第34話 呪いの抱擁

 俺たちは、学校近くのマンションには一度戻らず防音加工されていると国木田先輩から教えてもらった、新しい俺たちの部屋にいた。


「鋼陽、一度マンションに戻った方がいいんじゃないか?」

「いいや、今この場で話した方がいいだろう。防音加工がされているというのなら、あちらの方だと普通に誰かに聞こえかねない……ここで会話をした方がいい」

「そういうものか?」

「そういうものだ」

「……そうか」


 聆月をソファに座らせてから尋ねる。


「俺は、今世で聆月を戦番となってから少しずつ記憶を思い出し始めている。まだ、完全とは言えないが」

「……そうか、いいことじゃないか」

「ああ」


 聆月と違い、俺は何万回も転生しているのもあるから全ての記憶を思い出すのに少し時間がかかっている。だが鮮明に思い出せることは聆月と関わっていたことの方が多いが、現世の友人たちのおかげで他のことも思い出せるようになってきた。

 俺にとっていい傾向と思えばいいだろうが、俺と彼女がようやく出会えたのだ。

 この話は避けられない話題だろう。


「聆月は、俺たちが一緒に殺された時のことを覚えているか?」

「ああ、覚えている」


 聆月は頷く。

 ……ローブ男のことを、彼女も忘れたことはないだろう。

 俺たちを殺した男であり俺たちに呪いをかけた人物でもある。


「あの時のローブの男のことは覚えているか」

「忘れたことなんて、一度もないよ。お前が、真っ当な人生を過ごせなくした男じゃないか……許したことなんて一度もない」

「俺は今後、処刑人になってあの男の行方も探そうと思っている」

「だが、アイツはおそらくもう死んでいる。転生したかもしれないあの男を殺すのか? 現世の彼は、何も関係がないだろう?」

「……俺には、わかるんだ。アイツは前世の記憶を持って転生を繰り返していると」


 胸元を抑えるように掴む。

 心臓の音と比例して、胸に広がるあの時の失意が一瞬で噴火した火花のように憎悪が湧き上がったのを、爺さんが襲われている時に感じたのだから。


「俺の魂がアイツを殺さないわけにはいかないと訴えかけているんだ」

「お前が、そんな奴のために自分の手を汚すのか? アイツに対する復讐は、お前が幸福になることだろう? その方が、鋼陽にとっていいと私は思う」


 真剣で、彼女は俺のことを気にかけてくれる。

 そんな人間なんかに自分の人生の一部を無駄に使うのかと、きっと彼女はそう言いたいのだ……聆月の言葉も筋は通っている。

 だが、ここは譲るわけにはいかない。


「……思い出したんだ。お前と共に死んだ時の次の来世で……俺の呪いは、アイツを殺さない限り解けない」

「そんなはずがないだろう? あの男と直接会ったわけでもない。ましてや、短命転生の呪いなんて聞いたことがない。あの男の嘘かもしれないじゃないか」

「……」


 聆月は心配げに眉をハの字にさせる。

 彼女の反応は正しい。真っ当で当然の反応だ。

 だが、俺の脳裏で何かが叫んでいる。黒い影が訴え続けている。

 俺の体を纏わりついておどろおどろしい影が耳元で囁いてくる。

 爺さんが死んだ、あの日からずっとだ。


『アイツヲ殺セ、アイツハマダ生キテイル。オ前ノ手デ殺スノダ!!』

『殺セ! 殺セ!! オ前ガ殺スノダ!!』

『『『『『殺セ!!』』』』』


 不気味な声が、恐々と瞬くナイフを俺の心臓に突き立てる声が脳裏に走る。

 聆月には、おそらく見えてすらもいない。聞こえてすらもいないはずだ。

 この影が見えるようになったのは今世の人生で、爺さんが死んでから段々と影がより色濃く俺の体にへばりつくように金切声にも似た絶叫で訴えてくる。

 聆月に下手な心配はかけさせるわけにもいかない。

 余計な不安感を与えて、聆月との信頼関係を壊すのもいけないと、わかってはいる……だが、これだけは吐露しておきたかったのだ。


「鋼陽……?」


 俺のことを戦番だからという理由だけじゃなく、真情を持って俺のことを気遣ってくれているとわかっているからこそ。

 信頼する彼女だからこそ。俺の想い人である彼女だからこそ。

 彼女に、これからも嘘をつかないためにも。彼女といつか、呪いを解いて普通の人生を過ごせるようになったら、添い遂げられるように。

 聆月が望んでくれるように、俺は絶対に彼女を口説き落とすと決めている。


「もう、決めたことだ」

「……その決意は、何か含まれている気がするのは気のせいか?」

「……なんだ、急に」


 むっとすると、聆月はくすっと笑って「お前は、それでいいんだよ」と微笑みながら俺の頬に手で触れる。


「……お前が命令するなら、私はお前を止められない。だが、命令をしないなら、私は止めるぞ」

「……聆月」


 聆月は俺の横でまっすぐ俺の顔を見据える。

 その言葉に、どうしようもなく救われる自分がいる。


「呪いは解く。それでお前が老婆になろうと、死に絶えようと最期まで傍にいる」

「……私は、お前の保護者だぞ。お前はちゃんと普通の恋をしなさい」

「俺の想い人は、変わっていない。惹かれてしまうなんて思考すら、抱きたくないんだ……意地悪をしてくれるなよ嬋娟」


 彼女が俺の顔を見えないように、抱き寄せた。


「鋼陽?」

「少し、このままでいさせてくれ」

「……ああ、鋼陽」


 聆月は俺の体に手を回す。

 頭をポンポンと片手で撫でながら。


「大丈夫だ。私が、傍にいる……ずっと一緒だ。戦番としてもお前の傍に立とう。お前を守ろう……お前が、いつか死に果てるまで」


 聆月は、俺の意図を察してか俺の顔を見ないように後ろを見てくれている。

 見えていないと伝えてくれるために、俺の背をぎゅっと強く抱きしめてくる。

 ……俺の惚れた女は、空気の読める女でよかったと痛感する。


「少し、後もう少しだけ……このままでいさせてくれ」

「ああ、いいよ。後もう少しだけ、こうしていよう」


 俺たちはお互いを抱きしめ合いながら、お互いの激情を少しでも、少しだけでも満たすため同じ時間を過ごした。

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