第39話 新宿駅にて

 論手司令官命名であるサンガードズは新宿駅、現場へと向かっていた。

 一応、ライングリムの権限で新宿方面は一時封鎖され、他の人間には来れないようになっている……らしい。論手司令官が別れ際に言われたことだ。

 新宿方面に向かうルートは最短距離として情報班から叩き出されたルートに従い、向かっていたわけなのだが……歩きじゃなく普通に車を手配できるのも大手企業、基、大手組織、と呼べるに違いない。

 処刑人専用の車に乗り、俺たちは新宿駅前に降りた。


「新宿駅、とうちゃーく! みんなー? やったるよー!」

「おー、子猫嬢ノリノリ―」

「遠足かなんかのノリっすか?」

「違うもん! 空気! ギスギスしないためのセルフメンタルチェーック! なんだから!」

「あ、そっすか」

「ちょっと祓波君!? バカにしてない!?」


 ウルウルとした目で、涙を堪える猫本先輩はあざとい。

 おそらくあれは素でやっているのだろうから末恐ろしい。

 聆月なら、違うベクトルの可愛さと美人さがあるが……自分だけならそこまで嫌じゃないが、他の人間が見たらと思ったら殺してしまいたくなる自分がいる。


「ど、どったのぉ? コウ君……目が笑ってないけどぉ」

「いえ、なんでもないです」


 横から声をかけてきた国木田先輩に違和感を抱かせないために、すぅっと息を吸った。呼吸を意識してしまえば瞬時に眠れるように、表情筋をさらに硬くさせることに努めた。

 祓波は慌ててわたわたしながら猫本先輩を気を遣うためにおだているようだった。


「あ、あぁ……すいません。そういうつもりじゃなかったんすけどっ、だ、大事っすよねぇー? 空気作りー! いやぁ、猫本先輩気配り上手ー!」

「え? そう思う? そう思う? ……ふふふっ、ニャーモト先輩は空気が読めるのだ! えっへん!」


 仁王立ちして、鼻を鳴らして威張る猫本先輩を見て、一瞬聆月が前世でも調子に乗っている時と似た反応に思えて複雑になる。

 じー……っと、あえて猫本先輩を見つめる。


『……どうした? 鋼陽』

『気にするな、思い出し笑いならぬ思い出しキュッ、なだけだ』

『思い出しキュ……? 何だそれは』

『……逆にほっこりしてて戦意が消失しそうという意味だ』

『ああ、そういうことか』


 本当に……こんなやりとりをしていて、今すぐにでもレムレスが出ないのか?

 いいや、まだ単純に新宿駅に入る前に雑談をしているからもあるだろうが。

 用心に越したことはないというのに。


『お前らぁ、聞こえてるかー?』


 耳に取り付けた通信機に、論手司令官の声が聞こえてくる。


「はい、聞こえてますよ論手司令官」

『まず、お前たちには新宿駅で発生するとされている、レムレスの駆除と、アヒナ・ビーガンたちの戦闘に備えろ。気を抜かないようにな』

「「「「「「はい」」」」」」


 俺たちは論手司令官の言葉に頷く。


「……本当に、アヒナ・ビーガンたちが新宿駅に来るというのだろうか?」

「わからんな、俺を標的にはしているらしいが」

「き、貴様ぁ!! 俺の言った言葉に反応するなぁ!!」


 剣城は、論手司令官の言った言葉に疑念を抱ているのかぼそっと言ったのに対し、真面目に俺が返すと怒鳴り散らてくる。

 ……コイツ、本当にめんどくさいな。


「……鋼陽の反応は最もだよ。レムレスが出現している確率が最近多いのと、アヒナ・ビーガンがここに集まる理由は情報班が割り出したとはいえ何が理由で来るのかまでは情報班も割り出せていないわけだし」

「そうっすよねぇ……なんで鋼陽がそんな危ない組織に目を付けられる特別な理由なんて、ないと思うのに」

「……ああ、俺もそう思う」


 少しの眩暈が、頭に襲うのを覚える。


『……×××、大丈夫だよ』


 脳裏に残る、彼女の言葉が頭蓋ごと繰り返している錯覚すらも感じさせてくる。

 ……まただ、なぜ昨日から、黒髪の女の声が耳から離れないんだ?

