第35話 聆月と一緒に荷物整理

 俺たちは一度ライングリムの受付に向かい、引っ越しの手続きを行うとすぐに処刑人の人間が荷物を新たな俺の部屋に届けてくれた。

 瞬間移動や空間移動系の能力を持った処刑人たちもいるおかげで、あっという間に今日の夜にまで引っ越しの荷物が全て届く……神者から借りている力をこのようなことに使っても問題ないのかと疑念を抱いたが、いいということにすべきか。

 受付の人には向こうのマンションの大家に連絡をしたそうで、今日からライングリムのマンションにいてもいいと言われた。

 俺たちは一度、マンションに戻り一通り夜遅くまで荷物整理をして、足の踏み場が完全にできる程度まで片付けた。

 あまり物が多くないとはいえ、掃除機やフローリングの雑巾がけは少し疲れた。


「……ふぅ」

「お疲れか? 鋼陽」

「まぁな」


 聆月も手伝ってくれた。

 応龍である彼女は水を操ることができる。だから、雑巾がけの時に使う水は彼女の力で出てきた水で、水道水をいちいち蛇口から捻ってやらなくてはならない作業は少し省けた、というわけだ。

 念のため、掃除が終わってから手を洗ったので聆月の座るソファの横に座る。

 聆月の太ももに頭をやり、強制的に膝枕をさせる。


「……? どうした? 鋼陽」

「疲れた」


 ぷっ、と吹き出す聆月に俺はむっとした。

 ……なんで急に吹き出す。

 

「水以外のことはほとんど俺がやったのだから、敬ってもらってもいいことだと思うんだが」

「頑張ったな」

「……もっと、寄越せ」


 甘える、というのはやはり慣れていない。

 だからか言葉選びも不格好になってしまう。わざとらしさもある気がするが聆月はこれくらいわかりやすく接さなくては今後にもよくない。

 聆月は前世の俺によく向けていた笑顔を浮かべた。

 

「ふふふ、鋼陽は掃除頑張ったな。いい子だぞ」


 聆月は俺の頭を撫でる。

 ……懐かしいな。聆月と最初にいた時は、こうやって甘えることより彼女が誘導して甘える、と言うことの方が多かったから。


「聆月がいなかったら、もっと掃除が大変だったがな」

「そうか、役に立てたなら嬉しいよ。お前の喜ぶ顔は好きだからな」


 聆月だからこうしたいと思っただけであって、他の女になんか絶対しないんだからな……と、その辺りまでは素直に口にすることができない。


「少し、甘え上手になったじゃないか鋼陽……祓波のおかげか?」

「……お前も今日からここに住むんだ。なら、お前から労いが欲しいと思うのは、いけないことか」

「いいや、変なことではないが、」

「なら、問題ないだろう。祓波は関係ない」

「鋼陽……?」

「……なんだ」


 聆月の視線が、なぜか俺の思っている色を含んでいない。

 二人っきりの時に他の男の名前を出すなと言えたが、下手に恋人でもないのに独占欲をむき出しにするのは聆月が引きかねない。

 ……何か、余計な誤解をされているような気がするんだが。


「祓波君のこと、友達と思ってあげていないのか?」

「なぜそういう話になる」

「だって、悪友と言っていただろう」


 ……聆月、おそらく祓波とのやりとりを聞いていたな?

 俺の戦番ならあり得ない話じゃない、とは思えるが。

 だとしても、あんな気色悪い反応をした悪友の話を聞かれるとは想定外だ。

 

「応龍の聆月様が地獄耳とは、恐れ入ったな」

「こら、からかうな」

「……いいだろう。こういうやりとりを以前よりも俺はしたいんだ」

「前よりも? どうしてだ?」

「……言わないとわからないか?」

「……言わなくてもわかることなのか?」

「普通ならな」


 ……本当に、鈍い人だ。

 俺の惚れた人の難攻不落と評してもいい鈍感っぷりには呆れしかでない。


「待て、私たちの常識と人間の一般常識を比べるな。私たちの尺度なら1000年生きれることのある龍と、100くらいが限度の人間どどうして比べられる?」

「……猫の年齢と人間の年齢を同列に見ることと一緒、とお前は言いたいのか」

「まぁ、そうとも言えるかもしれないが……いや、そういう話ではなく」


 ……俺の全前世を込みにすれば俺はとうに100歳以上を越えるのだが?

 短命の転生とはいえ、合計値ではお前にも負けていないと自負できるのだが。

 やはり、最初の接吻の時から態度が同じだ……ならば。


「!! 鋼陽!?」


 俺は聆月の左手の人差し指の基節骨を狙って口づける。

 聆月の驚きも当然だろう。接吻の方に集中するだろうが、ヨーロッパの習わし位、こいつも多少の知識がないと流石にワン様にからかわれること必勝なこの行為を、お前はどうとる?


「お前にわかりやすく言うと、俺の本音を行動で示すことにするから安心しろ、と言う話だ」

「は? お前、私は年寄りだぞ? 老婆のようなものだというのに、何を言っているんだ」

「だからなんだ、俺はお前が老婆だろうがなんだろうが、惚れた女だから接吻だってすると言っている意味だとなぜわからん」

「……ふざけてるだろう鋼陽、お前祓波君という友人から変なことを吹き込まれたんじゃないのか?」

「なら、こうしよう」


 俺は起き上がり、聆月の頬に口づける。

 本当なら、レムレスとの戦闘時の時にした接吻よりも深い物をしてやりたかったが、下手に責めすぎてもコイツがより理解を拒もうとするだけだ。

 ゆっくりと、時間をかけて俺色に染めさせればいいだけだ。


「……? こう、よう?」

「今日はここまでで許してやる。明日からはもっとすごいのをするようにするから、覚悟しておけ」


 俺は立ち上がり、台所の方へと歩いて行った。


「は? ……はぁああああああああああああああああ!?」


 聆月の叫びは、防音処理が施された室内に虚しく響いた。

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