第33話 ライングリムの施設について
食事が終わって、聆月は姿を晒したまま猫本先輩と国木田先輩に案内される形となった。一階にはさっき行った食堂と会議室などが並ぶ中、コンビニなど細かいテナントもあって、給料が入ったら困った時にここに訪れればいいだろう。
二階は主にオフィスとなっており、上に上がれば上がるほど上司の執務室となっている。地下も存在しており、そこからは訓練場もあって車の駐車場もあった。
上から下まで、色々と見て回ったのもあり少し疲れた。
「……大体の場所は回ったねー!」
「……城の中を練り歩いた気分です」
「あはははぁ次は、マンションの説明だけだねぇ。子猫嬢そろそろ時間なんじゃない?」
「あ、そうだったそうだった! 鋼陽君、ここからは国木田に任せるけど問題はない?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、アタシそろそろ配信する時間だから! バイビー!」
猫本先輩はぱちんと指を鳴らすと一瞬で姿を消した。
手品か何かにも近い、瞬間移動とも呼べる消失に驚きを隠せない。
もしかして、これも彼女の能力、ということなのか?
……瞬間移動? 出会った時宙に浮いていたから重力系でもない?
「……猫本先輩の戦番って誰なんですか?」
「猫本の戦番はシュレディンガーの猫だから、ああやって姿をいつでも瞬間移動できたり、宙に体を浮かしたり姿を消すことができるんだ。戦闘向きじゃないけど諜報活動にも向いてるね」
「……シュレディンガーの猫は思考実験の類では? 神者と分類されない気が」
確か、物理学者エルヴィン・シュレーディンガーの量子力学における思考実験のことで、 シュレディンガーの猫箱とも呼ばれているはずだ。
思考実験の猫が人格を持つことも、ましてや神者として昇華するとは、到底思えないが。
「概念的な物も神者として確立された実例があるけど、彼女の場合シュレディンガーの猫と契約しているんだ」
「……猫と?」
「ああ、子猫嬢のシュレディンガーがその一例の一つかな。そういう理屈で契りをかわせる相手も全くいないわけじゃない。悪魔召喚とか天使召喚とか、儀式が必要だったりする神者もいないわけではないしね……まぁ、子猫嬢がかなりの天才児だからできた業だろうけど」
「……そういうものですか」
……天才児になろうとしている凡人っぽい雰囲気もあった気がするが。
「まあね……それじゃ、そろそろマンションの方に行こうか」
「はい」
国木田先輩に連れてこられたマンションは、ライングリム日本支部と15分程度の距離で、あっという間にたどり着けた。
国木田先輩が選んだ部屋に俺は案内されて、207号室に連れていかれる。
室内は、まだ新しく誰かが昔使っていた形跡もない。
「……コウ君が住むとしたら、ここになるかな」
「随分と広いんですね」
「処刑人はレムレスとの戦闘もあるから、なるべくストレスにならないようにって対策もあるかな」
「そうですか」
……随分と処刑人を優遇した建物を作るんだな政府は。
相当金をかけていると見える。200億人以上も行ったことのある人類が一気に60億人まで逆戻りすれば、それは政治側の人間も考えることだよな。
「大人の事情的に考えたら君が聆月様と戦番になったから、より広いのもなくないかもだけど……コウ君はここに住む?」
「立地も悪くないと思うので、後日荷物を持ってくるつもりです」
「そっか、一人暮らし経験はある?」
「一人で関から上京してきたので問題はないかと」
「ああ、それなら問題はなさそうだね……じゃあ、また任務で会おう」
「はい」
「じゃ、お疲れ様。またね」
パタン、と扉を閉め国木田先輩はその場を去る。
一度今住んでいるマンションに戻ったら、引っ越し屋に頼んで色々と持って来てもらえばいいだろう。
このマンションは国木田先輩から、防音が施されていると聞いた。
なら、この場でなら問題なく話せるはず。
「……聆月」
「なんだ?」
「少し、話さないか?」
「わかった」
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