第49話 鋼陽たちの歓迎会
「「「「「いぇーい!!」」」」」
カン、と缶のぶつかる音が響くと各々、酒なりなんなり自分の好みの飲み物を口にする、他の処刑人たちが見える。
……なんで、こうなったのだったか。
鋼陽は、手には紙コップに入ったオレンジジュースが握られている。
「せっかくの歓迎会なのだから、もう少し楽しんだらどうだ? 鋼陽」
「……わかっている」
聆月の言葉に、俺は月夜を眺めながら一口だけ口にする。
俺たちが、なぜ歓迎会に来たのか。
あの後、後日に処刑人アプリでメールが来ており歓迎会をすると言った文面のメールが来て、聆月が乗り気だったので参加したという運びだ。
一二番隊だけでなく、全ての隊合同での歓迎会である。
『えー、みんなぁ。歓迎会楽しんでるかい? 今日は親睦を深めるためとはいえ、羽目を外し過ぎないように―』
……みたいな言葉を、捧火宮先輩が数十分前に言ってから歓迎会の開始となったのだったな。そして、聆月は俺と同じく楽しんでいる。
彼女は嗜む程度に酒を飲んでいる。
……今世は、聆月と共に酒を飲める年まで生きれればいいな。
「鋼陽ー! 飲んでるかー?」
「……酔っぱらってないかお前」
「ふぇー? なんのことらー? へへへっ」
……酒の匂いがしないから、さては場酔いしたな。
蘇摩さんも酒に弱く、こういう場でよく場酔いしていたな……流石親子だ。俺はくいっとジュースを飲もうとすると、祓波は勝手に俺のカップを奪って飲み干す。
「っ、ん、んぅ、かー! うっまー!!」
「……おい。勝手に人の物を飲むなアホ」
「あー? なんらってー?」
「……お前な、」
「へへへへへっ、楽しいなぁ!! 鋼陽っ」
『楽しんでるかぁ!?
「…………」
祓波と前世の友人が被って見えた。
一瞬、桜が咲いたあの日の夜が、思い浮かぶ。
他にも何人も集まって、黄帝様もいて……みんなが、いて。
「あ? らったー?」
「……なんでもない」
赤らめた頬で、舌っ足らずに笑って来る悪友に小さく笑った。
自分の過去が見せる激流を、目を伏せることで抑える。
……あの頃に、戻れるはずもない。
短命転生の呪いが無くては、真っ当に己の人生として謳歌できるはずだったろうが、今世こそ呪いを解いて聆月と共にいられるようにならなくてはいけない。
俺自身も、彼女自身も、呪いをいつか必ず解いてみせる。
……現世だろうと、朋のことを大切にしなくてはいけないのは変わらないはず、だからな。ただ、それだけだ。
今の現状は、そこまで嫌っていないしな。
「あー! 鋼陽君! ハラちゃんもー! こんなところにいたー!」
「おー、いるねぇ三人ともぉ」
……祓波のことか。彼女とこのアホは仲が深まったんだな。
あのやりとりをしていて、仲がよくならないわけもないだろうが。
「……それは、私も含まれているのかな?」
「もちろん! だよね? 国木田っ」
「任務で一緒に活躍したサンガードズの仲間でしょ聆月様、神者であろうがなかろうが、今日は歓迎会なんですよー? 楽しまなくちゃ損じゃないですか」
「ふふ、そうか」
「統烏院鋼陽!! 貴様、ここにいたのか!?」
せっかくの歓迎会だと言うのに声を張り上げる馬鹿がいる。
「……脳筋馬鹿、うるさいぞ」
「なんだと!? 俺は脳筋馬鹿ではない! 体力馬鹿だ間違えるな馬鹿者!!」
「最初の二字熟語が違うだけだろうが」
「なんだと!?」
国木田先輩たちの視線を無視して、剣城と睨み合う。
せっかく歓迎会だと言うに……売り言葉なら買うぞ俺は。
遠巻きから、国木田たちは呆れた視線を送る。
「あー……またやってるよ、あの二人」
「仲いいよねー! 犬猿の仲、って奴ー?」
「大体そんな感じじゃないかな、ルナちゃん」
「お、夜部ー! どしたの?」
「……ちょっと様子見に来ただけ、みんな楽しそうだね」
「あれ見てそれ言うー?」
……国木田先輩たちのやりとりを耳にしながら、剣城が凄味のある双眸で胸倉を掴んでくる。
「貴様、今回の任務で母体を倒したと調子に乗っているのではないか!?」
「俺が倒さなければ、全滅もありえただろうが」
「俺はそんなに貧弱ではない!! 俺が弱いと言うのなら、決闘しろ!! 統烏院鋼陽!!」
「……決闘だと?」
「そうだ!! 俺と勝負しろ!!」
……本当にこいつは昔からだ。小学生の頃からずっと決闘だ、だのなんだのと県道で何度も試合をさせられた。
飽きない奴だ、俺とそんなに戦うことに何の意味があるのだか。
「今は歓迎会だぞ。祝いの日に何を考えている」
「勝負しろ!! この場でも問題ない!!」
「……あるからと言っているのだろうが」
「怖気づいたか!? 統烏院鋼陽!!」
苛つきを込めて、俺はひくつく口角を上げる。
せっかく聆月も楽しんでいるようだ……多少付き合えば、コイツも黙るかもしれない。ならば付き合う他ないか。
「……一発入れてやってもいいんだぞ?」
「やれるものならやってみろ! 臆病者!!」