 俺と、何か前世で関係がないとは思っていないが……なぜ、ここに来てから急に。


「大丈夫? 鋼陽」

「はい……夜部先輩、大丈夫です」

「本当は貴様、アヒナ・ビーガンたちに何かしたんじゃないのか?」

「……なんだと?」


 ……売り文句か? それは。


「こら! 斬志朗君!! 喧嘩をするようなら、後でお説教だよ!?」

「っぐ……し、しかし猫本先輩!」

「鋼陽君じゃなくても、憶測でも言っていいことと悪いことがあるんだよ?」

「そ、それは……確かに、そうかもしれませんが」


 納得できないでいる剣城に夜部先輩が声をかけた。


「剣城君、ここは戦場だよ。一歩分の油断で一瞬で絶望を味わうんだ、君も新人になったばかりなんだから、必要以上に同期を責めるのはよくないよ」

「す、すみません」

「こういう時どうするの? 俺に謝ることじゃないよね?」

「……悪い、統烏院鋼陽」

「……いい、少なくとも今下手に声をかけないでくれ。頭が痛いんだ」


 仁王立ちで厳しく叱責される剣城を見て、コイツは血気盛んと言うか短気というか……俺のことになると過剰に反応する。俺、何かした覚えがないんだがな。

 国木田先輩は二人の様子を見てけらけらと笑う。


「ははー、子猫嬢と夜部の圧勝だねー」

「いや、勝ち負けじゃないっしょ。国木田先輩……ほら、新宿駅の中みんなで入りましょうよ」


 祓波が突っ込みを入れようやく俺たちは、ふざけるのをやめ新宿駅の中へと踏み出した。中は電気が灯っており、さっきまで中に人で溢れ返り普通に人々が使っていたにしては静かすぎるほどに感じる。

 情報班の演算力を信じるべきなのだろうが……如何せん予知の類は信用できん。

 テレビの占い番組などで、ラッキーアイテムが珍しいもの過ぎたり対応できないもので後々後悔する的なそんな予定調和が舞い込んできそうで恐怖感が胸を絞めてくるではないか。


「……どうしたものか」

「お、おう! 鋼陽、俺言願だから、前衛は頼んだぞ!」

「わかってる」

「貴様、後衛でないと戦えないのか?」

「ああ、陰陽術が俺のメインの戦闘スタイルだから、鋼陽と剣城は俺より前にいてくれると助かるって話で」

「……わかった、だがお前を完全に守り切れるわけじゃないぞ」

「そ、そこはなんとかしてくれない!?」


 後輩組は戦々恐々としていて表情が固い。

 ……ああ、同期とはこんなに面倒なのか。

 ちらっと俺は国木田先輩たちを見る。


「ダイジョブー? 子猫嬢ー……おてている?」

「子供じゃないんだから、からかわないでよぉ。もー!」

「悪かったってぇ」

「……まぁ、それくらいでいる分は、気楽だからいいけどさ」


 国木田先輩たちは余裕なのか仲良く、且つ元気に振舞っている。

 新人と慣れている処刑人との差とは、意外にデカい物なんだな。

 ……彼らを見習うべきか。

 少なくとも剣城と祓波、お前たちはダメだ。あほすぎる。


「アァ……アァアア……」

「……なんだ?」


 どこからか、人の呻き声が聞こえてくる。

 サンガードズは俺を守る形で、周囲を囲む。

 冷気にも似た空気感が、新宿駅の中に充満している。

 いいや、冷気だけじゃない……血の香りもする。


「アアァア、ア、アアア、ァアア!!」


 目の前には、肌が崩れ腫れただれた、血に塗れた恰好をした女性が現れる。


「気をつけろ! ――――ゾンビだ!!」

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