌……いいや、供物にも見える。

 一定にレムレスが全て殺されるのを見て、鋼陽は再度、呼吸を整える。

 目を伏せ、鋭き刀を前に構えた。


「……貴様らを、一匹残らず駆逐する。魂の一滴すらも与えないものと知れ!!」

『キュィイイイイ……ぃ、イ……』


 鋼陽は、母体が絶叫を止めたのを見計らい、的確な位置で母体を斬刑に処した。


「ふぅ、ふぅー……」


 鋼陽の眼は、変わっていない。

 聆月は自分と鋼陽の術を解除し、鋼陽に向かって叫ぶ。


「鋼陽! 母体を倒したぞ! もう、母体は倒した! 落ち着くんだ!」

「…………」


 鋼陽の体から溢れるどろどろとした殺気は聆月の声で薄れていく。

 ……敵は、もう、いないのか?


『コロセ、コロセ!! スベテ!! スベテダ!!』


 呼び起こされる怨嗟の声が、俺の脳裏から離れない。

 ……いいや、まだ、まだいる。レムレスたちだけじゃない。

 聆月を傷つける者、全てを殺さなくては。

 ファントム……アイツから、ローブ男を見つけられるかもしれない。

 ならば、あの少年を拷問してでも聞き出さなくては。そうだ、聆月にあんなことをした馬鹿を、愚か者を許しておけるはずがないんだ。

 だからこそ、だからこそ……俺自身の手で討つと、そう決めたのだから。

 耳から、一気に水が抜けていく感覚がした。


「鋼陽!!」

「……っ、」


 聆月は俺の肩を掴んで強引に接吻をする。

 目を伏せた目じりの赤い化粧がよりはっきりと俺の視界に映る。思わず、目を見開いて、彼女の突発的な行動に驚きを隠せない。

 その時、俺の脳は殺戮する鬼人にも似た精神から一気に本来の俺自身へと舞い戻るったのを感じた。

 数分経つと聆月は俺の唇から離れ、俺の胸元にもたれた。


「……聆、月?」

「大丈夫か? 鋼陽」


 ……彼女の肩は、震えている。

 俺は聆月に問かける。


「……ああ、どうした? 急に」


 聆月の以外の行動で、俺自身がさきほどまでの無意識な殺戮行動がようやく終えられた。なぜ、接吻なんて……聆月らしくもない。


「……ならばいい。なら、いいんだ」

「……?」


 聆月が俯き、俺に顔を見せないようにする。

 俺の方が身長が高いとはいえ、聆月も日本の一般女性の平均身長よりは、明らかに高い方の分類だ。だから、うっすらと泣きそうな顔をしているのが、気がかりで、聆月の意図をすぐにくみ取れなかった。


『鋼陽! 母体は倒せたの!?』

「……はい、倒せました」


 夜部先輩の通信が入る。

 よかった、まだ彼らも生きているようだ。


『なら、急いで! 他のレムレスの駆除をしなくちゃいけないっ! ファントムは剣城君が対応してくれている! クラリッサの到着まで後数分を切った! あともう少しだ!』

「……わかりました、すぐに向かいます」


 ピッ、と夜部先輩との通信を切る。

 ……聆月の様子が可笑しい気がする。どうしたんだ?


「聆月、行こう」

「……ああ」

「……嬋娟せんえん


 俺は聆月の頭を撫でる。少し、雑気味に。


「な、何をする? 鋼陽」


 髪を乱して悪い、というのは彼女の不安感を拭うためにも俺は彼女に笑いかける。


「大丈夫だ、いつもの俺だろう」

「……そうだな、ならば僥倖だ」

「ふっ、そうか」


 聆月は、柔らかく口角を上げる。

 顔が普段通りの聆月に少し戻ったようだ……お前は、それでいいんだ。無理をして俺に取り繕うなんぞたまったものではない。

 俺の想い人を、不安にさせるなんぞあり得ないからな。


「鋼陽君!! ここにいた!!」

「……猫本先輩?」


 息を切らせた猫本先輩が瞬間移動をしながら、こっちにやってくる。


「大丈夫なんですか? 動いても」

「体は聆月様と国木田に直してもらったから、大丈夫!! それよりも鋼陽君! 残りのレムレスを倒そう! レムレスの注意は私が引くから、君は急いで中央まで来て!」

「はい、わかりました」

「じゃあ、私は先に行くから! 待ってるよ!」


 猫本先輩は瞬間移動し、去って行った。


「急ごう。夜部たちが待っている」

「わかってる」


 俺と聆月は新宿駅北口から、新宿駅入口の方まで向かった。

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