「……言ったな?」
「こらこらこらこらー!! 喧嘩は無し! 歓迎会よー!? 今ぁ!! みんな楽しんでるんだからナシナシ!!」
国木田先輩が割って入ってくる。
仲裁に入ってくれた、助かる……俺ではどうしても剣城と口論になってしまう。
彼には感謝だな。
「剣城君もね、鋼陽を煽らないの! 社会人として、マナーは守りなさい!」
「……ッチ、今回は引き下がってやる! 次こそ決闘だ統烏院鋼陽!!」
剣城は舌打ちをしながら俺から離れる。
制服を整えながら溜息を零す。
「待て剣城」
「な、なんだですか」
「敬語になってないぞ? ……そういえば、国木田。カメラを持って来ていたのではないのか?」
「あ、そうそう! 今からでもみんなで写真撮らない? 神者様も映る特殊カメラだから、聆月様と一緒に写真を撮れるけど……まだ喧嘩するなら、撮ってあげないよー?」
聆月が剣城を呼び止めると、国木田先輩に問いかける。
……聆月と写真を撮れるような映写機ができたんだな。
「……悪くないな」
「じゃ、みんなで撮ろ―? ほらほらぁ、私が撮るから!」
「お、俺は別に、」
「いいからいいからー! サンガードズの初任務後の記念写真ってことで! ね? 夜部ー」
「……そうだね、鋼陽は聆月の隣に撮りなよ」
「はい」
猫本先輩が声を上げ、国木田先輩から映写機を借りる。
隣で、聆月が俺の服の裾を掴んだ。
「……いいのか? 私も、本当にとって」
「もちろんだろう、嫌なのか?」
「……そういうわけじゃないが、お前たちの写真なのなら、私が撮る必要は、」
俺は強引に聆月の手首を掴む。
「ほら、行くぞ」
「な、待て! 鋼陽!! ……本当にいいのか?」
俺は立ち止まり、彼女に優しく微笑んだ。
「俺は、お前と撮りたいんだ……それでは不満か?」
「……わかったよ、しかたがないな。付き合ってやる」
鋼陽たちは猫本が構えるカメラの前に集まる。
「じゃあみんなー? はい、チーズ!」
鋼陽はさりげなく、聆月の腰を抱く。
タイマーで数分経ってからシャッターを取られた写真は、猫本先輩に聆月が弄られているのを見て、微笑ましさを覚えながら今回の歓迎会は終了した。
◇ ◇ ◇
「――――ようやく、ようやくこの時が来たか」
ククッと喉を鳴らす男は、椅子から立ち上がる。白黒の両翼を思わせる仮面をつけた黒髪の男は、深紅に蕩けた瞳が歓喜に震えている。
黒い煌びやかな装飾が施されたスーツを着込んだ彼は美丈夫である。
若々しく聖書に連なる魅了の蛇の瞳、大人びた彼の美貌は神が与えたもうた造形美。完璧を超越した、完全体とも評せるほどのしなやかな体躯には男だろうと女だろうと彼の声や目で落ちない人間は存在しない。
彼の素顔を見れば、吐息を漏らし一瞬で恋に落ちるだろう。
惹かれ合うアダムとイヴのように。
惹かれ合う運命と同意義になってしまうほどに、彼は美しい。
ノックスとファントムは彼に首を垂れながら、膝をつく。
『……はい、ウィスプート様』
「この時を待っていたんだっ……俺は、ずっと待っていたっ――――なぁ、ハウゼン。君も楽しみでしかたがないだろう?」
『はい、我らが御君』
「ファントムも、ようやく自分の復讐を遂げられそうじゃないか……どうだい?」
「はい……ウィスプート様」
ふふふ、と愉快気に口角を上げ同胞に微笑む彼は、ある一転にいる彼女を見た。
「アヒナ……君は、一回楽しんだ後だったよな、どうだ? 彼の様子は」
「ウィスプート様、アタシとの契約忘れてないわよねぇ」
一人だけ、二人と違い彼らが住まう牙城の柱に背を持たれる女がいた。
「だからこそ、俺の従属することに決めたんじゃなかったのかな? 鮮宮一美」
「……その名前で呼ばないで。今の私の名前はアヒナ・ビーガン……間違えたら貴方でも絞め殺すわよ?」
「ふふふ、俺と君の仲だ。それくらいでちょうどいいだろうさ」
赤いライダースーツの女は己の赤い糸を見せた。
ウィスプートは怯えることなく、彼女に鼻で笑った。
「私は生きた彼を殺すこと、貴方は殺した彼の保管、その認識でしょう?」
「もちろんだとも……俺はずっとずっと、待ち焦がれていたのだからなぁ……ふふふ、っはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
狂ったように笑う男の言葉に、一人の女は呆れ、一人の少年は憎悪に滾り、一人の男は歓喜に震えていた。
「凱旋の時だ!! 俺の下にいる六幹部たち総出を持って、盛大に祝うとしよう――――喝采だ、歓喜に満ちたこの夜に喝采せよ!! 我らが焦がれし大成は、今宵から始まるんだ!!」
男による歓喜と嘲笑と、数多の欲望が入れ混じった声が響く頃。
その日をもって、統烏院鋼陽の人生の変革が大きく動き始める運命の機械開路が廻る音を告げた。
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